金庫の穴#3
その日の夕方——午後四ベル——ようやくグレアムが戻ってきた。
彼は、少し汗をかいていて、息が荒い。
「グレアムさん、どこに行ってたんですか?」
俺が声をかけると、グレアムは不機嫌そうに答えた。
「ちょっと、鑑定士のところに行ってたんだ」
「鑑定士?」
「ああ。お前らが担保の評価をしてるだろ? それで、鑑定士に相談してたんだ」
「何の相談ですか?」
「……俺の私物を、担保として預けられるか、ってな」
グレアムは、俺を睨んだ。
「お前が俺を疑ってるから、証明してやろうと思ったんだよ。俺が不正なんかしてないって」
「それは……」
俺は、少し戸惑った。
グレアムは、自分の無実を証明するために、私物を担保に出そうとしていたのか?
「グレアムさん、そんなことしなくても——」
「いいや、する」
グレアムは、懐から小さな袋を取り出した。
「これは、俺の妻の形見だ。銀の指輪だ」
袋の中には、確かに銀の指輪が入っていた。
「これを担保に、シルバ23枚借りる。そして、足りない分はそれで穴埋めする。それで、俺が盗んでないことを証明する」
「グレアムさん……」
「どうだ? それでいいだろ?」
グレアムは、強い口調で言った。
だが——その目は、少し潤んでいた。
俺は、胸が痛んだ。
グレアムは、疑われたことで傷ついている。
そして、必死に無実を証明しようとしている。
だが——それは、本当に必要なのか?
「グレアムさん、その指輪は大切なものですよね」
「……ああ」
「なら、担保に出す必要はありません」
「だが——」
「俺は、あなたを疑ってるわけじゃないんです。ただ、仕組みが不十分だったから、問題が起きた。それを直したいだけなんです」
グレアムは、黙った。
そして——しばらくして、小さく頷いた。
「……そうか」
「はい。だから、これからは金庫の出入りをちゃんと記録します。それで、こういう問題が起きないようにします」
「わかった……」
グレアムは、指輪を懐にしまった。
「すまんな、レオン。俺も、ちょっと感情的になってた」
「いえ、こちらこそ」
俺は頭を下げた。
「疑うような言い方をして、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ……」
グレアムは、少し疲れた顔をした。
「俺も、もっとちゃんと記録すべきだったな」
「これから、一緒に仕組みを作りましょう」
「ああ……」
グレアムは、小さく笑った。
そして——休憩室に向かった。
俺は、その背中を見送った。
そして——ふと、疑問が浮かんだ。
——待て。
グレアムが盗んだわけじゃないなら、誰が盗んだんだ?
それとも——そもそも、盗まれたわけじゃないのか?
俺は、もう一度金庫の前に戻った。
そして——金庫の周囲をよく観察した。
金庫は、石造りの壁に埋め込まれている。
頑丈な鉄の扉で、鍵がなければ開かない。
だが——金庫の横に、もう一つ扉がある。
セブン・ヴォルトの倉庫の扉だ。
七つ星の印章が刻まれている。
俺は、その扉に近づいた。
扉は閉まっている。
だが——耳を澄ますと、中から微かに音が聞こえる。
人の声だ。
「……だから、もっと慎重にやれ」
「わかってる。だが、レオンとかいう新入りが邪魔だ」
「あいつは、放っておけ。どうせ、すぐに潰れる」
——これは……
俺は、扉に耳を押し当てた。
声は、セラドのものだ。
そして、もう一人——聞き覚えのない男の声。
「次は、いつやる?」
「明日の夜だ。鐘楼のヴィクターが、締め時間を早めてくれる。その隙に、金庫から少しずつ抜く」
「少しずつ、か……」
「ああ。一度に大量に抜くと、バレる。だが、少しずつなら、誤差として処理される」
「なるほどな……」
——やっぱりか。
セブン・ヴォルトが、金庫から銀貨を抜いている。
そして——ヴィクターも協力している。
俺は、その会話を記憶に刻み込んだ。
そして——静かにその場を離れた。
足音を立てないように、事務室に戻る。
ミラが、心配そうに俺を見た。
「レオンさん、どこに行ってたんですか?」
「ちょっと、確認してました」
「確認?」
「ええ。金庫の周りをね」
俺は、ミラに小声で言った。
「ミラさん、これから言うことは、誰にも話さないでください」
「え……はい」
「セブン・ヴォルトが、金庫から銀貨を抜いてます」
「え!?」
ミラは、目を見開いた。
「本当ですか!?」
「ええ。さっき、セラドの声を聞きました」
「どうしましょう……」
「まず、証拠を固めます。そして、実務長に報告します」
「わかりました……」
ミラは、少し震えた声で答えた。
俺は、ミラの肩を軽く叩いた。
「大丈夫です。仕組みで、追い詰めます」
「仕組み……」
「ええ。今回の件で、金庫の管理をもっと厳しくします。そうすれば、セブン・ヴォルトも手を出せなくなります」
「はい……」
ミラは、少し安心したように頷いた。
俺は、机に戻り、紙に書き出した。
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【証拠リスト】
1. 金庫の不一致:シルバ23枚
2. セラドとヴィクターの関係(鐘楼の帳面)
3. セブン・ヴォルトの倉庫と金庫の位置関係
4. セラドの会話(金庫から少しずつ抜く計画)
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そして——対策も書き出した。
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【対策】
1. 金庫出入記録帳の導入(立会人必須)
2. セブン・ヴォルト倉庫との壁を確認(穴や隙間がないか)
3. 金庫の鍵を変更(セブン・ヴォルトが合鍵を持ってる可能性)
4. 実務長に報告し、評議会への訴えを準備
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——これで、準備は整った。
明日、実務長に報告する。
そして——セブン・ヴォルトとの本格的な戦いが始まる。
俺は、紙を畳んで机の引き出しにしまった。
窓の外では、鐘が鳴っていた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
六回。
午後六ベル——午前零ベル。
一日の終わりだ。
だが——俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。




