金庫の穴#1
セラドが去ってから三日後の午前——窓口の業務は順調に進んでいた。
トーマへの貸し出しは街で噂になり、他の商人たちもレギス・レジャーに相談に来るようになった。
「保証人がいなくても、担保があれば借りられるんですか?」
「利息は月に1パーセント?それなら返せます!」
窓口には、毎日のように新しい商人が並んだ。
俺とミラは、一件一件丁寧に話を聞き、担保の評価を進めていった。
引き継ぎ簿も定着し、帳面が合わない日はゼロが続いている。
実務長も満足そうで、ベルナルドも「よくやっている」と褒めてくれた。
だが——その日の午後、問題が起きた。
午後二ベル。
ミラが金庫の前で、青ざめた顔で立っていた。
「レオンさん……大変です」
「どうしたんですか?」
「金庫の実数が、合わないんです」
「合わない?」
俺は急いで金庫の前に行った。
ミラは帳面を開いて、指差した。
「帳面では、シルバが1,423枚あるはずなんですけど……実数を数えたら、1,400枚しかないんです」
「23枚足りない?」
「はい……」
俺は金庫の中を確認した。
確かに、銀貨の山が少し少ない気がする。
「もう一度数えてみましょう」
「はい」
俺とミラは、金庫の中の銀貨を全部取り出して、一枚ずつ数え直した。
1枚、2枚、3枚……
10ティク後、再び結果が出た。
「……1,400枚です」
ミラが言った。
「やっぱり、23枚足りません」
「おかしいな……」
俺は引き継ぎ簿を確認した。
今日の午前中、窓口で受け取った銀貨は全て記録されている。
金庫に納入した時刻も記録されている。
そして、金庫から払い出した記録も——
——待て。
俺は、ある行に目を留めた。
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午前五ベル 金庫方グレアムが金庫を開錠 目的:両替用の小銭準備
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グレアム——金庫方の担当者だ。
五十代の男で、長年この仕事をしている。
だが——この記録、詳細が書かれていない。
何枚取り出したのか、何に使ったのか、それが不明だ。
「ミラさん、グレアムさんはどこですか?」
「たぶん、休憩室だと思います」
「呼んできてください」
「はい」
ミラが駆けていった。
俺は、引き継ぎ簿をもっと詳しく確認した。
過去三日間の記録を見ると——グレアムが金庫を開けた記録が、何度かある。
だが、どの記録も詳細が曖昧だ。
「両替用」「支払い準備」「確認作業」——理由は書いてあるが、金額が書かれていない。
——これは、まずい。
金庫への出入りを記録する仕組みが、不十分だったのか。
しばらくして、ミラがグレアムを連れてきた。
グレアムは、少し不機嫌そうな顔をしていた。
「何だ、レオン。忙しいんだが」
「グレアムさん、今日の午前五ベル、金庫を開けましたよね?」
「ああ、開けたが?」
「何のためですか?」
「両替用の小銭を準備するためだ。窓口から頼まれたんでな」
「何枚取り出しましたか?」
「……覚えてないな」
「覚えてない?」
「ああ。いちいち数えてないんでな」
グレアムは、腕を組んだ。
「それがどうした?」
「金庫の実数が、帳面より23枚少ないんです」
「23枚?」
グレアムの顔が、少し険しくなった。
「それは……俺のせいじゃないぞ」
「では、誰のせいですか?」
「知らん。俺は、ちゃんと仕事をしてる」
「でも、記録が曖昧です。取り出した枚数も、戻した枚数も書かれていない」
「そんなもの、いちいち書く必要があるか?」
「あります」
俺は、グレアムを真っ直ぐ見た。
「金庫の管理は、記録が全てです。記録がなければ、何が起きたのかわからない」
「……ちっ」
グレアムは舌打ちをした。
「お前、新入りのくせに偉そうだな」
「偉そうにしてるつもりはありません。ただ、事実を確認してるだけです」
「事実、ねえ……」
グレアムは、俺を睨んだ。
「じゃあ、お前が調べればいいだろ。俺は知らん」
そう言って、グレアムは休憩室に戻っていった。
俺は、ため息をついた。
——これは、厄介だな。
金庫番を疑うような形になってしまった。
だが、事実として、23枚足りない。
そして、グレアムの記録が曖昧なのも事実だ。
「レオンさん……どうしましょう」
ミラが不安そうに言った。
「グレアムさん、怒ってましたけど……」
「大丈夫です。まずは、他の可能性を確認しましょう」
「他の可能性?」
「ええ。グレアムさん以外にも、金庫を開けた人がいるかもしれません」
「でも、金庫の鍵は、グレアムさんと実務長しか持ってないですよ」
「本当に、その二人だけですか?」
「……たぶん」
ミラは少し自信なさげに答えた。
「じゃあ、確認してみましょう」
俺は、実務長の部屋に向かった。




