保証人の壁―担保という武器#2
実務長の部屋は、建物の二階にある。
質素な部屋で、机と椅子、それに古びた棚が置かれているだけだ。
ノックをすると、中から声がした。
「入れ」
俺は扉を開けて入った。
実務長は机に向かって、何か書類を読んでいた。
「レオンか。どうした?」
「相談があります。担保を使った貸し出しについてです」
「担保?」
実務長は顔を上げた。
「今は保証人制度しかありませんが、担保を使えば、もっと多くの人に貸せるようになります」
「ふむ……」
実務長は腕を組んだ。
「だが、担保制度は昔やってたんだぞ。失敗したから、今は保証人制度だけになった」
「失敗した理由は、管理の仕組みが不十分だったからですよね」
「……まあ、そうだな」
「だから、仕組みを作り直します。担保品の目録を作り、保管場所を明確にし、出し入れを記録する」
「目録、か……」
実務長は少し考えた。
「それができれば、確かに便利だな。だが、お前一人でできるのか?」
「ミラさんと一緒にやります」
「ミラか……あいつも、最近よく働いてるな」
実務長は笑った。
「よし、やってみろ。ただし、条件がある」
「条件?」
「担保を受け入れる前に、必ずその価値を評価すること。そして、評価額の七割までしか貸さないこと」
「七割、ですか」
「ああ。もし返済されなければ、担保を売って回収する。だが、売るときには市場価格より安くなる。だから、余裕を持たせるんだ」
「なるほど……」
——これは、リスク管理の基本だな。
「わかりました。その条件で進めます」
「よし。じゃあ、頼んだぞ」
実務長はそう言って、再び書類に目を戻した。
俺は部屋を出て、ミラのところに戻った。
「ミラさん、実務長の許可が出ました。担保品の目録を作りましょう」
「はい!」
俺たちは、倉庫の奥にある物置部屋に向かった。
扉を開けると、中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。
棚には、様々な品物が雑多に積まれている。
宝石の箱、銀の燭台、絹の反物、錆びた剣——どれも、かつて誰かが担保として預けたものだ。
だが——誰が預けたのか、いつ預けたのか、それがわからない。
「これ……全部調べるんですか?」
ミラが不安そうに言った。
「ええ。一つ一つ、記録していきます」
「大変そう……」
「大変ですけど、必要なことです」
俺は、紙とペンを取り出した。
そして、目録の書式を作った。
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【担保品目録】
番号 | 品名 | 預け主 | 預け日 | 評価額 | 保管場所 | 備考
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「この形式で記録します。まず、品物を一つずつ取り出して、確認していきましょう」
「わかりました」
俺たちは、棚から品物を取り出し始めた。
最初の品は、小さな宝石箱だった。
中には、青い宝石が入っている。
「これ、誰が預けたんでしょう……」
ミラが呟いた。
俺は、箱の底を見た。
そこには、小さな紙が貼られていた。
紙には、文字が書かれている。
『商人ガルヴィン、銀章暦二九年ハルメ月、シルバ50枚の貸し出しに対する担保』
「これです。預け主はガルヴィン、銀章暦二九年のハルメ月」
「三年前……返済されてないんですか?」
「たぶん、されてないんでしょうね。じゃないと、ここに残ってない」
「じゃあ、この宝石はどうするんですか?」
「返済期限が過ぎていれば、売却して回収します。でも、それは後で確認します」
俺は、目録に記録した。
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番号: 001
品名: 青い宝石(箱入り)
預け主: ガルヴィン
預け日: 銀章暦二九年ハルメ月(正確な日付不明)
評価額: 未評価
保管場所: 物置部屋・棚A-1
備考: シルバ50枚貸し出しの担保、返済状況要確認
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次の品は、銀の燭台だった。
これにも、小さな紙が貼られていた。
『商人エドラ、銀章暦三〇年クモリ月、シルバ30枚の貸し出しに対する担保』
俺は、同じように記録していった。
こうして、午前中いっぱいかけて、約三十点の品物を記録した。
だが——問題があった。
品物の中には、紙が貼られていないものもあった。
つまり、誰が預けたのか、まったくわからない。
「これ、どうしましょう……」
ミラが、錆びた剣を手に持って困った顔をした。
「紙がないです」
「うーん……」
俺は考えた。
紙がないということは、記録が失われているか、もしくは最初から記録されていなかったか。
どちらにせよ、預け主を特定するのは難しい。
「とりあえず、『預け主不明』として記録しておきましょう。後で、古い帳面を調べれば、わかるかもしれません」
「わかりました」
俺は、目録に記録した。
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番号: 015
品名: 錆びた剣
預け主: 不明
預け日: 不明
評価額: 未評価
保管場所: 物置部屋・棚B-3
備考: 記録なし、要調査
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こうして、午前の作業が終わった。
六ベルの鐘が鳴った。
昼休みの時間だ。
俺とミラは、外に出て昼食を取った。
街の広場には、屋台が並んでいる。
俺たちは、パンとスープを買って、ベンチに座った。
「レオンさん、今日の作業、大変でしたね」
ミラがスープをすすりながら言った。
「ええ。でも、これで担保の管理がちゃんとできるようになります」
「そうですね……あ、そういえば」
ミラは、ふと何かを思い出したように言った。
「鐘楼の管理者、知ってます?」
「鐘楼の?」
「はい。レオンさん、前に鐘のズレが気になるって言ってましたよね」
「ああ、そうですね」
「それで、ちょっと調べてみたんです」
ミラは、小さな紙を取り出した。
「鐘楼の管理者は、評議会から任命されるんですって」
「評議会から?」
「はい。街の評議会です。領主と商人たちで構成されてる組織です」
「なるほど……」
——つまり、鐘楼の管理は、評議会の管轄なのか。
「で、今の管理者は誰なんですか?」
「名前は……ヴィクター。評議会の書記官だそうです」
「書記官……」
——つまり、評議会の息がかかった人間が、鐘を鳴らしている。
それなら——鐘のタイミングを操作することも、可能かもしれない。
「ミラさん、ありがとうございます。これ、役に立ちます」
「本当ですか?」
「ええ。後で、ヴィクターに会ってみます」
「気をつけてくださいね。評議会の人は、ちょっと……怖いって聞きます」
「大丈夫ですよ」
俺はそう言って、パンを齧った。
だが——心の中では、少し緊張していた。
評議会——それは、この街の権力の中枢だ。
そこに、どんな人間がいて、どんな思惑があるのか。
それを知らなければ、セブン・ヴォルトと戦うことはできない。
昼食後、俺たちは再び物置部屋に戻った。
午後の作業は、残りの品物を記録することだ。
だが——途中で、ある品物に目が留まった。
小さな木箱。
中には、古びた紙束が入っている。
紙には、文字が書かれている。
俺は、紙を取り出して読んでみた。
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【約束札】
私、商人リシャールは、シルバ100枚を借り受けました。
返済期限は、銀章暦二七年ムギサ月の満月の日。
もし返済できなければ、担保として預けた土地の権利を譲渡します。
署名: リシャール
証人: (署名が薄れて読めない)
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——約束札。
この世界の、遠隔取引で使われる約束の紙だ。
だが、証人の名前が薄れて読めない。
俺は、紙をよく見た。
日付は——銀章暦二七年。
つまり、この札は、もう期限切れだ。
ということは、リシャールは返済できなかったのか?
そして、土地の権利は——誰かに渡ったのか?
「ミラさん、これ見てください」
「何ですか?」
ミラが覗き込んだ。
「約束札……証人の名前が読めないですね」
「ええ。でも、これは重要かもしれない」
俺は、紙束の中を探った。
すると——別の紙が出てきた。
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【土地譲渡証】
私、リシャールは、返済不能により、以下の土地を譲渡します。
場所: 街の南門外、農地10ルン四方
受領者: (署名が薄れて読めない)
日付: 銀章暦二七年コナト月
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——やっぱりか。
リシャールは、土地を失ったんだ。
だが、受領者の名前が読めない。
「これ……ひどいですね」
ミラが小さな声で言った。
「土地を取られちゃったんですか?」
「ええ。返済できなかったから」
「でも……シルバ100枚で、土地20ルン四方って、釣り合わなくないですか?」
「釣り合わないですね。たぶん、土地の価値はもっと高い」
俺は、紙を畳んだ。
「これは、証拠として残しておきましょう」
「証拠?」
「ええ。昔の担保制度が、どう悪用されたか——その証拠です」
俺は、紙を目録に添付した。
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番号: 022
品名: 約束札および土地譲渡証 (リシャール)
預け主: リシャール(現在所在不明)
預け日: 銀章暦二七年
評価額: —
保管場所: 物置部屋・棚C-2
備考: 担保制度悪用の可能性、要保管
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こうして、午後の作業も終わった。
夕方、三ベルの鐘が鳴った。
窓口の締め時間だ。
俺とミラは、目録を持って実務長のところに行った。
「実務長、担保品の目録ができました」
「おお、早いな」
実務長は目録を受け取り、内容を確認した。
「……ふむ。よくまとまってる」
「ありがとうございます」
「だが、評価額が未記入だな」
「はい。評価は、専門家に頼む必要があります」
「専門家?」
「宝石や絵画、土地——それぞれの価値を正確に評価できる人が必要です」
「なるほど……それは、どうやって探す?」
「街の鑑定士組合に依頼するのが良いと思います」
「鑑定士組合か……費用がかかるぞ」
「ですが、必要な投資です。正確な評価がなければ、担保として使えません」
実務長は少し考えて、頷いた。
「わかった。鑑定士組合に連絡を取ってみる」
「お願いします」
「それから、レオン」
「はい?」
「さっき、トーマって商人が来ただろ?」
「ええ、ルンデル商会の。倉庫を担保に借入を希望してました」
「あれ、どう思う?」
「倉庫の権利書を確認して、評価額が妥当なら、貸してもいいと思います」
「そうか……」
実務長は腕を組んだ。
「だが、ルンデル商会は小さな商会だ。返済能力があるか、不安だな」
「だから、少額から始めるんです」
「少額?」
「ええ。最初はシルバ50枚だけ貸す。返済できたら、次は100枚。そうやって、少しずつ信用を積み上げていく」
「信用を積み上げる、か……」
実務長は少し考えた。
「それは、いい考えだな。じゃあ、そうしよう」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「返済は、毎月少しずつ分割で返してもらう。一気に返すんじゃなくて、毎月の返済実績を残す」
「なるほど……返済実績を記録すれば、信用が見える化されますね」
「そうだ。それが、次の貸し出しの判断材料になる」
実務長は満足そうに頷いた。
「よし、レオン。お前の提案、採用する。明日、トーマを呼んで条件を伝えろ」
「わかりました」
俺は頭を下げた。
そして——心の中で、小さくガッツポーズをした。
また一つ、仕組みができた。
担保制度、評価の仕組み、返済実績の記録——これらが揃えば、もっと多くの人に貸せるようになる。
そして——セブン・ヴォルトの独占を崩せる。
その夜、俺は宿に戻る途中、街の中央にある鐘楼を見上げた。
古びた石造りの塔で、頂上には大きな鐘が見える。
あの鐘を、ヴィクターという人物が鳴らしている。
評議会の書記官。
——明日、会いに行ってみるか。
鐘のズレの原因を確かめるために。
そして——もし、意図的に操作されているなら、それを正す方法を考えるために。
俺はそう決めて、宿に入った。
部屋に戻り、ベッドに横になる。
窓の外では、鐘が鳴っていた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
六回。
夜の六ベル。
だが、今夜も——間隔がおかしい気がした。
前回の鐘から、まだそんなに時間が経っていない気がする。
——やっぱり、何かある。
俺は目を閉じ、明日の計画を頭の中で組み立てた。
午前中は、トーマに条件を伝える。
午後は、鐘楼に行ってヴィクターに会う。
そして——夕方には、再び担保品の整理を進める。
一つ一つ、積み上げていく。
それが、俺のやり方だ。




