保証人の壁―担保という武器#1
正式採用から三日後、俺は帳方として窓口業務を続けていた。
ミラと二人で記録を担当し、引き継ぎ簿の運用も定着しつつある。ダリウスは完璧に使いこなし、エリーゼも慣れてきた。グレンはまだ渋々だが、以前よりは記録を残すようになった。
帳面が合わない日はゼロ——この三日間、完璧だった。
実務長は上機嫌で、ベルナルドも満足そうに頷いていた。
だが——現場には、まだ解決されていない問題が山積みだった。
その日の午前、窓口に一人の若い商人が現れた。
名前はトーマ。穀物を扱う小さな商会——ルンデル商会の使いだという。
「あの……借入を、お願いしたいんです」
トーマは緊張した面持ちで、俺に頭を下げた。
「借入、ですか」
「はい。うちの商会が、来月の仕入れ資金を必要としていて……」
「金額は?」
「シルバで200枚です」
200枚——決して小さくない額だ。
カッパに換算すると2,000カッパ。日雇いの仕事なら25日分に相当する。
「わかりました。では、まず保証人の確認をさせてください」
「保証人……ですか」
トーマの顔が、さっと曇った。
「はい。借入には保証人が必要です。もし返済できなくなった場合、保証人が代わりに返済する——そういう約束ですね」
「それが……保証人がいないんです」
「いない?」
「はい。うちの商会は小さくて、取引先も少なくて……誰も保証人になってくれないんです」
トーマは俯いた。
「セブン・ヴォルトにも相談したんですけど……」
「セブン・ヴォルトにも?」
「はい。彼らは保証人なしでも貸してくれるって聞いたんですけど……手数料が高すぎて」
「手数料?」
「借りた額の三割を、最初に取られるんです。しかも、返すときにはさらに利息が上乗せされて……」
トーマは苦い顔をした。
「それじゃ、借りても意味がないんです。だから、こちらに来たんですけど……」
「……なるほど」
俺は、トーマの状況を整理した。
小さな商会。保証人なし。セブン・ヴォルトの条件は厳しすぎる。
そして——レギス・レジャーは、保証人がいなければ貸さない。
つまり、トーマには借りる場所がない。
「申し訳ありませんが、保証人なしでは貸し出しができません」
「そんな……」
「規則ですので」
俺はそう言ったが——心の中では、別のことを考えていた。
保証人制度は、確かに貸し倒れリスクを減らす。
だが——それは同時に、信用のない者を排除する仕組みでもある。
トーマのような小さな商人は、誰も保証してくれない。
結果、セブン・ヴォルトのような高利貸しに頼るしかない。
そして——セブン・ヴォルトは、そうやって市場を支配していく。
これは、まずい。
「トーマさん、一つ聞いていいですか?」
「はい……」
「もし、担保があれば、どうですか?」
「担保、ですか?」
「はい。保証人の代わりに、何か価値のあるものを預ける。もし返済できなければ、それを没収する——そういう形なら、貸し出しができるかもしれません」
トーマの目が、少し輝いた。
「担保……うちには、倉庫があります。穀物を保管する倉庫です」
「倉庫、ですか」
「はい。場所は街の東門近くで、広さは……ええと、ルンで言うと10ルン四方くらいです」
「倉庫の権利書は?」
「あります。ちゃんと評議会に登録してあります」
「なるほど……」
俺は少し考えた。
倉庫——それは、担保として十分な価値がある。
だが、問題は、その倉庫の価値をどうやって評価するか、だ。
「わかりました。では、一度倉庫を見せてください。それから、評議会で権利書を確認します。問題なければ、担保として受け入れられるかもしれません」
「本当ですか!」
「ただし、最終的には実務長の判断になります」
「わかりました!ありがとうございます!」
トーマは何度も頭を下げて、窓口を離れた。
俺はミラに声をかけた。
「ミラさん、今の話、聞いてました?」
「はい……担保での貸し出し、ですか?」
「ええ。今は保証人制度だけになっているけど、担保を使えば、もっと多くの人に貸せるようになる」
「でも……担保の管理、大丈夫ですか?」
「それが問題なんです」
俺は、倉庫の奥——金庫の向こうにある、物置のような部屋を見た。
あそこを担保品の管理に使いたいが、宝飾品、織物、武器——いろいろなものが雑多に積まれている。
管理が杜撰で、担保を受け入れた際に混乱を招く恐れがある。
誰が、何を、いつ預けたのか——記録が曖昧だと、紛失や盗難のリスクが高くなる。
「ミラさん、あの倉庫、昔は担保制度があったんですか?」
「はい。五年以上前は、担保での貸し出しもやってたそうです」
「じゃあ、なんで今は保証人制度だけなんですか?」
「……担保品の管理が大変で、トラブルが多かったからだって聞きました」
「トラブル?」
「紛失とか、盗難とか……あと、担保の価値を巡って揉めたり」
「なるほど……」
——つまり、仕組みが不十分だったから、失敗したのか。
「だったら、ちゃんとした仕組みを作れば、復活できますね」
「どうやって?」
「まず、担保品の目録を作ります。誰が、何を、いつ預けたか——それを記録する」
「目録……」
「次に、担保品を保管する場所を明確にします。誰がいつ出し入れしたか、それも記録する」
「なるほど……」
ミラは頷いた。
「じゃあ、さっそく作りましょうか?」
「ええ。でも、その前に実務長に相談します」
俺は、実務長の部屋に向かった。




