それとも、いたぶられる鼠
「田舎令嬢が聖女様にたかって、高価なドレスを着ている」「聖女様はお似合いだけど、妹は…ねぇ」と囁かれ続けた聖女生誕祭が終わって、私とマリーローズは日常生活に戻る。
今日は辺境から帰還した魔法騎士団での治療。私は「また厄介者扱いされる」とため息をこらえながら、マリーローズの後ろを歩く。
マリーローズの神聖力は無限ではない。使いすぎると神聖力と体力が枯渇し、マリーローズは倒れて熱を出してしまう。そうなると治療が止まってしまうため、私がマリーローズの負担になりすぎないよう、「重症者」と「軽症者」、つまり「マリーローズが治療する患者」と「医師が治療する患者」を振り分けるのだ。
当然「軽症」や「医師による治療」に振り分けられた患者はおもしろくない。マリーローズなら一瞬で治せる怪我でも、医師が治療すれば時間がかかるし跡が残ることもあるから。だから彼らは、振り分けを担当した私を恨むことになる。
つまり私はマリーローズの寄生虫と軽蔑されているうえに、マリーローズの治療を望む騎士や患者たちからは「冷酷だ」「融通が利かない」と恨まれている。
「なぜ私がこんな役回りを」と思うが、マリーローズの「アンナが一番私の力のことをわかってくれているから」という一言であっさり決まってしまった。医師も患者の恨みを買いたくないため代わりたがらないので、マリーローズの体調を守るためには私がやるしかない。「聖女様のおかげで王宮でいい暮らしをしているのだから、それくらい働けよ」という目で見られながら。
「アンナが私を手伝ってくれて嬉しいわ。アンナは?」
「嬉しくない」などと言えるわけがない。私が何とか口角を上げて「少しでもマリーの役に立てているなら嬉しいわ」と答えると、マリーローズはいかにも天真爛漫なようすで私に抱きつく。そのようすを見て、誰もが「お可愛らしい聖女様」とため息をつくのを、きっとマリーローズは知っている。
その日も私は「軽症」のタグをつけた魔法騎士に詰め寄られていた。
「なぜ俺が軽症なんだ。俺はスペンス侯爵家の嫡男だぞ。スペンス侯爵家は代々の忠臣だ。田舎令嬢にはわからないかもしれないが」
代々の忠臣の家柄の嫡男が、重症の仲間を差し置いて自分を治療しろと声高に主張するような幼稚な人間だとは、ご先祖様も驚かれるだろう。
「重症度は家柄によって左右されるものではございません。それにこれだけ大きな声が出せるのでしたら、やはり軽症でいらっしゃいます。どうかご理解くださいませ」
「生意気なっ…!聖女様にくっついて回るだけの寄生虫が…っ!」
私は殴られて、魔法騎士団の宿舎の床に這いつくばる。騎士くらい腕力のある男性に殴られると、頬に熱が走った瞬間に視界が白く飛ぶことを、私はかなり前から知っている。
「アンナローズ嬢、大丈夫ですか!?」と、誰かが私を抱き起そうとしてくれる。
しかしその誰かを押しのけるように、マリーローズが「アンナ!」と高い声で駆けよって、私を抱きしめてすぐに傷を治療する。すぐに腫れも擦り傷も身体の痛みも消える。
そして私を殴った騎士に「私の大切な大切なアンナにけがをさせるだなんて!あなたのことはもう一生治療しない!」と言い、あっかんべひとつで黙らせてしまうのだ。
もうこのやりとりは、何回目だろう。
本当に私にけがをさせたくないなら、ここに連れて来なければいい。私にトリアージをさせなければいい。それでもマリーローズはそうしない。
その不気味さに気付いたとき、私は戦慄したものだった。彼女は私を誰かに傷つさせては癒し、傷つけさせては癒しているのだ。獲物を弄びながらも決して殺さない猫のように、マリーローズは私を傷つけ、癒し続ける。
しかし身体の傷は消えても、心についた傷は決して消えない。




