幼馴染・月森ヒカリの金属棒×2
月森ヒカリは、隣の家に住む幼馴染の女子高生。
いわゆる、女友達だ。
突然田舎に現れた余所者に、当初は多少警戒感もあった。同年代の子供が極端に少なく、家ごとの距離が離れた地域だから、すぐ隣に気の置けない友人が増えて、孤独な少年時代を過ごさずに済んだことには本当に感謝している。
小・中学校は一緒に通い、同じ高校に入学した。
結構なド田舎なので、同じ高校に登下校するからには、当然、同じバスへ乗り、自然と同じ方向へ歩くことになる。あまりにも日常的すぎる光景。
「おい、アキラ!」
普段は会話も無く、各々の家へ引っ込む段取り。
だが、今日は違った。
珍しいな、と思いながら足を止めて振り向いた。
「お前との友達関係は現時刻をもって破棄する!」
婚約破棄とロボットアニメがゴチャ混ぜの宣言。
月森家の玄関を力強く閉じる音が、豪快に響く。
訂正せねばなるまい。
男女でも友情は成立するものだと信じてきたが。
幼馴染の月森ヒカリは、女友達ではなくなった。
「アキラ、オレにもくれよ」
制服をパーカーに着替えたヒカリは、長年定位置にしているベッドに腰掛けて、タブレット端末に漫画を表示しながら、食べかけの袋菓子を足でつまみ上げた。
チェック柄のミニスカートで、だらしない行動。
至って平常運転、ヒカリに変わった様子は無い。
小さく頷くと、「ぉぃ」と威圧的な声が響いた。
「さっき言ったよな? もう友達じゃないってさ」
その15分後、この状況。
オヤツ横取り、漫画読む。
普段どおりに見えたけど。
質問の意図は理解できないが、顔は怒っている。
ド田舎に似つかわしくない人間離れの容姿端麗。
それが突然の、柳眉倒豎。
そうでなくとも一目瞭然。
頭に生えた2本の金属棒、今、光っているのだ。
これは月森ヒカリの喜怒哀楽で千紫万紅に光る。
色は赤。ヒカリが怒っている時の色、赤だった。
「首を傾げたな? オレが怒ってるのは見て取れた。なんで怒ってんのかサッパリ理解できないんですけど……とか思ってんな? 目を見ろ、頭の上じゃなく!」
御 名 答 。
「ちょっと遠慮しろよ、金属棒や、パンツだぞ?」
この位置なら、いつかパンツも見えそうなのだ。
月森ヒカリ本人に『好きにしろ』と許可された。
ここは私の定位置です。
それがなにか?
「友達でもないヤツが見て良いと思ってんのか!」
とうとう金属棒の先端にある星形の部分が点滅しだした。
これはヒカリが怒り心頭になった時にピカピカ点滅する。
それにしても、身勝手すぎやしないか?
いつもどおり気ままに振る舞っていた。
健全な青少年の視線の先にあって、未だ見えた試しのない誰得パンツや、派手な瑠璃色に染めた髪から11センチも飛び出している2本の金属棒を、『見るな』というのか?
到底、無理な相談だ。
経験上、口喧嘩で勝てた試しはないが。
文句のひとつも言い返してやりたい……
「文句のひとつも言ってやりたいって顔だな? ちゃんとパンティはかえてきた。触れたら高電圧で大やけどの金属棒は、アキラにしか見えないよう常に光学迷彩を施してあったんだ! なのに……それなのに、ひとの気も知らず!!」
その前に、顔に出ちゃった。
初耳だけど…… 高 電 圧 ?!
光学迷彩まさかパンツにも?
勝手に子供部屋まで上がり込んできて、オヤツ横取りしながらタブレット端末をWi-Fi接続し漫画を読む。普段のヒカリの行動が、女友達の枠組みから外れていたことだけは切り分けたが、原因の絞り込みには至らない。
興奮しすぎで意味わからん。
今後は一体どうしたいって?
ヒカリの目は真っ赤に充血していて、そのうえ涙まで滲んできて、興奮しすぎて金属棒どころか耳まで真っ赤になり、すぐにベッドへ突っ伏しワーワー大泣きしだした。
言いかけた疑問や反論は飲み込むしかなかった。
15分間、静かに体育座り。
この状況、まだまだ長引く?
トイレ行きたくなってきた。
断続的に狭い部屋に響いていた嗚咽が途切れ……
数分後。
ヒカリが「覚えてるか?」と小さな声で尋ねた。
それが、なにをさしているのかすらわからない。
捉えどころのない質問だから、首を横に振った。
「もう、10年も前だもんな」
落胆したような、溜め息が聞こえた。
「アキラは友達になろうって言った。オレは正直に言ったんだ。翻訳機の辞書に、トモダチという単語がありませんって。初めて会ったときのことだ」
そんな言い方だったっけ?
古い話すぎて記憶は曖昧。
今じゃすっかりネイティブスピーカー。粗野な言動が目立つし、周囲に「オレの辞書に友達なんて言葉は無ぇんだよ!」と毒づいていることが多いから、そちらのイメージのほうが、より強い。
「その時、アキラは言ったんだ。友達は、お互い嘘をつかない」
あの頃読んでた漫画のセリフ、そのまんまだな?
たぶん説明できなかったんだ、ダサすぎのガキ。
なにを隠そう、その正体、10年前の私でした。
「辞書に登録しますって答えたら、今日から友達って言われた」
その会話。
全 ッ 然 、 噛 み 合 っ て な い だ ろ ぉ ?
ヒカリはタブレットを再起動、微睡むように画面を見詰めた。
飴玉を舌で転がすように、「大事な想い出だった」と囁いた。
少しだけ腰を浮かして、画面を覗き込む。
うん、そう、これ、この漫画のセリフな。
もしかしてバレてた?
恥 か し ー ぃ !!!
「中学に入ったときもそうだ。いくら染めても青くなった白髪頭を、校則違反だと叱られた。アキラは言ってくれたんだ! 肌が青やら緑でも同じことを言うのか。校則違反じゃない……アンタのそれは、ただの差別発言って」
たしかに、言ったけど?
至って普通の指摘だよ。
ヒカリは移住者なんだ。
そういう可能性だって、実際あっただろう。
あそこの校則、昭和から同じって有名だし。
「いつだって、アキラが助けてくれてたんだ」
友達だからな!
あ……こっちが勝手に友達と思ってただけ?
「墜落した自宅は自己修復機能で10年近くかかる損傷だった。ド田舎の惑星で、意思疎通できる生物と出逢って、食料まで生産していて。家族3人どれほどホッとしたか……でも、それも。もう終わり、オシマイだ」
怯えるウサギかなにかのように、背中を丸めるヒカリの声は、掛け布団を通し、くぐもって響いてくる。顔はずーっと隠したまま。
その表情こそ、窺い知れないが。
丸見えの金属棒から、青褪めた光を放っていた。
「オレは、友達失格の、嘘つきだ」
嘘つき?
ヒカリの嘘……か。
ここまでの話に、嘘はひとつも出てこなかった。
心当たりも少ない。
しいて言うなれば。
女友達とうそぶいてWi-Fiのタダ乗りに来てた。
それを反省して、逆ギレしだしたという状況か?
しょうがないだろ、無類の漫画好きなんだから。
お前ん家、穴開け不可の電波遮断する外壁だし。
ヒカリはポツリと真実を語った。
「本当は……宇宙人、だったんだ」
ぃゃぃゃ、ヒカリ。
そっちの話だった?
今、その告白か?!
逆に聞きたい、こちらが「地球人」と自己紹介する状況に出くわしたことなんて生まれてこの方一度も無い。あったとしたら、10年前のあの日ぐらいだろう。
ウチの一家は、聞いてもいない。
休耕地に堕ちて被害も無かった。
「本当言うと、あの家……墜落した宇宙船なんだ」
ぉぃぉぃ。
どんだけ斬新なデザインの戸建て住宅なんだよ。
夜、すんごい衝突音がして、朝、堕ちてただろ。
どう見たってUFOだ、うちの畑に刺さってた。
気の毒になるほど混乱してるのが伝わってくる。
背中はプルプル震え、金属棒は様々な色に明滅。
なんと声をかけたら良いのやら。
「オレは友達失格。それも今夜限り。だからアキラに逢いたくて、ずーっと朝まで話をしてたくて、急いで走って来たんだけど、でも。 ……こんな嘘つきだし」
マ ジ で ?!
遙か昔、内気で健気と近所で評判だったヒカリ。
このところ雑に扱われてたけど。
この土壇場で……今この場所に。
幼少時のヒカリが帰ってきた?!
「自分の気持ちにだけは、嘘をつきたくないから」
ヒカリはムクリと起き上がった。
完全に泣き顔、ぼろぼろだった。
平均的な顔かたちで、こうなったら詰んでいる。
お嫁の貰い手など、我先に裸足で逃げるだろう。
それが可愛いく見えるんだから、美少女は得だ。
「こんなオレを …… 許 し て く れぇ !!! 」
決意に満ちた眼差しで、布団の上から飛び付く。
スリープで黒くなったタブレット画面に触れた。
いつも見ている、漫画が映った。
表示された漫画をスクロール、真剣そのものだ。
至って平常運転で、趣味の読書を再開しただけ。
一人で喋っているうちに、自己完結したらしい。
訂正だ。
これはただの漫画好きの異星人。
あれは、一体、なんだったんだ?
ま、ヒカリらしくて結構、結構。
邪魔しちゃあ悪い、我慢してたトイレに行くか。
よっこいせ、さぁてと…… ん ?
なんか、おかしいぞ?
10年前、うちの休耕地に墜落した宇宙船。
うちの玄関で、お互いの家族3人×3人で。
両親と一緒に説明を聞いた、同席していた。
修復に10年かかる損傷を受けている、と。
つまり、宇宙人だったことは、嘘ではない。
宇宙船、修理が終わったのか?
お互い嘘をつかないのが友達、とも言った。
友達失格の嘘つき、一周回って嘘ではない。
変だな?
ヒカリは自分は嘘つきという嘘をついてる。
嘘を、嘘で、覆い隠すように……
ヒ カ リ が つ い た 、 嘘 。
そ れ は 、 一 体 な ん だ ?
……それは後々考えよう。
ヒカリ、鼻水出てるから。
ティッシュをシュッと一枚取って、顔を覆い隠すように近付けて熱心に見ているタブレットをヒョイと取り上げると、ヒカリが咄嗟に顔を上げた。想定よりも近い位置、高電圧で大やけどの金属棒が鼻先をかすめていく。
瑠璃色の髪の向こう、目と目が合う、瞬間、気付いた。
さっきと同じページ、進んでない、読んでいなかった。
それと。
不意を突かれたから、か。
頭の金属棒が、初めて目にする桃花色に、淡く光った。
ドキドキ鼓動が高鳴るように、明滅を繰り返している。
この光、月森ヒカリの喜怒哀楽、感情と直結している。
ヒ カ リ は 気 持 ち に 嘘 を つ い て い た の か ――――
ヒカリの父親は7本あるうちの3本腕を振った。
母親はしきりに頭をペリロコペリロコしている。
毎回、思う。
この両親から、どうしてヒカリが産まれるんだ?
「それじゃ!」
平日朝7時。
いつもと変わらない、ヒカリの登校前の挨拶だ。
しかし今日この時に限っては大幅に展開が違う。
自宅へ入ったヒカリの両親の名残惜しそうにペリロコする姿が、丸窓の向こうに見えていたが、そのうち建物全体がピカピカ光り出し、それが強烈になっていき、10年前に夜空を見上げていた、あの時と同じ眩しさに包まれていく。
ヒカリの家は、ふわりと浮かびあがって。
アッという間に空へ吸い込まれていった。
光の消失点に向けて、いつまでも手を振っていたヒカリが、少し首を傾げると、「やばっ、忘れてた」と呟いて、うちの玄関に鍵をかけてから戻ってきた。
再度、訂正しておこう。
月森ヒカリは、続きが読みたいばっかりに帰宅を拒むほど漫画好きの幼馴染で、電波を遮断してしまう自宅を抜け出し、毎日欠かさずWi-Fiのタダ乗りに来ていた女友達だったけど。
2人で両親を説得して。
なんとか、関係を刷新。
これからも自然と同じ方向へ歩く日常が続いていく。
毎日、同じ家に到着するのが、些細な変化になった。
男女の友情は成立する、その考えは今も変わらない。
ヒカリとも、男女間のうちは友達関係だったと思う。
「もうバス来ちゃう、走るよアキラ!」
ギュッと手を掴まれた。
走る前から動悸が激しくなってくる。
ヒカリの頭の金属棒が、昨夜と同じ桃花色に淡く光りだす。
月森ヒカリは魅力的な宇宙人だった、ただそれだけなのだ――――