序章-3
ラキは、柔らかな温もりに包まれていた。
ああ、幸せだ。
──ラキは今、広大な緑の大地にいる。
遠くに見える山の影響か、時折、暖かな風が吹いてくる。
その風は心地よく、ラキの髪をふわりと揺らす。
ラキはその揺れる草に目を取られ、ふと草に身を預けた。
草はまるでラキを優しく受け入れるかのように沈み込んだ。
無心で何気なく空を見上げると、ラキはふと、空中に文字が浮かんでいることに気づいた。
「誕生日おめでとう」
ラキはその文字を見て、嬉しくなって少しニヤける。
楽しかったなあ。
嬉しかったなあ。
ふと、ラキは考えた。
思えばラキは老夫婦の誕生日を祝ったことがなかった。
それどころか…それがいつなのかも知らない。
「明日、聞いてみよう。」
ぼーっとしているうちに、ラキは視界の片隅で大きな何かが動いたのを感じた。
木に隠れるようにしてこちらを見ている…男の子…のような。
木々の影で最初は上手く見えなかったが、やがてラキの目は慣れてその少年の顔を正しく捉えた。
「あの子…どこかで…」
ラキはその少年をどこかで見たような気がしたが、それが何処でだったのか、彼が誰なのかは思い出せそうにない。
「うーん…どこで会ったかなぁ…お話ししてみようかなあ」
しかし、ラキがそう考えているうちに、少年は木々の奥へと進んで行ったようで、姿は見えなくなってしまっていた。
ラキはすくりと立ち上がると、先ほどまで少年がいた場所に向かって歩き始めることにした。
少年がいた場所に着いたラキは、少年が進んで行ったであろう木々の奥に目を向ける。
そこは木々が密集しているせいか陽の光があまり差し込まず、"闇"と表現するのに適するほど暗くなっていた。
ラキは緊張で一度生唾を飲み、引き返そうかとも考えたが、結局どうしても少年の事が気になるから、とその林を進んで行くことに決めた。
ラキは恐怖で腰が引けながらも、枝や蔦を掻き分けながら林の中を着実に進んで行った。
しばらく奥を目指して進んでいくと、ついに木々の隙間から光が漏れ出し始めた。
ラキは力強くその光を目指して枝を掻き分けた。
すると、ついに光が十分に差し込む開けた空間に辿りついた。
その空間は林の中にぽっかりと開いたように、四方を林で囲まれている。
そして、その中央には見覚えのある…というよりもラキが今住んでいる老夫婦の家と同じ外見の家がポツンと存在していた。
「あれ?おうちだ。…そうだ、あの子はどこ行ったんだろう」
ラキは家のことを不思議に思いつつ少年を見つけるために付近を見渡した。
しかし結局そこには少年の姿は見つけられなかった。
代わりにラキが見つけたのは、庭に建てられた石の十字架と、そこに屈んで手を合わせている老婆の姿だった。
「わあ、おばあちゃん!」
ラキは老婆に向かって手を振りながら駆け足で近づいていった。
「ああ、ラキちゃん」
老婆は十字架の方に顔を向けたまま静かに呟いた。
老婆の横顔が少しだけ見える。
ラキはその老婆の表情にギョッとした。
老婆は鬼のように眉間に皺を寄せながら、血のような赤い涙を流していたのだった。
そして老婆はその表情一つ変えずラキの方を向いてこう言った。
「ラキちゃんが居なければ、あの子はこんな事にならなかったのに」
──
──
バン!!!!
ラキは、掛け布団を蹴飛ばすようにして跳ね起きた。
その音に驚いてか、ラキの横で丸くなって寝ていたハッピーも溺れるように跳ね起きた。
不安そうにラキの顔を覗き込むハッピーだったが、ラキは恐怖でその事に気がついていなかった。
ただ、ラキのドクンドクンという鼓動が、静寂である部屋中に響いているだけだった。




