序章-2
ラキにとっての最初の不幸は、あろうことか彼女の6歳の誕生日に訪れた。
・・・その日はしんしんと雪が降っていた。
この村は街灯も十分に無いもので、雪が降る夜は一層暗くなる。
そんな日は子供どころか大人も出歩かない、とても静かな村となる。
とはいえ多くの民家からは団欒の声が聞こえてくるのだが、それを気にする者もいない。
さて、そんな中ラキ達の家はというと。
・・・ラキと老夫婦はテーブルを囲みどこか厳かな雰囲気で座っている。
その静けさはラキの生唾を飲む音さえも響かせるようだった。
どうやらラキは緊張をしているようだ。
ラキはテーブルの上から目を離さない。
そこには一つのホールケーキが置かれていた。
べちゃっとしたスポンジ。
じゅくじゅくとしたイチゴ。
細いチョコレートが、垂れた糸のように文字を描いている。
見た目は、正直なところ少し不格好だった。
けれど、ラキはこれでいい。この老婆が作る不恰好なケーキがとても大好きだった。
老夫婦はラキのこの様子を眺めて内心おかしく思いながら、ケーキに立てられた数本の蝋燭に火を灯していった。
ラキは手を握りしめ、唇を噛んだ。
ーはじまる。
さて、部屋の灯りが消された。
蝋燭を除いて、フッと世界が黒くなる。
ラキの心臓の音が高鳴る。
目の前にドキドキとした音が広がる。
・・・老婆の声がその心音をかき消した。
「ハッピバースデー ラキちゃん。ハッピバースデー ラキちゃん。」
老婆はゆっくりと手を叩いて歌う。
ハッピーも、理解してかせずかは分からないが、タイミングよく「ワン」と鳴いている。
ラキはというと、ケーキに穴でも開けようとしているのか、というほどにケーキを見つめていた。
(うまく消せるかな……)
去年は、ちょっと失敗した。
口を閉じすぎて、息が出なかったのだ。
今年こそは、かっこよく一息で火を吹き消したい。
「ハッピバースデー ディア ラキ〜」
そして、老婆は歌の最後で、いつも息を溜める。
──間。
それからフィナーレのように、老婆にしてはピンと声を張り上げた。
「トゥ〜ユ〜〜〜〜!」
その瞬間、ラキはきりりとした顔になり、目をぎゅっと閉じる。
そして思いきり、息を吹きかけた。
部屋の中に、静けさと緊張が走る。
……火は……消えた?
ラキはゆっくりと目を開けた。
眼前には広がる闇が見える。
どうやら上手く消せたようだ。一息で。全ての火を。
「パチン」
部屋の灯りがついた。
老夫婦がラキの顔を見ると、ラキはとても誇らしそうな顔をして二人のことを交互に見つめた。
老夫婦はそれに答えるように、ぱちぱちと拍手を送る。
ラキの表情は緊張が解けたのかフッと緩み、ニヤァとした締まらない笑顔になっていった。
「ラキ、お誕生日おめでとう。」
「おじいちゃん!おばあちゃん!ありがとう!」
「開けてごらん。」
そう言って渡されたのは、小さな包みだ。
ラキが中を見てみると、手編みの赤いマフラーと老夫婦からの手紙が入っていた。
ラキは足をじたばたとさせて、満面の笑顔を浮かべた。
「巻いていい?」
「あら、いいけどお外には行っちゃダメよ。」
「分かってるよぉ!」
ラキはその時、改めて思った。
自分は、きっと世界一の幸せ者なのだと。
「やったやったー!」
ラキはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、マフラーを首に巻き始める。
あまりにも力強く飛び跳ねながらマフラーを巻くものだから、老婆は笑いながらラキに言った。
「あらあら、器用な子ね。」
そして上手く…はないものの、自分なりにマフラーを巻き終えると、ラキは満面の笑みを老夫婦に向けた。
──その刹那。
老爺がどこから取り出したのか、カメラをラキに向けた。
そして表情が変わるよりも素早くカシャリとシャッターを切った。
「……うむ。やはりこの子の笑顔ほど輝いているものはないな。」
老爺は白く長いヒゲを指でなぞりながら、満足そうにうなずいた。
そして少し経ってから老爺はフィルムを外し、それを丁寧に広げて二人に見せた。
フィルムには褪せた色合いの、ラキの笑顔の写真が写っていた。
「あら、お可愛い」
老婆はラキの笑顔を褒めると、次は老爺に向けて言った。
「でもいいのかしら?フィルムは一度取り出してしまったら現像できなくなってしまうわよ」
老爺は答える。
「ああ。あまりにもいい笑顔だったものだから、ついすぐにでも見たくなってな」
ラキには二人のやりとりの内容は難しくて分からなかったが、それでも話している老夫婦の二人を眺めていた。
この時間を、絶対に忘れないようにしようと思った。
──うと。
まぶたが、ふいに、ゆっくりと重くなる。
普段よりずっと遅い時間まで起きていたせいか、ラキの目は一人でに細くなっていく。
「ふあぁ」とあくびまで出る始末だ。
「おじいちゃん、おばあちゃん。今日はありがとう。ラキ、眠いかも」
プレゼントの箱とマフラーを両手で大事そうに抱えたまま、目をこすりながら立ち上がる。
老婆はラキのその様子に笑顔で答えた。
「あら、そうね。もうこんな時間だものね。お手紙は、明日にでも読みましょう。」
老婆の声に、ラキはこくんと小さくうなずく。
そしてラキは寝室を目指して、きゅっきゅっと音を鳴らしながら階段をのぼっていった。




