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Darker than Darkness





 資本主義の大原則を掻い摘めば、つまり“営利の前の平等”ということだ。





 金という絶対の価値を貯えるために、自身が保有する“資本”を賭けに出して勝負に挑む、実に公平で自由で“個”こそが尊重された社会。

 これは、勝てば報酬を得て負ければ賭けの全てを失うという、どんな阿呆でも飲み込める単純明快かつ分かりやすいシステムで。そしてなにより良いところは、ある程度の“信用払い”が可能なところだった。


 知恵がなくとも、技術が足りなくとも、実力が不足していても。命という万人共通の“資本(リソース)”をベッドすることで、レバレッジをかけることができる。

 ……負けたときは当然のこと、仮に勝てたところで“利息”で首が回らなくなるケースがほとんどであるのは、ここで言及するまでもない末路だが。


 それでも、さしたる資本を持たぬ消費者が“消費する側”へと成り上がるためには、自らの命を代償にしてでも大勝負(レバレッジ)するしかない。

 そんな最低な手段しか選べないのが資本主義社会であり、そんな最悪の選択肢すら忌避なく受け入れてくれるのも、またこの資本主義社会なのである。





「――だから私は、このフザけた社会が好きだ。私には“私”の価値があると、時代が保証してくれるのだからな」


 落石で拉げた鉄材の下を慎重に潜るヴォルフの懐で。我関せずとコムリンクを操作していたサーシャは、そんなセリフで一人語りを終えた。


 経年劣化で風化を始めたコンクリートと、海水で腐食し自壊していく鉄骨。それらが組み合わされた地下鉄の路線は、ファンタジーのダンジョンにも見えて。

 いつモンスターと出くわすかと警戒していたヴォルフは、スマートグラスに表示された酸素とガスの濃度計から目を放し、ウサミミ少女に視線を落とす。


「お嬢のような人でもそういうことを考えたりするのですね。それはどちらかと言うと、ストリートの住民が抱く野望のようなものかと思ってましたが」

「そいつらと一緒にされるのは心外だな。そもそも人生とは障害物競走(デブリレース)だ。……賭けに敗れる単細胞の大半は、スタートラインの位置にばかり気を取られ、私たちコーポレートとは“()()()()()”も違っているのだと理解できていない」


 だからこそ消費者とはいつまで経っても“消費される側”なのだと、それこそストリートの人間が聞いたら眉間をブチ抜かれそうな持論をサーシャは展開した。

 そのどちらの心情も理解できてしまうヴォルフは、肩を竦めつつ返答を誤魔化して。そして視界の隅に浮かぶ現在時刻に気づくと、彼女の語りに水を差す。


「ずいぶんと時間が経ちましたね。一旦ここらで休憩を挟みましょうか?」

「私なら大丈夫だ。貴様に抱えられているだけだしな。それよりも、このまま夜が明けてしまう方が問題だろう」


 言ったところで、この錆びれた地下道は昼も夜もない闇の底にあったが。

 ……もしや悠然とした今の雑談は恐怖を紛らわせるためだったのだろうか。そう思ってヴォルフが眼を向けると、サーシャは何事もなく真顔で見つめ返してきた。


「どうした。なにか進言でもあるのか?」

「いえ、このまま進みますね」


 少女の心拍数には言及しないまま、ヴォルフは暗闇の先を見据える。


 さらに小一時間も崩れかけの路線を進み、時に邪魔な瓦礫は、彼の機械化された肉体の馬力で強引に押し退けて。

 そして行き止まりを点検通路へと迂回したタイミングで、足を揺らして抱っこされていたサーシャが、父親に構われたがる幼児のようにぺちぺちと頬を叩いた。


「……おいヴォルフ、質問だ。こんな廃坑に中継器なんて残っていると思うか?」

「中継器?サイバーネット・リンクということですか? まさか。そんなものが繋がってるなら、わざわざ此処を逃走経路に選んだりしませんよ」

「では、これは後付けされたアンテナということだな」


 それこそ我が子をあやすように苦笑を浮かべる大男に、サーシャは取り合うことなくコムリンクの画面に集中する。

 そんな彼女に倣ってヴォルフが周辺区域のスキャンを実施すると、スマートグラスにオンラインのアイコンと、壁越しに複数の機器の反応が表示された。


「……どうやら先住民のようですね。どこぞのクランのたまり場でしょうか?」

「この先のステーション跡地を根城にしているな。今のところネットランナーの気配はなし。……が、それ以上に物騒なシグナルがチラホラ引っ掛かるぞ」


 サーシャが声を渋らせボタンをクリックすると、ヴォルフの視界に彼女のコムリンクのデータが転送されてきて。

 立派なトゲを生やした二輪バイクに、ダクトテープで括られた重火器やロケット砲。それらを確認したヴォルフは、深い溜息と共に白髪頭をうな垂れた。


「ったく、ハイウェイ・ギャングかよ。よりにもよってこんな地の底で……」

「招かれざる客なのはこちらも同じだ。どうする、ここから新しい道を探すか?」

「……」


 目の前の情報とサーニャの真顔を見比べ、うーんと唸りながら天井を見上げたヴォルフは、仕方なさそうに嘆息しつつ彼女を腕から降ろす。

 そして、全身に走る肌の継ぎ目をアンロックしてエアを吹かすと、動作確認と共にサイレンサー付きの拳銃を取り出して掌のコネクタと接続させた。


「少々強引ですが、ここは押し通りましょう。こんな場所にコソコソたむろしてる時点で、大した規模の集団ではないはずです」

「賛成だ。なんならヴィークルが通れるようにレールを整備しているかもしれん。上手くやれば、郊外への脱出路と移動の足を両方手に入れられるぞ」


 いや、正直そこまでするつもりはなかったのだけれど。真顔のままムフーッと闘志を吐き出したサーシャは、ウサミミフードをぐりぐりと引っ張った。

 そんな自分よりもよほど闘争心に満ちた幼女を前に、ヴォルフは彼女が()()シンイチロウの実娘であるという事実を思い出す。


「……お嬢の安全確保が最優先です。銃撃戦は最後の手段、よろしいですね?」

潜入(スニーク)コソ泥(スニッチ)も大した違いはあるまいに。まあいい、貴様の判断に従おう」


 念のために釘を刺しておくと、サーシャは何故だか残念そうにそっぽを向いた。

 一方で、彼女とは正反対のくたびれた溜息を吐いたヴォルフは、消音銃に両手を添えながら小走りで闇路を先行していく。


『コムリンクと私のデックを紐づけました。以降は指示に従って下さい』


 手の中から囁かれた通話音声に頷き返す暇もなく、先程までとは見違える獣が如き駿足で、ヴォルフが通路の果てへと駆け出した。

 瞬く間にサーシャの鳥目では追いきれない距離へと離れてしまうが。代わりのようにチカチカと赤いポインターが明滅し、そのガイドビーコンと僅かなホロの明かりを頼りに、サーシャはそろそろと彼の背中を追いかけて歩く。


 そして、二人が点検路の終点まで辿り着くと、錆びついた扉の隙間から微妙な光がこぼれ出しているのが見えて。


『まずは私が奴らのテリトリーに侵入します。お嬢はここで待機を』

「任せる。一応、そちらの映像も廻しておいてくれ」

『了解です』


 ちょいちょいと指差されたコンテナの影にサーシャが細身を滑り込ませると、ヴォルフの体内からキュインとささやかなコイル鳴きの音色が漏れた。

 そのまま空冷用の排気を吹かしつつ重心を屈めたヴォルフは、蝶番が軋まぬよう慎重に、ゆっくり扉を押し開けて外の光景へと身を乗り出す。


 スマートグラスに反射したのは、地下にしてみればずいぶんと眩い白光だった。


 ベースボールで使われるような大型の野外照明が、自分の出てきたキャットウォークに後付けされて。他にも外から持ち込んだらしきライトが至るところに挿げ付けられ、薄汚れた地下鉄のプラットホームを照らし出す。

 ステーションにはオイル缶や整備用の工具が散乱し、線路上に並べられた多種多様なヴィークルたちを背景に、モヒカンでスカルヘッドな暴走族の若者たちが思い思いのモラトリアムを謳歌していた。


 そんな映像をコムリンク越しに眺めたサーシャは、教師に質問する生徒みたいな眼差しでヴォルフに問い掛ける。


「ハイウェイ・ギャングの習性について、十分に学んでおいたつもりだが。しかしヴォルフ、連中は何が目的でこんなことを?」

『強盗や抗争で勢力を拡大するというのは、大前提にあるでしょうが。……それとは別に、()()()()()仲間とツルむのは、何より楽しいものなんですよ』

「なるほど、つまりは協同遊びというわけか」


 お嬢にも経験があるんじゃないですか?とヴォルフが通信を送ると、サーシャは赤子の思考に共感する大人のような眼差しでひとりごちた。

 いろいろと苦言を呈したいのはヤマヤマだったけれど。だが今はそんな場合ではないかと気を取り直したヴォルフは、照明の背後に回り込みつつ下階を覗き見る。


 スマートグラスでフィルタリングされた視界の中で、暴走族や彼らが携帯している武器、そしてヴィークルの輪郭が強調されて。

 そこへ小脳に増設されたニューロデック――脳と直結して扱う電算機、特にハッキングに特化した装置の俗称――の処理を噛ませると、彼らの氏名や銃の残弾数、ヴィークルのバッテリー容量までもがリストアップされる。


「なんて不用心な連中だ。コーポの下級社員(さらりーまん)でも名前くらいは隠しているぞ」

『そういった自己表現も彼らの美学というわけです。それにしても十四人か。サーチの範囲外にも残っているでしょうし、ここまで散開されると面倒ですね』


 いざとなったら“最後の手段”で鎮圧するつもりだったが、この人員配置となると少々骨が折れるかもしれない。

 もちろん、自分一人なら何とでも切り抜けられるが……


「……。……ふむ」


 お嬢を連れてどうやり過ごそうかとヴォルフが電脳を回転させていると、中継を観察していたサーシャが顎に手を添えながらペロリと舌なめずりした。

 そんな彼女の様子をビデオ通話越しに確認したヴォルフは疑問符を浮かべ、サーシャは右手でコムリンクを操作しつつ左で一台のバイクをピッチアウトする。


「このヴィークル、アイドリング状態で放置されているな。貴様のデックで所有者情報を書き換えれば、簡単に乗っ取れるんじゃないか?」

『書き換えは出来ますが、起動しているということは、その所有者とリンクしてるということです。突然接続が断たれれば、即行で気づかれてしまいますよ』

「ならば明かりを落とせばいい。折よく、連中がどこぞから拝借している送電線の制御端末はクロサキ製だ。コレの脆弱性は私も良く知っている」

『待って下さい。これから襲撃しますと先に教えてどうするんですか……』


 この地下道を利用しているのであれば暗視装置くらい入ってるだろうし、それこそ無線でヴィークルにライトを点けさせればいい。

 サイバネティックもインプラント技術も未成熟だった百年前の人類ならともかく、今や眼球や脳髄なんて自分好みにカスタマイズするのがあたり前なのだ。


 ()()()、姫君様にはその辺りの“常識的な感覚”が欠けているのかと、ヴォルフが呆れがちに溜息を押し殺して。

 しかしサーシャはフンと鼻を鳴らすと、バイクと赤線で繋がる所有者らしき暴走族の、そのすぐ傍に立てられた照明器へと指をスクロールさせる。


「誰が全ての明かりを落とすと言った。私が落とすのは、奴の近くにある照明だけだ。如何にも叩いて直せそうな距離にある、この照明()()を落とせばいい」

『………………』


 ヴォルフはあらためてステーション全体の配置を見つめ直した。


 人の散らばり具合、ヴィークルの並び、なにより標的の人物(ターゲット)の小間使い感。

 それらを加味して今後の展開をシミュレートしたヴォルフは、ニヤリとやけっぱちに頬を吊り上げながら、消音銃を後ろ腰のホルスターに戻す。


『……潜入もコソ泥も大した違いはない、でしたか?』

「そして言っただろう、人生とは障害物競走だと。私たちと走るレーンがどれほど違っているのか、お遊び集団に教授してやろうではないか!」


 そう見得を切りつつ物陰から立ち上がったサーシャの口元は、コムリンクの光を受けて薄っすらと吊り上がって見えた。





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