第97話 溶岩水泳部
ゲートを潜り五層に到達した俺達が目にしたもの、それは分厚い雲に覆われた薄暗い空、そして赤い溶岩を川のように垂れ流している巨大な活火山だった。
ここがAランク迷宮イーラ五層、焔斑火山か。
現在地である火山の中腹のごつごつとした岩場から見下ろした先には、扇状に広がった朱い木の生えた森が広がっていた。
俺のブレイズノヴァの杖にも使われているホムラケヤキの森だ。
「凄いな、全然暑くない」
「ボクの作った『不死鳥の羽衣』は完璧さ」
ここは気温が100度を越える灼熱地獄だ。
対策なしで突っ込めばあっという間にカラカラに乾いてお陀仏である。
「ギザードは暑くないのかにゃ?」
耐熱装備を使わずブーメランパンツを履いた水着姿のままのギザードを見てミュールが首を傾げる。
「フェニキス族は熱に強いからね。五層に吹き荒れるこの熱風もそよ風みたいなものさ」
「やせ我慢は止めて、お主もさっさと化身せんか」
「……はい」
どうやら本当にやせ我慢だったらしい。
ギザードは化身スキルを使って火の鳥と化すと、低空をホバリングしながら俺達を先導する。
「予定していたルート通りに行くよ。僕についてきて!」
俺達はごつごつした岩場を進んで、少しずつ山の上を目指して登り始めた。
ここでも俺の生成した石の流体が大活躍だ。
険しい場所には階段を作り、溶岩の川の上には橋を架け……ようとしたらギザードに注意された。
「そこにはホムラサラマンダーが潜んでいるから、こっちから回り込もう」
ホムラサラマンダーはここ焔斑火山の溶岩の中に住むエレメンタル種だ。
ただでさえ魔力管理がきつい中、Aランクエレメンタルなんて相手にはしていられない。
俺達は山を少し下ってから石の橋を架けて溶岩の川を渡った。
岩に擬態して襲い掛かってくるホムラロックリザードをアンバーがこん棒で叩き潰し、特に擬態せず襲い掛かってくる赤イモリのホムラニュートをミュールが切り裂いたりして山を登っていくことしばらく。
火山の七合目にある傾斜の緩い平らな場所までやってきた。
ここが決戦のバトルフィールドだ。
「みんな、後は頼んだよ」
ギザードが火の粉を散らしながら火山の山頂へ向けて飛んでいくと、その動きに反応して山頂の周囲に張り付いていた赤い影が一斉に飛び立った。
この焔斑火山を支配する空の王者、ホムラワイバーンの群れだ!
反転して戻ってきたギザードを追いかけて、ギャアギャアと獰猛な鳴き声を上げながらこちらに迫ってくる。
真っ先に突っ込んできたホムラワイバーンの特攻隊長を抜き打ちしたかいおう丸で吹き飛ばしたアンバーが叫ぶ。
「ギザードよ! 今こそお主の本懐を遂げるがよい!」
トレインしたホムラワイバーンの群れを俺達に擦り付けたギザードは、大きく迂回して再び山頂へ向けて飛んでいく。
「おっと、行かせないよ」
ギザードを追った数匹のホムラワイバーンをアザミが狙撃してヘイトを取った。
天高く舞った火の鳥はホムラワイバーンの巣を越え、マグマの沸き立つ火口に飛び込んだ。
「死ぬなよ、ギザード……!」
ダンジョンコアへ繋がるゲートは焔斑火山のマグマ溜まりの底にある。
化身スキルで炎への完全耐性を得たフェニキス族の者でなければ、このダンジョンを踏破することは決してできないのだ。
俺は石の流体で分厚い壁を作って背後の安全を確保すると、白くどでかいこん棒を取り出して構えた。
「アイシクルカノン!」
前衛を張って戦闘中のアンバーとミュールに奇襲を仕掛けようとするホムラワイバーンに青い弾丸を打ち込んでその翼を氷塊で固める。
「首切り!」
ガシャリと氷を砕きながら地面に激突したホムラワイバーンの首をミュールが小太刀で跳ね飛ばした。
「――プロテクション!」
今度はこちらを狙ったホムラワイバーンの降下攻撃を俺がプロテクションで防ぐと、隣のアザミがマナブラストでそいつの目を撃ち抜いて息の根を止めた。
俺達の周囲には絶命したホムラワイバーンの死骸がどんどん積み上がっていくが……。
「数が多すぎる……!」
既に10匹以上は倒しているというのに、空にはまだまだ多くのホムラワイバーンが旋回していた。
「仕方ないね。二人とも、一度戻ってきて!」
体力お化けのアンバーはともかく、ミュールに長時間の戦闘を行わせるのは得策ではない。
アザミが中型のプロテクションを張って呼び掛けると、前衛の二人が戻ってきた。
「ふー、空を飛ぶ魔物を相手にするのはなかなかに骨が折れるのう」
「はぁ、はぁ……あちしはまだやれるにゃ……」
そうは言っても身体は正直だ。
ミュールは荒い息を上げながら地面に倒れ込んだ。
「幸いなことに連中はいまだ巣に戻る気配がない。1匹ずつ釣っていくか」
「そうだね。ボクが撃ち落とすからアンバー、後はよろしく」
アザミはマナブラストの魔杖の魔石を交換しながらアンバーに視線を向けた。
「うむ。わしに任せるがよい」
そういうことになった。
30分ほど掛けてすべてのホムラワイバーンを倒した俺達がゆっくりと魔石の回収をしていると、山頂からバッと火の鳥が飛び出した。
「よかった。ギザードは無事に成功したみたいだ」
曇り空を背景に滑空するギザードの鳥足には赤い溶岩を纏った袋が掴まれており、風に煽られた溶岩が冷えて黒く固まっていくのが遠目に見えた。
ギザードはバサリと火の粉を散らしながら俺達の前に降り立った。
それと同時に地面に叩きつけられた袋に貼り付いていた溶岩が衝撃で砕けて散らばる。
「みんな、ただいま」
全身を燃やしたまま笑顔を浮かべるギザードの額には瞳を模した大きな刻印が刻まれている。
ダンジョンマスターと全く同じ刻印だが一部が暗く非活性化しているようだった。
「溶岩の中はどうじゃった?」
「思っていたよりも距離が長くてキツかった。海で鍛えていなければ途中で力尽きていたかもしれない」
人間が溶岩の中で息をできるわけがないからな。
このイーラのダンジョンの踏破を目指す者に求められるのは化身スキル、水泳能力、そして肺活量なのである……。
「ギザード、早く宝珠頂戴」
「いいけど……火傷しない?」
「ボクを誰だと思っているのさ」
ギザードが鳥足を持ち上げて掴んでいた袋を差し出すと、受け取ったアザミは袋の口を縛っていた紐をほどいてひっくり返した。
すると大きな真珠状の宝珠が地面にジャラジャラと転がった。
「宝珠がいっぱいにゃ!」
「おお、結構あったようじゃのう」
「これだけの宝珠ができるくらいこのダンジョンで探索者が死んでいると考えると、僕は素直に喜べないけどね」
宝珠はダンジョンの中で死んだ人間の魂をエネルギー源にして生成されている。
逆に言えば、死人の出ていないダンジョンは一つたりとも宝珠を生み出さない。
それは海底の未踏破ダンジョンを踏破するだけで簡単に理解できることだった。
「フン、資源の有効活用さ」
しゃがみ込んだアザミは腕輪から取り出したショルダーバッグに宝珠を詰め直すと、肩に掛けて立ち上がった。
「ボクの仕事はこれで終わり。後は家に帰るだけだ」
「さて、何事もなければいいが……」
そうは問屋が卸さなかった。
四層の紫滅晶洞にあるシェルターまで戻ってきた俺達の前に、二人のワータイガーの男が立ち塞がったのだ。
「おっと、お前達はここで通行止めだ」
「理由はもちろん、分かっているよな?」
左の男が見せつけたギルドカードに表示されたマップには、現在地を示す青い光点のそばに赤い光点が1つ光っていた。
これは上級探索者に対して発令されるダンジョン内犯罪者の討伐要請だ。
それはすなわち、ダンジョンマスターとの決別を意味していた。




