第76話 ハムマン祭り
俺とアンバーの二人は観光客や地元民に紛れて、ハムマン祭り会場のハムマン神社へ向かってプンレク島の市街地を歩いていた。
街のあちこちには近所の森から出てきた野生のハムマンがうろついており、観光客におやつをねだっていた。
まるで奈良公園の鹿みたいだな。
ハムマンはハムスターみたいなかわいい姿をした魔獣だ。
環境適応性が高く、温厚な性格をしていて小食で雑食、繁殖力もそう高くない。
そんなか弱い魔獣が絶滅しないのはひとえにペット適性が非常に高く、その上あちこちのダンジョンで出没するからだ。
ハムマンはダンジョンを歩けばハムマンに当たると言われるくらいにポピュラーな魔物なのだ。
街の大通り沿いには観光地らしくハムマングッズを販売する店舗が立ち並び、客寄せの声が絶えず響いていた。
今日は年に一度の書き入れ時なのだからぼったくるのも程々にして欲しいものだ。
俺達が露店で買ったハムマン饅頭を食べながら店を冷やかしていると、ハムマン柄の法被を着たオーガのお爺さんが声を掛けてきた。
「もしかしてシーサーペントを倒したっていう探索者さんはあんたらかい?」
「よく分かったのう、お主。そうじゃ、わしらが『こん棒愛好会』じゃ」
アンバーが装具から蒼銀色のどでかいこん棒、かいおう丸を取り出してポーズを取るとオーガのお爺さんは喜色を浮かべた。
「やっぱり! あんたらのおかげで無事にハムマン祭りの日を迎えられたんだ。ワシらにもちょいとお礼をさせて欲しい。うちに上がっていくといい」
「お礼ですか?」
「せっかくのお祭りだ。そんな探索者服じゃなくて、綺麗な浴衣を着て楽しんで欲しいと思ってねえ」
どうやらこのオーガのお爺さんは呉服屋を営んでいるようだった。
入口から見える、和のテイストが感じられる店の中には豪華なハムマン柄の着物が飾られていた。
それは結構なお値段がするみたいだが、お祭り用の浴衣や下駄はそれなりに安価で置かれていてそれが観光客に飛ぶように売れているようだった。
俺達はオーガのお爺さんに連れられて、店の奥まで案内された。
そこではオーガのお婆さんが畳に敷いた座布団の上で正座をしながら湯呑みでお茶を飲んでいた。
「ほれ婆さん、話していた探索者さんがきてくれたぞ」
「おおめんこいお嬢ちゃんだ。ハルコよ、着付けを手伝っておやりなさい」
「すぐに終わりますからね。こっちで着替えましょうか」
お婆さんの隣にいたオーガの若い娘に更衣室まで連れて行かれたアンバーは、かわいいハムマン柄の浴衣に着替えて戻ってきた。
そして俺もすぐにハムマン柄の浴衣に着替えさせられた。
「お二人とも、ぜひハムマン祭りを楽しんで行ってくださいねー!」
こうしてオーガの呉服屋で浴衣を貰った俺達は、カランコロンと下駄の足音を立てながら再び街を歩きだした。
すると段々と遠くに見えるハムマン神社の屋根が近づいてきた。
木造の街並みが切れると、さらさらと揺れる緑の木々に囲まれた広く長い階段が目の前に姿を現した。
優しい緑の匂いに包まれながらゆっくりと階段を上るとそこには大きな広場があり、沢山の屋台が軒を連ねていた。
「おお、すんごいのう。このような祭りなぞ初めて見たわい」
「アンバーはこういうの初めてなんだ」
「まあのう。お主はどうじゃ?」
「地元じゃそれなりに経験しているけど、女の子と一緒に楽しむのは初めてだよ」
「むふふ、それは嬉しい報告じゃ」
ほっぺを赤くしたアンバーはその小さな手で俺の腕をぎゅっと掴んだ。
俺がアンバーと腕を組みながら屋台巡りをしていると、広場の一角に何やら人だかりができているのが見えた。
時折おお、という感嘆の声が上がったりしている。
「あそこでは何をやっておるんじゃろうか」
「何かのパフォーマンスでもしているのかな?」
俺達が人混みを回り込んで見てみると、そこではむしろの上に座った一人のドワーフの男が白いハムマンの石像を販売していた。
「メイソン……!」
「お主、知り合いか?」
「ああ、忘れもしない。アクアマリンの頂点に君臨する伝説のハムマン職人だ」
俺はかつてアクアマリンのフリーマーケットでお手製のハムマンフィギュアを売ろうとして、この男にマウントを取られて涙目敗走したという過去がある。
※詳細は全世界未発売の書籍版マイマイダンジョン第一巻おまけSS「ハムマン職人への道」参照のこと。
こちらをチラリと見たメイソンが俺に気付いて声を掛けてきた。
「よう兄ちゃん、また会ったな。浴衣も着てお祭り気分ってか?」
「ああそうさ。こんなところであんたと会うことになるとは……いや、ハムマン職人のあんたならこの場所にくるのも当然か」
「座りな。あれからどこまで上達したか、腕を見てやるよ」
「ふん、その手には乗らないよ。俺は彼女とデート中なんでね、ジジイは一人でちやほやされて悦に浸っているといいさ」
鼻で笑ってから背を向けて歩き出した俺を、メイソンが呼び止める。
「逃げるのか?」
「……っ!」
「腰抜けめ、女に負けるところを見られるのがそんなに嫌か?」
「この野郎、俺を本気にさせたことを後悔させてやる!」
俺はアンバーの手を振りほどくと、バッと振り返りダッと走ってメイソンの隣に座り込んだ。
するとメイソンはにやりと笑みを浮かべてポーチから一つの天秤を取り出した。
「今からハムマンフィギュアを作って多くの売り上げを得た方が勝ちだ。価格は1個10メルの小型サイズ。異存はないな?」
「制限時間は?」
「ハムマンコンテストの開催を知らせる正午の鐘が鳴るまでだ」
「いいだろう……!」
俺の了承を受けたメイソンは、むしろに置いていた四角い白岩石を上に投げて彫刻刀を振るった。
メイソンはカカッと音を立てて四分割された白岩石のうちの一つを手に取ると、高速でハムマンの姿を削り出していく。
瞬く間に躍動感が溢れるハムマンフィギュアが完成した。
「おぉ、確かにこれは凄いのう」
「俺にくれ!」
チャリンと音を立ててメイソンの天秤皿に10メル銀貨が乗せられた。
俺も負けてはいられない。
以前の俺は土属性スキルで石をこねて色付きのハムマンフィギュアを作った。
だが、俺も成長しているんだ……!
「なっなんだこれは……!?」
「この兄ちゃん、只者じゃないぞ!」
俺は土属性スキルで透明なガラスを生み出すと、サッとこねて形作り色を付けた。
素人には真似できない、カラークリスタルハムマンフィギュアだ!
「かわいい、私に頂戴!」
チャリンと音を立てて俺の天秤皿に10メル銀貨が乗せられた。
ハムマン祭り会場は財布の紐がゆるい客ばかりだ。
だからこの勝負は時間内に多くのハムマンフィギュアを作った方が勝者となる。
メイソンは石材の在庫管理、俺は魔力の残量配分が肝になる。
大丈夫、レベルが上がってスキルを磨いた俺の魔力が時間内に尽きることはない。
ただひたすら、クオリティを重視してハムマンフィギュアを量産するのだ。
あれから何時間が経ったのだろうか。
カーン、カーンという音が鳴って集中が途切れた。
ポロリと作りかけのハムマンフィギュアがむしろの上に転がり落ちる。
「そこまでじゃ!」
制作に集中しすぎたせいで、俺の脳の疲労はピークに達していた。
手を頭に当ててヒーリングを発動すると、少しだけマシになった。
「一体、どうなった……?」
天秤を見ると両方の天秤皿に積み上げられた大量の10メル銀貨がむしろの上にこぼれ落ちていた。
これではもはや勝敗など分かったものではない。
「お前の勝ちだ。兄ちゃん、やるじゃねえか」
「引き分けの間違いじゃないのか?」
「忘れたのか? 足りなくなった石をお前がスキルで出してくれたんじゃないか」
どうやらメイソンは途中で白岩石の在庫が切れたらしい。
俺は無意識のうちに彼に石材を提供して、それで勝負を続行したのか……。
スキルの使い過ぎでランナーズハイになったのか、気分が高揚して変な気持ちだ。
それでも勝負には勝ったらしいので、とりあえず俺は勝利宣言をすることにした。
「勝ったぞぉ!」
俺が立ち上がって腕を振り上げるとワッと観衆から歓声が上がった。
メイソンがそれに続いて立ち上がると、手を叩いて観衆に呼び掛けた。
「ハムマンコンテストが始まったから今日はお開きだ! また来年会おう!」
メイソンが解散を告げると集まっていた観衆は一斉に神社に向かって動き出した。
俺が彼らの後姿を見送っている間に、しゃがみ込んだアンバーが銀貨を適当な袋に分けてメイソンに渡した。
「ほれ、これがお主の取り分じゃ」
「助かる。これで稼いだ金で酒を飲むのが俺の楽しみでな」
そう言いながらメイソンはハンディ掃除機みたいな魔道具を使ってむしろの周辺に散らばった石の粉を片付けていた。
ちゃんとやるのね、そういうこと……。
「俺達は先にハムマンコンテストを見に行くとするよ。じゃあなメイソン、今度はアクアマリンのフリーマーケットで会おう」
「これからも修行を怠るんじゃないぞ、兄ちゃん」
「分かってるって」
俺はメイソンに別れを告げると、アンバーと一緒に神社に向かって歩き出した。
「お主は毎晩、1日たりとも欠かさずにハムマンフィギュアを作っていたからのう。腕のいい職人に頑張りを認められてよかったのう」
「あいつは俺の生涯のライバルだ。きっと死ぬまで努力しても追いつけないんだろうけどさ、それくらいの目標があった方が人生にメリハリがついていいと俺は思うんだよね」
長命種の多いこの世界だと、生まれ持った天性の才能がないとどうにもならない時間という名の壁がある。
上を見ればきりがないが、まあこれは趣味だからな。
羨んでばかりいてもしょうがないし、何事も楽しまなきゃ損だ。
「ええのう、ライバル。わしのライバルは誰になるじゃろうか?」
「こん棒愛好家で言うとガゴリウス氏とか?」
「ガゴリウス氏はライバルというよりパトロンじゃな。ああ、どこかに強いこん棒使いが転がっていたりはしないかのう」
「それならきっと西大陸にいると思うよ。いつか二人で探しに行こう」
「そうじゃのう。その日がくるのが楽しみじゃわい」
アンバーの生まれ故郷は西大陸の雪深い高地にあるという。
いつか彼女の育ての親に会いに行きたいものだ。
俺は隣を歩く浴衣姿のアンバーを見て、そう思ったのだった。




