第67話 エピローグ
「……リジー、リジー!」
身体を揺さぶられて目が覚める。
気分良く寝ていたってのに、うざってぇなぁ。
あたしが顔を左に向けると、そこには純朴な顔立ちをしたハーフリングの男がシートベルトを締めて座っていた。
「リオット、どうしたの?」
「もうすぐチューブニオンデスワームの生息域に入るんだ。きっとリジーも驚くよ」
あたしの乗るタクシーは危険なチューブ荒野のど真ん中を駆け抜けていた。
いつもだったら会社の事務所でだらだら仕事をしている時間だってのにさぁ。
本当に面倒臭いったらありゃしない。
「どうでもいいじゃん。そんなのさぁ……」
「そんなことないよ、本当に凄いんだから!」
何でこんなしょうもない男と結婚する羽目になったんだろうかねぇ。
それもこれも、全部あのハルト・ミズノとかいう男が悪いんだ。
あたしがリオットと初めて出会ったのはハルトとパーティーを組んだその日の晩のことだった。
バカみたいな魔力を持ったダン族のボンボンを上手く煽てて結構な稼ぎを手に入れたあたしは、飲み会が終わった後に気分よく夜道を歩いていた。
そこでチンピラに絡まれているリオットを見つけて……普段はこんなやつなんて無視しているのに、気分が良かったあたしはつい助けてしまったのだ。
その時は名前だけ教えて別れたんだけど、どうやって調べたのか休日に出歩くたびに彼と出くわすようになった。
レベル1で魔力も並み、どこにでもいる運転手のハーフリングに興味がなかったあたしは彼からのアプローチを適当に受け流していた。
Dランク昇格試験が終わってあたしの所属するパーティーが解散するまでは……。
その日の晩、金ズルを逃したあたしが行きつけの居酒屋で一人やけ酒をしていると、その隣の席に一人の男が座った。
彼はこの1ヵ月ですっかり見慣れてしまったハーフリングの男、リオットだった。
彼はあたしの愚痴をニコニコしながら隣で聞いてくれた。
あれだけ邪険に扱っていたにも係わらず……。
だからあたしは一晩だけ相手をしてやるのも悪くないかと思ってしまった。
ただの遊びのつもりだった。
だけど翌朝、彼に会わせたい人がいると言われて、その名前を聞いて、あたしはもはやどうにもならない状況まで追い込まれてしまったことを自覚した。
現在あたしの乗っているタクシーを運転している男、リオットの祖父のカーター。
この男はアクアマリンの裏社会で知らない者はいないほどに恐れられていた。
凄腕の暗殺者である彼の逆鱗に触れて消された人間は数知れない。
そして口の悪いあたしはそれを知るまで、長いこと彼の逆鱗を逆撫でするような言動を繰り返していた。
あのけばけばしい鳥女が好きなやつの気が知れない、とか言っちゃったりした。
だからあたしは過去を隠してリオットの妻となるしかなかった。
彼の愛を拒絶してしまえば、それはあたしの死を意味したからだ。
「はぁ……」
あたしはため息をついて窓の外を眺めた。
岩が転がるこの岩石地帯には、遠目にも巨大なワームのコロニーが見えていた。
あんなもの、何も怖くない。
あたしが一番恐れているのは、目の前で運転をしているカーターなんだから。
そんなことを考えながらムスッとしていると、隣のリオットが驚きの声を上げた。
「お爺様、あれは!?」
彼の指差す先には、巨大なワームの死骸がいくつも転がっていた。
そのうちの一つの分断されたワームの死骸の間にある地面がガラス化していて、車のタイヤの跡がその中央を突き抜けるように引かれていた。
「……あいつら、派手にやったな」
「もしかしてファルコさん達ですか?」
「……ワーキャットの娘がイツカデーツでも取り出したのだろう。そうでもなければ雨期明けのチューブニオンデスワームが暴れることはないからな」
このワームの死骸はきっとハルトの仕業だ。
あの時みたいに酒場でアンバーの悪口を言って、あの火力が自分に向けられていたらと思うとゾッとしちゃうね。
「彼らは無事でしょうか?」
「……殺しても死なないようなやつらだ。すぐにまた会えるさ」
あたしとしてはハルトのやつには死んでいて貰った方がありがたいんだけどなぁ。
それには期待しない方が良さそうだ。
その日の晩、あたしは草原の真っ只中にある廃墟で食事の支度をしていた。
面倒だけど、カーターもリオットも料理ができないからまともな食事をしたければ自分で用意するしかない。
「野郎はこれだから……」
「……リジー、少しいいか?」
愚痴を聞かれたあたしはびくりと肩を震わせた。
あたしの後ろから声を掛けてきたのはカーターだった。
「何ですか? お爺様」
「……今はリオットもいない。少し腹を割って話さないか」
リオットは現在、建物の中でシャワーを浴びている。
その時を見計らってきたのか、この男は。
「腹を割ると言われても、私には良く分かりませんが……」
「……お前がサクレアを嫌っていることは知っている」
あー、そういうこと。
全部最初から筒抜けだったってわけ。
じゃあもう猫を被る必要もないか。
「それで、お爺様は大事な孫をたぶらかしたあたしに対して何が言いたいわけ?」
「……お前はリオットと結婚したことを後悔していないか?」
後悔しているに決まっているじゃねーか。
居酒屋には飲みに行けないし、行きずりの男と遊ぶこともできない。
ダンジョンに行って狩りをすることもできないし、悪友とはみんな縁を切った。
あたしに残されたのは魔力が低い平凡な男だけだった。
……でもさ、ここ数ヶ月こいつらと一緒に暮らしてきてあたしは思ったんだ。
何でもない日常ばかりだけど、こういう生活も悪くはないって。
それになにより、天涯孤独のあたしにも家族ができたのだ。
これはあのクソホモ野郎のラインには絶対にできないことだ。
だから、あたしはカーターにこう答えてやることにした。
「してないね。リオットはあたしのことをちゃんと愛してくれるし、会社の連中も気のいいおっさんばかりだし。気が変わって別れたいって言われても絶対にしがみついてやるつもりだよ」
「……ならいい。邪魔をしたな」
あたしの言葉のどこに納得をしたのか、彼は満足した様子で建物に戻っていった。
「なんだかなぁ……」
夜空の月を見上げてぼやいたあたしが鍋に目をやると、ちょっと目を離した隙に料理が焦げ付きかけていた。
「やべっ!」
危ない危ない、大事な食材を駄目にするところだった。
あたしは青白い月明かりに照らされた寒空の下、食事の支度を再開した。
あれから3日後、あたしは正装に身を包み王都ラブオデッサで行われるサクレアのライブコンサートに参加していた。
王都ラブオデッサの郊外に作られたこのコンサート会場は頭がおかしいんじゃないかと思うくらいに規模の大きなものだった。
こんなものをサクレア一人の為だけに建てたっていうんだから恐ろしいったらありゃしない。
会場のスタッフに案内されたあたし達がホテルのラウンジみたいな上級会員専用のスペシャル席までやってくると、そこでは見知った顔の連中が見知らぬ相手と会話をしていた。
「シジオウ、それ本当に治さないで大丈夫なのか?」
シジオウと呼ばれたワーライオンの男は顔面がボコボコに腫れ上がっていた。
「治したらジャイアントオーブを割ると脅されたのだ。あいつはやると言ったら必ずやる。だからこのままでいい……」
「そこまで言われると治してあげたくなっちゃうな」
「やめろ! 俺に近付くな!」
「ハルト、そのくらいで勘弁してくれ。シジオウ様も反省はしているんだ」
「クロよ、そうやってお主が甘やかすからいけないのではないか?」
「……返す言葉もない」
「ダメダメな主人にダメダメな犬にゃ」
彼らの会話がひと段落着いたところを見計らって、カーターが挨拶した。
「……よう、元気そうだな」
そのカーターの声に、ハルト達がこちらに振り返った。
ハルトはカーターと会えると思っていなかったようで、とても驚いているようだ。
「カーターさん! それにリジーまで……隣の彼がお孫さんの?」
「……孫のリオットだ」
「初めまして、ハルトさんにアンバーさん。ほらリジーも挨拶して」
「あ、あー。何だ、お前ら随分と元気そうじゃねーか」
「もしかしてリジー、猫被るのやめたの?」
「仕方ねぇだろ、バレちゃったんだから」
あたしがそう言うとハルトは嬉しそうな顔をした。
何だよこいつ、気持ち悪いな。
「リジーには今の方が似合っているよ。自然って感じがする」
「フン、あんたに言われるまでもないよ。あたしはあたしさ」
「カーターのおっさんにリオットじゃーん! 元気かぁー!?」
あたし達が話していると、酔っ払った青い羽毛をした鳥頭のバードマンの男が酒瓶を片手にこちらへやってきた。
あたしも何度か顔を合わせたことがある、運び屋ファルコだ。
「は、離してくださいファルコさん……!」
「いいじゃんいいじゃん。お前も飲めよぉー!」
ファルコがリオットにウザがらみしている。
こいつはちょっとでも酒が入るとこんな感じになってうざいんだよな。
「……ファルコに飲ませたのか?」
「ちょっと目を離した隙に酒入りのチェリーボンボンをつまんじゃって。ライブが始まったら解毒スキルで治すから気にしなくていいですよ」
「……ならいいんだが」
「カーターさんはもう彼とサクレアの話は聞きました?」
「……何の話だ?」
「これは俺達がジャスティンに行った時の話なんですけどね――」
ハルトはカーターに、コバルトファミリーにサクレアが誘拐され、そして救出されるまでの顛末を話した。
ふーん、なかなか楽しいことをやっているみたいじゃん。
あたしはちょっとだけ、彼らのことを羨ましく感じた。
「……そうか、二人は結ばれたか」
「はい。これでサクレアのラブソングが解禁されましたから、今日はきっと楽しいライブになると思いますよ」
「……こいつらを連れてきてよかったな。今日のライブは二度と忘れられない日になるだろう」
あたしが二人の会話を聞いているとファルコがリオットの口に酒瓶を突っ込んだ。
「オゴゴゴゴ……」
「もう、しょうがないやつじゃのう」
アンバーがファルコを引き剥がすと、解放されたリオットがこちらに逃げてきた。
うっ、こぼれた酒のせいでスーツが酒臭い。
「リジー、大変な目にあったよ……」
アンバーに取り押さえられたファルコがハルトから解毒スキルを受けているのが遠目に見える。
あいつらさぁ、そういうのはもっと早くやってくれよ。
おかげであたしの旦那が大変な目にあったじゃないか。
「あんたさぁ、困ったらすぐに言ってくれないと誰も助けちゃくれないよ?」
「うん。分かってはいるんだけど、こればっかりは難しいね」
「もっとさ、あたしに頼ってくれてもいいんだよ? 夫婦なんだからさぁ」
「リジー……ありがとう」
「フン、馬鹿なやつ」
あたしがリオットと話していると、舞台の方から音楽が流れてきた。
どうやらついにサクレアのライブコンサートが始まったみたいだ。
「……お前達もそろそろ席に着こうか。サクレアのライブは静かに鑑賞するのがマナーだからな」
「はい、お爺様」
「あたしはちょっと腹が減ったんだけど、ここってそういうサービスやってんの?」
「もちろんあるよ。なんたってここは上級会員専用のスペシャル席だからね!」
「ふーん、ならここに慣れてるお爺様にお願いしちゃってもいいかな?」
「……いいだろう」
あたしは用意されていたテーブル席に着いて会場スタッフにディナーを注文した。
他人の金で食える飯ほど美味いものはないからねぇ。
ティアラキングダムにいる間に、たっぷり贅沢させて貰うとしよう。
それから、初めて聞いたサクレアの歌声は思ったよりも悪くはなかった。
あたしは少しだけ、カーターのことを見直した。




