第61話 ゴブリンレジスタンス
迷宮都市ジャスティンのブロンズラインの向こう側には広い農地が広がっていた。
どうやらこの街はある程度の自給自足をしているらしい。
王都への道が通っているとはいえ、陸の孤島にある迷宮都市だからそうでもしないといざという時に飢えてしまうか。
二車線の道路を10分ほど走ると、遠くに赤褐色の街並みが見えてきた。
どうやらあそこがこの迷宮都市の中心地らしい。
俺が車窓から街並みを見渡すとそこはまるでスチームパンクの世界のようだった。
いや、パイプの類は全然見えないんだけど、イメージ的にはそんな感じ。
「この建物……もしかして全部金属なのか?」
「ここの特産品のドフスブロンズじゃのう。お主も見たじゃろ? テンカイ城の城壁、アレもここのドフスブロンズ製なんじゃ」
「弩伏坑道で無限に採掘できるから余って仕方がないんだろうか」
「迷宮都市は地産地消が原則じゃからのう。街それぞれに特色があるのが迷宮都市のいいところなのじゃ」
俺達が話していると、ファルコがバックミラーを見て舌打ちをする。
「チッ、あいつら尾行してやがるな! どうする、撒くか?」
後ろを見ると一台の車が後ろをついてきていた。
どうやら先ほど見た獣人の男達が乗っているようだ。
「面倒だからこのまま行こう」
「そうじゃの、その方が楽でええわい」
「じゃあそうするか!」
俺達の乗るオフロードカーは大通りを抜けていくらか進むと、小さなホテルの地下駐車場に入っていった。
連中の車も俺達と同じように続いて入っていくが、ヘッドランプに照らされた地下駐車場には一台も車は見えず、俺達の乗るオフロードカーは影も形もなかった。
「おい、あいつらの車はどこに行った!?」
「探せ、すぐ近くにいるはずだ!」
ヘッドランプの光る車から降りてきた獣人の男達の背後から忍び寄る小さな影。
「がっ」「ぐえっ」「うぐぅ」
ばたりばたりと倒れていく獣人の男達。
「……嘘だろ?」
運転席に座る獣人の男の目の前には、金色に輝く大きなこん棒を振りかぶった小さなハーフリングの姿があった。
「さらばじゃ」
いかずち丸が振り下ろされると、彼が乗る運転席だけを残して車の左半分がぐしゃりと押し潰された。
その余りにも恐ろしい体験に、獣人の男は失禁しながら気絶していた。
パッと地下駐車場が明るく照らされると、俺達は太い柱の陰から姿を現した。
「ばっちいにゃ。それでも男かにゃ!」
「そう言ってやるなよ、可哀想だろ」
俺達は地下駐車場に入ってすぐにファルコのオフロードカーを装具に仕舞うと、地下駐車場にある太い柱の陰に隠れたのだ。
そして連中が油断したところを、アンバーの高速バックスタブでおしまいである。
「もういいぞ!」
クロが合図をすると、地下駐車場から上に続く階段から軍服を着たゴブリン達がぞろぞろと降りてきて獣人の男達をふん縛って上に運んでいった。
それを見届けると、クロは俺達を見回して軽い笑みを浮かべた。
「無事に合流できて良かった。検問で連中に変なことはされなかったか?」
「あやつら、ボディーチェックもせんで通しおったぞ。アホなやつらじゃ」
「そうか、ならいい。まずは上の階に行こう。そこで作戦会議だ」
俺達は地下駐車場から階段を上ると扉を開いて小さなホテルの中に入っていった。
ホテルの一階は酒場になっていたが、そこでは何人もの軍服を着た小柄なゴブリン達が酒を片手に管を巻いていた。
そこにいるゴブリン達全員の額には、小さな瞳を模した刻印が施されている。
ダンジョンのサブマスターの証だ。
クロが目配せをすると、そのうちの一人が立ち上がってこちらに頭を下げた。
「紹介しよう。ゴブリンレジスタンスのリーダー、イチゴロクニ・ジャスティンだ」
「イチゴロクニ……?」
「お主、ゴブリンは多産じゃから名付けが適当なのじゃ。余り気にするでないぞ」
「あっはい」
イチゴロクニは軍服の懐からギルドカードを取り出すと俺達に見せつけた。
イチゴロクニ・ジャスティン 6歳 ランクB 勇者 Lv99
魔力C 筋力D 生命力D 素早さD 器用さD
勇者の称号はゴブリンの族長と次期族長だけが名乗れるものだ。
つまり彼は現在ジャスティンにいるゴブリンの中で最も優秀な男と言えるだろう。
ゴブリンの成人は2歳で寿命が20歳なので彼は人間換算だと30代後半くらいか。
脂の乗り切ったイケイケのおじ……お兄さんだ。
「オレは2年前にダンジョンマスターの候補争いから脱落したガ、ダンジョンマスターと前勇者がガルムに殺されたことで跡を継がざるを得なくなったのダ」
壁に背中を預けたクロがイチゴロクニに知りうる情報を話すよう促した。
「イチゴロクニ、早速だが現在の状況を聞かせてくれるか?」
「あア、今日の朝に布の掛けられた大きな鳥籠が城に運び込まれる様子を部下が確認していル。間違いなくサクレアの入った鳥籠だろウ」
「サクレアぁあああ!」
徹夜明けでハイになっていたファルコが奇声を上げるが、クロはそれを無視した。
「ガルムのスケジュールの方はどうだ?」
「やつは女を抱く前に必ず城のバルコニーで夕食を取ル。恐らくその時にサクレアの歌声を鑑賞する心積もりなのだろウ。攻めるならそこが狙い目だろうナ」
俺はそこでクロに尋ねた。
「クロならガルムを暗殺できるか?」
「できなくもないが、それよりも先に人質を解放する必要があるだろう」
「そうにゃ! あちしの母ちゃんはどこにいるのにゃ!?」
「コバルトファミリーに捕えられた女達のほとんどは地下牢にいル。牢番は忠実なガルムの配下ダ、ガルムに何かあればすぐに殺されるだろうナ」
「ぐぐぐ……」
ぐうの音も出ないってか。
さて、この状況からどうするかな。
イチゴロクニは城の地図を取り出すと、その細い指でなぞった。
「二手に別れよウ。囮となるゴブリン部隊がガルムの注意を引キ、その間に人質を解放すル。時間がないからナ、これ以外に手はなイ」
「よし、ならばわしとハルトが囮を引き受けよう。その間にクロとミュールが地下牢に潜入、ファルコは隙を見て空からサクレアの救出じゃ」
「任せてくれ。俺が必ず人質を助けよう」
「了解にゃ!」
「ファルコはどうだ? ……ファルコ?」
俺が目を向けると、ファルコは壁際のソファでスヤスヤと寝息を立てていた。
どうやら彼はもう限界だったらしい。
本当にお疲れ様でした……。
「夜までまだ時間はあル。お前達も今のうちに休むといいだろウ」
「そうだな、そうさせて貰おうか」
一応車上で仮眠を取ってはいたものの、万全とはいいがたい状況だ。
決戦の前に少しでも休息を取った方がいいだろう。
「おイ! こいつらを案内してくレ!」
イチゴロクニが声を上げると、女性のゴブリンがやってきて俺達を上の寝室に案内してくれた。
どうやらここはゴブリン向けの宿らしく、仕切りのない大部屋には小さな布団が山ほど敷かれていた。
俺達はゴブリンに混じり、小さな布団で雑魚寝をしながら夜に備えるのだった。




