第57話 ジョニアート美術館
ジョニーとミン・ノルが初めて出会ったのは、Bランク迷宮ジャスティンの四層、弩伏坑道の中であったという。
そこでミン・ノルとその仲間達に助けられたジョニーは自らの名前以外のすべての記憶を失っており、それにミン・ノルの境遇を重ねたオデッサはジョニーを旅の仲間に加えることを進言した。
ジョニーは非常に優れた弓の名手で、アルビオン解放軍に奇襲を仕掛けたグライズ帝国のバードマン部隊を一人で全滅させたという逸話が残されているほどだった。
グライズ帝国との戦争が終わり中央大陸東部に平穏が戻ると、ジョニーは愛用の弓を置いてその代わりに筆を取った。
こうして宮廷画家ジョニーの短くも長い芸術への道は始まったのである。
—―10分で読めるティアラキングダムの歴史
俺達がジョニアート美術館に入ると中は広いホールになっており、そこには大きなジョニーの肖像画とともに彼の来歴が書かれたプレートが設置されていた。
「—―記録ではジョニーのレベルは300を越えていたとか。これは人類の歴史上最も高いもので、彼の持つ器用さはギルドカードでも計り知れないものだったそうです」
アリウムの解説を聞いた俺とアンバーは顔を見合わせた。
「のう、お主……」
「ああ、そうだな」
間違いない、彼は帰還者だ。
それも器用さに特化したタイプ。
低魔力でレベルの上がりやすいジョニーはミン・ノルとのパワーレベリングでえげつないくらいにレベルが上がって人外の器用さを手に入れたのだろう。
「変な髪形にゃ」
壁に掛けられたジョニーの肖像画を見上げたミュールはそうひとりごちた。
「そう悪く言うもんじゃないぜ。ジョニーに肖って同じ髪型にする芸術家は多いんだ」
ジョニーは若葉色の髪をマッシュルームヘアにしており、顔には大きな丸眼鏡を掛けていた。
風花雪月のイグ〇ーツにそっくりだ。
俺やミン・ノルと違って、どうやら彼は日本人ではないみたいだな。
「ジョニーとミン・ノルにまつわる話で、一つとても面白いものがあります。ここだけの話ですからメモのご用意をお忘れなく」
アリウムはそう言ってメモを取るジェスチャーをした。
それを聞いたアンバーはポーチからさっとメモ帳を取り出した。
彼女は本当にメモを取る気か……。
「ジョニーは宮廷画家として38歳で亡くなるまでの短い生涯をテンカイ城で過ごしたわけですが……後年見つかった、当時の高官が残した手記にこういった記述があったそうです」
『テンカイ城では、牢屋に捕まったジョニーが泣きながら絵を描く仕事をさせられている。ジョニーの給料は1日1回のキチボだけ。ミン・ノルは、ジョニーが逃げたりサボったりしないよういつも監視している。恐怖心を植え付けるため、時々無意味にじごくを(文章はここで途切れている)』
「この歴史的発見は大きな物議を醸し出しました。ミン・ノル暴君説、高官の捏造説など多くの説が囁かれましたが、当時を知る者は固く口を閉ざして誰一人として証言してはくれませんでした……さて、真実はどこに隠されているのでしょうか。気になりますねぇ~」
アリウムはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「にゃ、にゃー……怖いこと言わないで欲しいにゃ……」
「何度聞いてもゾッとするぜ……」
俺的にはあの常軌を逸した日焼け跡スク水巨女性癖を満たす為に無理矢理、絵本を描かせていたんじゃないかと疑っている。
そうでもなきゃ、ノル王家が国家予算をつぎ込んでまでジャイアントオーブを求めたりはしないだろう。
もしも俺だったら逃げ出しちゃうね。
いや、彼は逃げ出したから捕まったのか。
王様の権力って怖いね、本当。
「さて、ジョニーについてはこれくらいでいいでしょう。次はいよいよジョニーの遺したジョニアートを鑑賞すると致しましょう」
アリウムに案内されて奥の通路へと進むと、通路の壁には分厚い耐魔ガラスに守られている、額縁に収められた大きな絵がいくつも飾られていた。
「こちらはアルビオン解放軍とグライズ帝国の8年戦争を描いた絵になっております。時系列順に並べられておりますので、一つ一つじっくり楽しんでください」
見上げた絵画には二つの軍が衝突し、激しく戦う場面が切り抜かれていた。
地球の戦争画は俺も見たことがあるが、こちらの世界の戦争画は魔法やスキルがあるせいかとても派手で画面映えしている。
「わしもジョニアート画集は持っておるが、やはり本物は格別のものじゃのう」
「まるでファイアーエ◯ブレムのコンセプトアートでも見ているみたいだ」
「ファイアーエ◯ブレムって何にゃ?」
「ああ、こっちの話だ」
俺達は戦争画をじっくり堪能すると、次のエリアに移った。
「こちらのエリアにはミン・ノルと王妃オデッサ、そしてアルビオン解放軍のメンバー達を描いた絵画が展示されております。8年戦争で犠牲になった者も大勢いる中、数少ない彼らの生きた証がここに残されています」
一室を丸々使っている広いエリアには、アルビオン解放軍のメンバー達の様々な日常を切り取った絵画が飾られていた。
大小様々な絵画の下には、描かれている人物の名前と職業が書かれた小さなプレートが貼られている。
「どの絵を見てもみな笑顔じゃ。楽しそうじゃのう」
「この天馬を撫でている青い髪の子、シャニーって言うのか」
「美味そうな料理にゃ……じゅるり」
「……フン」
どうやらファルコは仕事でこの美術館を何度も経験しているらしく、暇を持て余しているようだった。
自分達だけ楽しんじゃってごめんね。
「次は皆様お待ちかね、『魔道具職人ライザの冒険』の原本が展示されているエリアですよ!」
「おお、待っておったぞ!」
出たな「魔道具職人ライザの冒険」シリーズ。
ジョニーが魂を込めて描いたと言われている世界の幼児教育を変えた絵本。
彼の死因とも言われている呪われた絵本だ。
「あちしが、あちしが一番に見るのにゃ!」
ミュールが先走って一人だけ先のエリアに走って行ってしまった。
俺が慌てて彼女を追いかけると、そこではミュールが分厚い耐魔ガラスに顔を押し付けながら絵本の原画を眺めていた。
「にょほ~、凄いにゃ~」
「そこまで言うほどか?」
俺が原画に目をやると、視線がライザのふとももに強烈なまでに吸い寄せられる。
気が付くと、俺もミュールと同じように分厚い耐魔ガラスに顔を押し付けながら絵本の原画を眺めていた。
「やばい、目が離せない……!」
快楽と狂気に脳が焼かれそうになっていると、ばさりと羽で目隠しをされた。
俺はガラスと反対の方を向けられて、目隠しを外される。
そこにいたのは片目に眼帯をしたファルコだった。
「こいつは片目で見るのがマナーなんだぜ。じゃないと脳をやられちまうからな」
「そういうのは先に言ってくれ……」
「一度体験しなきゃ分からねぇだろ?」
ファルコが両翼を上げて肩を竦めた。
その隣ではアンバーが眼帯を上げ下げしてライザ成分を適度に摂取している。
「ふむ、確かにこれは体験せねば分からぬものじゃのう。なかなかに興味深いわい」
「見るドラッグかな?」
俺はジョニアート美術館に入場制限が掛けられている理由を心の底から理解した。
「さてさて、次が最後のエリアです。ここはちょっとエッチなので気になる方は先に出口に向かって頂いても構いませんよ」
おっとぉ?
これはもしかして上級国民だけが楽しめる成人指定のジョニアートってやつ?
これはお楽しみのお時間がやって参りましたねぇ。
「もう用はすんだかのう。お主、出口へ行くぞ」
アンバーが俺の腕を引っ張って出口へ向かって歩き出した。
俺は必死に抵抗するが、筋力の差が大きくずるずると引きずられていく。
「は、離してくれアンバー! 俺はまだ見なければならないものが……!」
「お主はわしと裸婦画、どっちが大事なんじゃ?」
「両方だ!」
「こやつ言い切りおった……」
俺達が騒いでいると、出口の方から数人の人影が現れた。
見ると、高そうな服を身に着けた獅子獣人の男性とその両隣に護衛らしき黒装束の獣人が二人立っていた。
「何を騒いでいる!」
そう叫んだ黒装束のワーウルフの男がワーライオンの男性を庇うように前に出ると、ミュールが低い唸るような声でワーライオンの名を呼んだ。
「シジオウ・ノル……!」
この男がティアラキングダムの現国王、シジオウ・ノルか。
どうやらツキが回ってきたみたいだな。
俺は散歩を拒否する犬のように床に転がりながら、にやりと笑みを浮かべた。




