第53話 ドライブインユダ
ミン・ノルとオデッサの放浪の旅は多くの波乱に満ちていた。
困っている人を見過ごせない心優しい遊牧民の少女オデッサは、旅先で出会った人々に必ず助けの手を差し伸べた。
オデッサに振り回されるように大小様々な事件を解決していくミン・ノルの周囲には、いつしか旅をともにする仲間が増えていく。
小領の騎士、天馬を駆る少女、流浪の剣士、酒浸りの海賊、偏屈な魔導士……。
個性あふれる仲間達はミン・ノルとオデッサを主と慕い付き従った。
そんな彼らに転機が訪れたのは放浪の旅を始めて1年後のことだった。
アルビオン平原近郊にあるユダの町に滞在していたミン・ノル達は、ひょんなことがきっかけで帝国兵に追われるフードの少女を助けることになる。
ミン・ノルとその仲間達の前で深く被ったフードを脱いだ少女は、世にも珍しい翼持ちのドラゴニュートだった。
グライズ帝国に滅ぼされた少数民族の生き残りであった彼女は、アマゾン地方の奥地に隠された特別なダンジョンの在処をミン・ノルに伝えるといずこかへ姿を消した。
こうして新たなる旅の目的地を見つけたミン・ノルとその仲間達は、アマゾン地方に向かって旅立つのであった。
――10分で読めるティアラキングダムの歴史
アクアマリン市を出て2日目の夕方、ついに俺達はアルビオン平原を抜けてティアラキングダムの西端にあるユダの町までやってきた。
レンガ造りの建物が並んだ、小規模な町の中に舗装された道路をオフロードカーがゆっくりと走っていく。
「宿に行く前に夕飯を取ることにしよう。オレの行きつけの店に案内してやるぜ」
「おお、それは楽しみじゃのう」
「へへっ、お前らも絶対に気に入ると思うぜ」
どうやらファルコはその店の味にかなりの自信を持っているようだ。
はてさて、どんな料理が出てくるのやら……。
道を少し走ると一軒の小さな建物の横にある駐車場にオフロードカーは止まった。
塗装の色が褪せた店の看板を見ると、ドライブインユダと書かれている。
車を降りた俺達が店の前に立つと、ミュールが疑問を口に出した。
「ボロボロだにゃ。本当にこんなところが美味しい店なのかにゃ?」
「ミュール、隠れた名店ってのは大体こういう見た目をしているものなんだよ」
繁盛している飲食店ってのは外見を取り繕う必要がないからな。
大事なのは立地と店内の清潔感だ。
ファルコはガラリとガラス張りの引き戸を開けて店の中に入る。
俺達もそれに続くように中に入ると、そこには昭和レトロな感じの内装が広がっていた。
店内にはいくつものテーブル席があり、その奥には大人数で使える畳敷きのお座敷席もあるようだ。
「オレだ、今日も客を連れてきたぜ」
「いらっしゃい。おおファルコくん、元気だったかい?」
ファルコが常連ぶって挨拶をすると、オーガのおじさんがやってきた。
どうやらこのドライブインユダはオーガの夫婦が店を切り盛りしているようだ。
「元気も元気さ、俺が元気じゃなかったらそれはもう事件だぜ」
「はは、そうかいそうかい。お客さん、4人だね。こちらの座敷席へどうぞ」
俺達は店主に奥のお座敷席へ案内された。
ミュールが早速テーブルの横にあったメニュー表を手に取って、テーブルの上で開いて眺めている。
メニュー表には肉系の定食にラーメン、丼ものの名前がずらりと並んでいた。
どうやらこの店は、町の特産であるアルビオンシープの肉を使ったジンギスカン定食が名物らしい。
その証拠にファルコもこのようなオーダーをした。
「ジンギスカン定食4人前でよろしく。お前らもそれでいいな?」
「お主の好きにするがよい」
「あちしは他のも食べてみたいから、足りなかったらお代わりでもしようかにゃー」
「別に構わないけど、今日は酒は飲まないのか?」
キュアポイズンの杖があるこの世界では飲酒運転とは無縁だからな。
頑張ったご褒美に少しくらい飲んだって罰は当たらないだろう。
「オレはここじゃ飲まないことにしてるんだよ。料理の味を忘れちまうからな」
そう言えばこのファルコという男はそういう体質だった。
ジンギスカン定食がどれだけ美味いのか、期待に胸が膨らむぜ。
お水を飲みながら待っていると、店主の奥さんが皿の上に割り箸の乗ったジンギスカンのタレとお漬物を持ってきて俺達4人の前に並べた。
ミュールが小指でちょんとタレをつついてぺろりと舐めると驚きに目を丸くした。
「う、美味いにゃ!」
「創業当時から変わらない秘伝のタレだ。ジンギスカン定食はこいつがなければ始まらないぜ」
ほほーん、そんなに美味いのか。
ちょっと下品だが俺も舐めてみるか。
……うおお、これは確かに美味いな。
売店でタレだけ売っているみたいだし、後でお土産に買って帰るとしよう。
親父さんこういうの好きだし、きっと喜ぶだろうな。
「お待たせしました、ジンギスカン定食です」
やってきた店主が4つのカセットコンロ型魔道具をテーブルに並べて、その上に生のラム肉と野菜が乗ったジンギスカン鍋を置いた。
店主がカセットコンロ型魔道具を起動すると、火で熱されたジンギスカン鍋がじゅうじゅうと音を立てる。
「こうやってな、箸を使って自分で焼くんだよ」
俺達はファルコの真似をしてラム肉と野菜に熱を通していく。
肉の焼ける香ばしい香りが俺の空っぽの胃袋を刺激する。
焼いている間に、味噌汁と山盛りの大粒の白米が届いた。
……そろそろいい感じか。
俺は箸で肉と野菜をまとめてつまむと、タレにダイブさせて口に放り込む。
こ、これは!
慌てて白米を掻っ込んだ。
なんという、なんという美味さだ……!
俺は異世界の好きな食べものランキングの上位1位が入れ替わる瞬間を体感した。
「こいつぁ最高だ……!」
「うむ、なかなかの味じゃのう。ファルコよ、いい店を紹介してくれたな」
「うみゃい、うみゃいにゃあああああ!」
ガガガガガッとミュールが白米を掻っ込む。
「お代わりにゃ!」
彼女はあっという間に空にした茶碗を掲げてお代わりをオーダーした。
すぐにドンと山盛りの白米がミュールの前に置かれる。
彼女はまたジンギスカンをおかずに白米を掻っ込み始めた。
「な、いい店だろ? オレは客を運ぶ時は必ずこの店に寄ることにしているんだ。おかげ様で今まで一度もクレームが入ったことがないんだぜ」
箸を片手に、ファルコはそう上機嫌に自慢したのだった。




