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第287話 流れ星に願いを乗せて

 それから月日は流れ、1年後。

 月光歴2540年7月7日の午後10時頃、結構前からぺらっぺらの飴ちゃんみたいになっていたミスリルがデススターの中から完全に消滅し、魔力の繋がりが途切れた。


「終わり、か……」


 アザゼルに拘束具を外された俺は1年ぶりにヒューマンの姿に戻ると、ゆっくりと二本の足で立ち上がった。


 そのままアイリスと手を繋ぎながら屋上の端っこの安全柵まで行って、ゴゴゴゴゴ……と地響きを鳴らしながら浮かび上がるデススターの様子を眺める。


「デススター、もう行っちゃうみたいだねー」

「ずっと付き合っていたから、なんだか少し寂しい気がするな」


 彼はミスリルのような未知の味覚を求めて、また別の惑星に向かうのだろう。


 頼むから、もうこの惑星にだけはやってこないでくれよ。

 できれば地球にも……って、俺が次元の狭間(はざま)に落ちたのはもう1万年以上も昔のことだから考えるだけ無駄か。


 ダンジョンの幼体の成長などが理由でかなりの時間差はあるけど、地球出身の帰還者(リターナー)は調べた限りみんな俺と同じ時間軸からやってきていた。

 だからあの成人式の日の夜、地球で何かが起こったことは間違いない。


 異世界転生物の創作がありふれた環境で育った俺は早々に帰るのを諦めてこの世界の人間になることを決めたが、アザゼルが出会ったマイケルのようにそうなれなかった者もいる。


 どちらを望むにせよ、転生直後に死んでしまえば何も意味がない話だ。

 未来の帰還者(リターナー)が管理されたダンジョンの中に出現し、俺のように救出されることを祈ろう。


「ハルトくん、何をしているの?」


 赤く燃えながら天高く昇っていくデススターに両手を合わせてお祈りしていると、それを見たアイリスが不思議そうに尋ねてきた。


「俺の故郷では流れ星が光っているうちに3回願い事を唱えると願いが叶うって言われているんだ。こんなビッグチャンス滅多にないぞ」

「へぇ、そうなんだ。わたしもお願いしよーっと」


 アイリスは俺に(なら)って両手を合わせると、早口で「研究資金が欲しい、研究資金が欲しい、研究資金が欲しい」と唱えた。


「偉く物欲に(まみ)れているな。もっとこう、何かなかったのか?」

「えへへ、別にいいでしょー。お願いは自分で叶える物なんだから!」


 俺達がイチャイチャしていると、アザゼルが隣にやってきた。


「ところでハルト・ミズノ。デススターがミスリルを捕食したことでどうなったか知っているか?」

「知らないですけど……もしかして、何かあったんです?」

「ふふふ、これを見てくれ(たま)え」


 アザゼルが懐から取り出して見せた紙片には、このようなステータスが記載されていた。


 ********** 141018542歳 ランクE 美食家(グルメ) Lv10

 魔力S 筋力S 生命力S 素早さS 器用さS


「つ、強すぎる……」

「彼もまた、この惑星の住人となったということだ。そしてデススターの食糧庫には、ブルームーンとデスマウンテンで手に入れたミスリルの隕石がある……」


 それはつまり、デススターが自ら望む元素を生み出す力を得たということだ。

 俺が『(マザー)』に3時間に渡って見せ続けた錬金術スキルのデータがあれば、魔力の根源たるミスリルさえ自在に生み出すことも可能だろう。


「彼らの文明が存続する限り、わたし達が生きた証は永遠に残り続けるの。これって凄いロマンチックなことじゃない?」


 大気圏の外に行くことさえできていない木っ端文明が、億単位で生きる宇宙怪獣の食糧事情を改善するのだ。


 長い年月は掛かるだろうけど、種族全体に情報が共有されれば彼らが食糧を得ることを目的として有人惑星に墜落することも無くなるに違いない。


 まぁ、この惑星にやってきた彼の目的と職業欄を見る限り、そこまで期待できそうにないとも思うが……。


「ステータス補正と魔力を手に入れたデススターが強くなりすぎて、故郷を滅ぼされた異星人に恨まれたりしないかな」

「そんなのわたしの知ったことじゃないしー。全部『リング』を壊した人の自業自得だもーん」

「適当だなぁ……」


 そんなことを話している間に、大気圏を脱したデススターは満点の星空に紛れて見えなくなってしまった。

 今から追加のお願いをするのはもう無理か。


「さて、経緯はどうあれ君への指名クエストはこれで終了だ。望み通り、愛する家族の待つ家に帰るといいだろう」


 DCS装置の要たる玉座に箱型のロックを掛けたエルフ研究員達が撤収作業をしている姿を眺めながら、アザゼルは俺に帰宅を(うなが)した。


「アザゼルさんはこれからどうするんですか?」

「私は明日よりデスマウンテンの発掘調査をしなければならない。それが終わったら、次は東大陸だ」

随分(ずいぶん)と忙しそうですね。少しくらい休んだらどうです?」


 俺がそう尋ねると、彼は薄く微笑んでこう答えた。


「もう、十分に休んださ」


 なんというか、今のアザゼルはグレゴリーホテルで初めて会った時と比べて生きているような感じがする。 

 もしかしたら、これが本来の彼の姿なのかもしれない。


「後先考えず好き放題に世界を変える君の生き様を見ていると、過去に囚われ続けることが愚かなことのように思えてくる。……東大陸は必ず私が解放しよう。だから君は、安心してその短い生を謳歌(おうか)(たま)え」

「そんなこと言って、無茶して異形獣にはならないでくださいよ」


 異形竜マグダラみたいなラスボスが増えちゃったらどうするんだ。


「そう心配するな、私は後方支援に徹するとも」


 アザゼルの手のひらの上で昇華反応が重なり、砂粒大のミスリルが生成された。

 彼が錬金術スキルを使えることを忘れてなんていないけど、やっぱり世界樹の雫で作る時と比べると微量過ぎる。


 もしも俺が自前の魔力だけでアンバーのこん棒を作ろうとしていたら、どれくらい

の年月が掛かっただろうか。


 自然回復を加味して200万として、1日8gを1tまで……350年近く掛かるな。

 俺がデススターに食わせたミスリルに至っては、もはや天文学的数値に等しい。


 それだけ世界樹の雫がチートだという証明になるんだけど……1000年に一度しか実を付けない世界樹の種子からしか作れない希少性を考えたら、俺が触れる機会が訪れることは二度とないだろう。

 少なくとも俺は、あって欲しくないと心の底から願っている。


「アバロンの里のみんな、それにユニエルのこと……よろしくお願いします」

「ああ。……君ももう行くといい、アイリス女史が待ちくたびれているぞ」

「あ、本当だ」


 さっきまで隣にいたはずのアイリスは、屋上の端にある外階段の近くに移動してじーっと俺を見つめていた。

 どうやら気を利かせて離れてくれていたらしい。


 言っておくけど、俺とアザゼルはそういう仲じゃないからね?

 彼は報酬と引き換えにぱふぱふしてくれるだけのビジネスおっぱいだ。

 そしてその報酬は1年前に前払いして貰った後なので、もう使えない……。


「さようなら、アザゼルさん」

「さらばだ。この世で最も新しいEARTHRING(アースリング)、ハルト・ミズノよ」


 俺はぺこりと頭を下げると、飲み損ねた天使のミルクへの未練を断ち切るように背を向けて歩き出した。

 そしてアイリスと手を繋いで、手すりの付いた長い外階段をゆっくりと降りる。


「ハルトくん、アザゼルさんと何を話していたの?」

「これからのことを少しな。あの人、デスマウンテンの調査が終わったら東大陸に行くんだってさ」

「残念。後10年くらいアクアマリンに居てくれたら、わたしの研究も(はかど)ったんだけどねー」

「アザゼルを便利な助手みたいに扱ったのなんて、過去に(さかのぼ)ってもアイリスくらいだぞ……」


 アザゼルに授乳プレイをして貰った俺が言うことではないけどな。


「ふふーん、わたしは天才魔道具職人(クラフター)だから当然だよ!」

「……まぁいい。早く俺達の家に帰ろうか」


 ピラミッドの下に辿り着いた俺は石の流体でハムカーを作り、内部に車の座席を埋め込んだ。

 月明かりが出ているとはいえ、ヘッドランプの魔道具も忘れずに設置しておく。


 ハーフリング化した俺はいつも通り――といっても1年ぶりだが――運転席に乗り込み、助手席にアイリスを乗せてハムカーを発車させた。


「運転手さん、安全運転よろしくねー」

「それは、土台無理なお話しだ」


 プロテクションバリアで夜道をうろつく夜行性の凶暴な魔獣を()き飛ばしながら、俺達の乗るハムカーはPUIPUIと足音を立てて夜のチューブ荒野を爆走した。


 待っていろよコハク、パパは今から帰るからな。

 ぐっすり眠るお前のぷにぷにほっぺたにいっぱい愛のキスを浴びせてやるから、覚悟しておくがいい……。

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