第254話 グラテス展望台
登山道整備の旅を続けること14日、俺達はついにディオゲネス山脈の南端までやってきた。
本来なら車で3日、アルパカの足でも10日程度で着く旅程なのだが、土木工事で思ったよりも時間を食ってしまった。
日本だったら数年は掛かるような28箇所もの土木工事がたった10日で終わったことを考えたら、文句を言う方が間違っているんだけどね。
濃い目のマジックポーションをお腹がタプタプになるまで飲んでお仕事を続けていたエルフ工兵の皆さん、本当にご苦労様です。
なお、彼らはネフライト王国に帰ったら今度は東大陸に派遣されるらしい。
東大陸といってもアバロンの里じゃなくて、新しい迷宮都市の方だそうだ。
西から東へ大忙し、国家公務員は色々と大変だなぁ。
さて、俺達の現在地は小高い山の頂上付近に造られたグラテス展望台の付近だ。
その証拠に道路脇にある色褪せたジャイアントサイズの看板にも「大迷宮都市ネフィリムの全景が見下ろせるグラテス展望台へようこそ!」と書かれている。
道の枝分かれした先には駐車場も見えるし、何だったらジャイアントサイズの小さな売店まである。
平日だからか、観光地にしてはあんまり人が居ないみたいだが……。
「ハルトー、お腹減ったにゃー」
「あとちょっとだろう、麓まで我慢できないか?」
売店の方から漂ってくる醤油の焼ける香ばしい香りを嗅いだミュールは、グーとお腹を鳴らして我慢ができないことを主張した。
「ほら、あちしの胃袋も限界だって言ってるにゃ」
「お前の胃袋はいつも限界だろ……」
「仕方がないのう。アイリスよ、連絡を頼めるか」
「りょうかーい」
アイリスはエルフ耳に付けたイヤリングに指先を当てると、念話でエルフ工兵達に連絡した。
ハムカーがPUIPUIと足音を立てながら駐車場に入っていくと、その後ろを2台のオフロードカーが続いた。
駐車場に一台だけ駐車されていたジャイアントサイズの乗用車の隣に止めたハムカーから降りた俺は、ひとまずこのグラテス展望台を見て回ることにした。
アンバーは売店に直行したミュールに付いているので、アイリスと一緒に行動だ。
「見てみて、すっごい見晴らしがいいよー!」
「そうだな……」
3mほどの高さがあるジャイアントサイズの転落防止用柵の隙間から見える風景は海まで延々と広がる市街地とその中にある四角い畑、灰と緑のコントラストだ。
遠目からだとただの市街地に見えるが、ネフィリムの東端にポツンとある小人特区—―他人種向けの出島町と比べたらそのスケールの違いは一目瞭然。
ネフィリムは正真正銘ジャイアントの為だけに造られたジャイアントの街なのだ。
「ハルトくん、今日はなんだか元気がないね。連日の運転で疲れちゃった?」
ボーっと風景を眺めていたら、アイリスに心配されてしまった。
「いや、別に疲れているわけじゃないんだけど。改めて考えると、俺ってこの世界を丸ごと一周しちゃったんだなと思ってさ」
東の果てから西の果て、中央大陸もほぼほぼ制覇したわけだ。
そりゃあ行っていないところも沢山あるけど、転生当初に掲げた世界を旅して色んなダンジョンに潜るという目的は果たしたと言っても過言ではないだろう。
「ハルトくんは昔から、アンバーちゃんと一緒に色んな場所に行っていたもんね」
「アイリスはこうやって知らない土地に行くのは好きか?」
「別にそこまでかなー」
「まぁ、アイリスが家で魔道具を弄る方が好きなのは知っていたけどさ」
「それでも楽しいと感じるのは、きっとハルトくんと一緒だからだよ」
もたれかかるように正面から抱き着いてくるアイリス。
俺はそれに応えるように抱き返して、服越しに伝わるおっぱいの感触を確かめた。
ああ、脳みそから幸せホルモンが分泌されていく……。
「エルフ達を港まで送ったら、もうアイリス教授の仕事は終わりだよな?」
「やっぱり、溜まっているの?」
「14日だぞ、14日……溜まっているに決まっているじゃないか」
結界の魔道具があろうとなかろうと、魔獣がうろつく大自然の中でのキャンプ生活中にお楽しみをするほど俺は平和ボケしていなかった。
アンバーの目が厳しいのもあるが、そこはやはり第三者の存在がストッパーになっていたのだ。
「花より色気ね。ハルトくんは本当に駄目なオトコだよー」
おかしそうにクスクスと笑いながら、アイリスは俺の手を引いて歩き出した。
この展望台は望遠鏡一つなく、ちょっと遠くを見たら満足する場所だったのだ。
景観がいいのに寂れているのはそういったテコ入れが足りないからかもしれない。
「何にせよ、今は色気より食い気だな」
アンバー達が集まっている売店近くのジャイアントサイズの長テーブルの上には、出来立てアツアツのご当地フードがこれでもかというくらいに並んでいた。
ただ……木製の長椅子の上にヒューマンサイズの椅子を乗っけて座っているのはちょっとどころではなくシュールだ。
言ってくれたら、即席のテーブルくらいすぐに作ったのにな。
「どうじゃった、展望台の景色は楽しめたか?」
「まあまあだったよ」
「ここは見晴らしがよいだけじゃからのう。そんなもんじゃろうな」
俺とアイリスも椅子によじ登って、空いている席(席と言っていいのか)に座る。
「ミュールちゃん、わたしの分も取って頂戴」
「ふぉうふぁふぁいふぁー (しょうがないにゃー)」
テーブルの真ん中に裸足であぐらをかいて座り込み山盛りのフライドポテトをもぐもぐしていたミュールに頼んで、アイリスはジャイアントサイズのハンバーガーを取り皿に8分の1だけ切り分けて貰っていた。
「さてと、いただきます」
俺は適当に目の前にあった、一粒が赤子の頭サイズのジャイアントコーンのバター醤油焼きにチャレンジすることにした。
恐らくこれが道路まで流れていた香ばしい香りの正体だろう。
ネフィリムの野菜はどれもこれもジャイアントサイズに品種改良されているんだよな……と、考えながらナイフとフォークでステーキみたいに切り分けて口に運ぶ。
おお、なかなか悪くないじゃないか。
とうもろこしの自然な甘みとバター醤油の風味豊かさが上手くマッチしている。
人の胃袋では消化できない皮の部分が綺麗に取られているから口当たりもいい。
寂れた展望台に置いておくのは勿体ないファーストフードだ。
ちなみに、エルフ工兵達はジャイアントサイズのシーザーサラダを無心で貪っていた。
「3週間ぶりの新鮮な野菜だ……染みる……」
「生きててよかった……」
ジビエ満載の肉食中心の生活はネフライト出身の菜食嗜好エルフにとっては辛かったらしい。
一応、保存の効く根菜類はちゃんと使っていたんだけどね……。
「ほれ見たことかにゃ、寄って正解だったみたいにゃ!」
「ああ……今回ばかりは俺が間違っていたよ」
こうして俺達は他に誰もいない貸し切り状態のグラテス展望台で、お腹がいっぱいになって動けなくなるまでジャイアントなファーストフードを楽しんだのだった。




