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第251話 暑い夏の日、プールの日

 猛暑が続いたその日の昼間、俺は探索者ギルドハイランド支部のすぐそばにある25mプールのプールサイドでのんびりとした休日を過ごしていた。


 大きな日除けのパラソルにリクライニングチェア、そしてサイドテーブルの上にはたっぷりの氷でキンキンに冷えたグラスに入った炭酸水……。

 グラサンに水着姿で仰向けに寝転がれば、完璧なバカンス気分だ。


「じゃじゃーん、アイリス特製のひんやり水鉄砲だよーん。食らえー!」

「うひぃっ、冷たいよぉ!」

「それそれっ、もっとかけちゃえー!」


 子供のハーフリングでも足がつくような浅いプールで楽しそうにはしゃぐアイリスとメリーベル(当然のようにスク水だ)の揺れるおっぱいをグラサン越しにこっそり見ていると、連日の暑さで失われたエネルギーがチャージされていくのを感じる。


 メリーベル、思っていたよりもいいモノを持っているんだな……。

 アイリスともども、外まで連れ出した甲斐があったというものだ。


「ほれ、こうやってバタ足するのじゃぞ」

「うーん、こう?」

「そうそう、いい感じにできてるにゃ」


 アンバーとミュールはプール初体験の子供達に泳ぎ方を教えている。

 よく見るとシトリーみたいな大人も混じっているが……まぁ、気にしなくてもいいだろう。


 辺境に探索者ギルドの支部ができると、当然のように学校教育もセットになる。

 このプールもその教育の一環で造られたわけだが、オープン初日にも関わらず猛暑でバテた軍人エルフや物珍しさでやってきたハーフリングの避暑地と化していた。


 天使の監視員もいるから万が一(おぼ)れても大丈夫だとは思うけど、俺は緊急時でもすぐに対応できるように近くで控えている。

 断じて、目の保養がしたいからではない……。


「ハルト様、少しよろしいですか?」


 そう心の中で言い訳をしながらたゆんたゆんと揺れるスク水おっぱいを眺めていると、プールから上がったバジル(海パン姿)が緑の髪から水を滴らせながら声を掛けてきた。


「バジル、どうかしたか?」


 俺が軽くグラサンを下ろして尋ねると、バジルは自身のエルフ耳に付いている念話用のイヤリングを指差して答えた。


「警備の方から連絡がありまして。ウリエル様が到着したようです」

「そうか……ついにきちゃったか。ありがとう、すぐに探索者ギルドへ向かうよ」


 待ちに待った天使のお医者さんがはるばるネフライト王国からやってきたのだ。

 リクライニングチェアから起き上がった俺は、外したグラサンをサイドテーブルに置くと更衣室に向かって歩き出した。



 いつもの探索者姿に着替えた俺は、同じく軍服姿に戻ったバジルと一緒に探索者ギルドの前までやってきた。


 するとそこでは10人の軍服エルフと2人の軍服ドラゴニュート、そして黒衣の天使が俺達を待っていた。

 その内の1人、銀髪紫眼のダークエルフの女性が一歩前に出てビシッと敬礼する。


護り手(ガーディアン)第五特務部隊所属アネモネ以下12名、本日より着任いたします!」


 ハイランド派遣隊の第二陣はネフィリムへの物資輸送に携わる護衛の人員と薬剤師で構成されているそうだけど、どうも今回のトップはアイリスの姉妹のようだ。

 髪型を変えて胸に詰め物をするだけでアルメリアさんと瓜二つになるに違いない。


「私が護り手(ガーディアン)第二特務部隊所属、ハイランド派遣隊隊長バジル・ルベライトです。長期間に及ぶ大変な任務になりますが、同じネフライトの仲間として支え合っていきましょう」


 バジルはイケメン特有の(さわ)やかな笑みを浮かべながら、アネモネに右手を差し出した。


「はいっ……!」


 アネモネはキラキラと目を輝かせて両手でぎゅっと握手した。

 この仕事がデキるちょっと抜けたイケメンエルフはかなりの女性人気があるのだ。


「長旅で疲れたことでしょう、すぐに宿舎まで案内しますね」


 それにしても、いつまでバジルの手を握っているんだこの女……。

 アネモネの部下っぽいエルフ達もこれにはドン引きしておられるぞ。


「……そろそろ、手を放しては頂けませんか?」

「す、すみません!」


 ハッと正気に戻ったアネモネが両手を放してぱっと距離を取った。

 軍人エルフ達がバジルの後ろに並んでぞろぞろと大移動を始めたところで、探索者ギルドの前に1人だけぽつんと残った黒衣の天使が俺に話し掛けてくる。


「……俺は上級天使ウリエル……ハルト・ミズノ……カルテはあるか……?」


 ボサボサの白髪といいボソボソとした喋り方といい、どこか陰のある天使の男だ。

 って、上級天使?


「派遣されるのは中級天使だと聞いていましたけど……」

「……面倒だが……必要になると思い……昇格しておいた……」


 逆に言えば、必要にならなければずっと中級天使のままだったというわけか。

 まぁ、あのイカれた難易度の上級医師資格試験を一発で通過できるだけの腕前が保証されているのなら、安心して後を任せられるだろう。


「……それで……カルテはどこだ……ないとは言わせないぞ……」

「そう何度も言われなくても、ちゃんと取ってありますよ」


 最初の健康診断の時にハイランドの里の住民の分はしっかり全員取ってある。

 俺はウリエルを探索者ギルドの診察室まで案内して、棚から取り出したカルテをテーブルの上に山積みにした。


「詳しい診療記録と手術記録はこちらとこちらに分けてあります」

「……それでいい……」


 ウリエルは小さな背もたれのある天使用の椅子に深く腰掛けて、念動スキルで空中に浮かべたいくつものカルテをパラパラとめくって目を通し始めた。


 ヴィジュアル全振りだけど、全部読めているのかな。

 読めているんだろうなぁ。


「他に聞きたいことはありますか?」

「……仕事の邪魔だ……さっさと失せろ……」


 新しいお医者さん、なんだか冷たい……。


「では俺は隣のプールに行っていますので、何かあれば連絡を寄こしてください」 

「……」


 ついに無視されちゃった。

 まぁいい、俺の仕事はここまでだ。

 ウリエルがこの診療室の本来の住人なわけだから、後は彼の好きにして貰おう。


 そう自分に言い聞かせて一人で納得した俺は、彼にくるりと背を向けて1ヵ月ちょっと過ごした診療室を後にした。



 また更衣室に行って服を脱いだ俺が(さっきは泳いでいなかったから海パンを履いたままだった)プールサイドに顔を出すと、丁度休憩時間の最中のようだった。


 大きな布をロープで張って作られた日陰の下では慣れない水泳で体力を使い果たしたハーフリングの子供達がシートの上で昼寝をしているし、アンバー達はその近くで棒付きのアイスキャンディーを片手にくつろいでいた。


「ハルトよ、どこに行っておったのじゃ」

「そうにゃ、探してもいないからハルトの分はあちしが全部食べちゃったにゃ」


 近くに転がっている空っぽのクーラーボックスを見るに、どうやらディヴレスが作って持ってきてくれていたようだった。


「さっき第二陣が到着したんで、仕事の引き継ぎをしていたんだよ」

「なるほどのう、それでバジルもおらんかったのか」


 アイリスが俺に(かじ)りかけのアイスキャンディーを差し出したので、ぺろりと舐めてみた。

 オレンジ色だったけど、その中身はぶどう味だ。


「ナチュラル間接キッスだぁ……これは使えるっ!」


 メリーベル、使うな。


「アイリス、アネモネって人知ってる? 多分姉妹だと思うんだけど」

「その人はママの妹だから、わたしの叔母さんだねー」

「そっちの方の姉妹だったか……」


 アイリスは親兄弟以外との親戚とはあんまり関わりがないそうだ。

 まぁ、これ以上アルメリア・ダークエルフ族が増えても扱いに困るからこんなものでいいだろう。


「楽しい夏休みももう終わりだにゃー」


 食べ終えたアイスキャンディーの棒をぽいとクーラーボックスに投げ入れたミュールは、ぐーんと背伸びをすると誰もいないプールにぴょんと飛び込んだ。

 ばしゃりと水を跳ね上げながら水面に浮かんだミュールが呼び掛けてくる。


「子供達が寝ている今のうちにゃ。ハルトも一緒に泳ぐにゃ!」


 せっかくのプールなのに、俺はまだ一度も水に入っていないもんな。

 ここは一つ、ミュールに(なら)って日頃の運動不足を解消するとしますか。


「はいはい、行きますよー」


 泳いでいる最中に足が()ったらいけないから、準備運動はしっかりしよう。

 例え医療スキルがあったとしても、医者の不養生はNGである。



 それから俺達は子供達が昼寝から起きてくるまでのんびりとプールで泳いだ。

 たったそれだけのことだけど、夏の恒例行事を終えたかのような清々しい気分になれたので俺は十分に満足した。


 もうすぐハイランド高原の夏も終わる。

 短い秋を飛び越えて長い冬がやってくる前に、旅立たなければならない。

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