第229話 護り手の長官
深夜に多少のトラブルはあったものの、俺達の乗る小型プロペラ旅客機は翌日の早朝に目的地であるアズライト飛行場へと到着した。
開いた階段状のタラップから滑走路の端っこに降り立った俺達の眼前には、ウォール・マリアかよっていうくらいバカ高い堅牢な城壁がそびえ立っている。
統一帝国時代、この国境の街に住んでいたエルフがどれだけポゴスタック帝国を恐れていたかが分かるというものだ。
それから俺達は城門の中にある検問所で入国審査を受けた。
他の乗客はみんなネフライト王国の市民権を持つエルフなのでギルドカードを提示するだけでサッと入国していたが、他種族の俺達は別だ。
エルフの係員に翡翠色を基調とした軍服を着ている強面のエルフが待つ別室まで案内され、ギルドカードとパスポート(アイリスから貰ったやつ)の確認の後に禁制の品を持っていないか空港の金属探知ゲートみたいな魔道具でチェックされる。
先に手荷物検査を通過して別室に移動したアンバーとミュールに続いて俺がゲートを通ると、形の違う5種類の厳ついゲートの3つ目を通った時にいきなりビーっと音が鳴った。
「な、何か不味い物でも持っていましたかね……」
俺が冷や汗を流しながら尋ねると、ゲートの横に浮かんだ警告の赤い魔法陣をじっと見つめていた偉そうな軍服エルフの男が俺の方に振り返った。
「ハルト・ミズノ、飽和術式を組み込んだ魔道具に心当たりはあるか?」
「飽和……術式……?」
俺は魔道具職人の扱う術式については全くの無知だったので答えようがなかった。
それを察したのか、軍服エルフは簡潔にその術式の使用例を解説してくれた。
「飽和術式は主に軍用の魔道兵器に利用されている。発動すると起点の周囲にあるあらゆる物質を魔力に還元する非常に危険な術式だ」
「もしかして、アレかな?」
心当たりを見つけた俺は、ポーチをガサゴソして取り出したマジックボムをテーブルの上のトレーに転がした。
軍服エルフがマジックボムをゲートに通すと、再びビーっと警告音が鳴る。
「貴様はこれをどこで手に入れた。製作者を知っているか?」
「アクアマリンの魔道具工房バタフライです。製作者はアイリス……当時14歳」
「そうか、アイリスか。そうか……」
軍服エルフは沈痛な面持ちで目頭を押さえた。
どうやらあの天才魔道具職人なら若気の至りで普通にやりかねないと思ったらしい。
昔のアイリスは子供のオモチャだから大丈夫って言っていたけど、試しに買った市販のマジックボムは本当に爆竹みたいな威力しか出なかった。
つまり……当時の俺はアイリスが魔改造した超絶危険な魔道爆弾を知らず知らずのうちに扱っていたのだ。
確かにこのマジックボムには何度も命を助けられたが、今日限りでお別れだな。
「よし、次は問題ないな。先に行っていいぞ」
再度ゲートを通ると今度は何事も無く通過できたので、俺はエルフの係員に案内されて手荷物検査室の奥にある通路を進み次の部屋に移動した。
そこは広い応接室のようになっていて、アンバー達がジャイアントサイズのソファでお茶を飲んでいた。
テーブルを挟んで向かいにある普通サイズのソファには誰も座っていない。
「あ、やっときたにゃ」
「少し遅かったのう。検査で何か引っかかったのか?」
「アイリスの作った魔道具がちょっとね。それで、ここでは何を?」
お茶もいいけどさ、寝起きで空腹の俺は早く街に行って朝ご飯が食べたかった。
我慢できずに朝から機内でエナジーバーを齧っていたミュールはまだまだ胃袋に余裕がありそうだが……。
「なんぞわしらに用がある人間がおると聞いてのう。待っておるのじゃ」
「ふーん、早くその用事が済めばいいんだけど」
俺は応接室の壁際にある大きな窓の前に立って、眼下に広がる迷宮都市アズライトの街並みを眺めた。
昔ながらの石造りの街の大通りを行き交っているのは耳の長いエルフやダークエルフばかりで、他にはトカゲ頭のドラゴニュートの姿がぽつぽつと見えるくらいだ。
ドラゴニュートは他人種の入国を厳しく制限しているネフライト王国で唯一、エルフ以外で(最近竜人族も追加されたが)この国の市民権を持っている種族だ。
彼らは人種的に正義感が強く公正明大で、なおかつエルフを越える3000年もの長い寿命を持っている。
高い魔力と器用さと引き換えに筋力と生命力が低めのエルフは、ダンジョン探索においてタンク適性の高いドラゴニュートには多くの場面で助けられていた。
ネフライト王国はこのドラゴニュートと共生関係を結んでいるからこそ、他人種を締め出すことが適っているとも言えるだろう。
「貴殿らがBランク探索者パーティー『こん棒愛好会』か!」
ボーっと窓の外を見て考え事をしていた俺は、大きな声にハッとして振り返った。
すると部屋の入口に、軍服を着たピンクブロンドの老エルフが立っていた。
いつまでも若々しいエルフの見た目が老けるのは寿命が間近になっている証拠だ。
「お主がわしらに用があるという男か?」
アンバーが世界樹茶(苦い)の入った湯呑みをテーブルに置いて尋ねると、老エルフは白髪交じりの長い髭を指先で撫でながら肯定した。
「その通り。私は護り手第一特務部隊で長官をしているローレル・フローライトだ」
護り手はネフライト王国の国防組織の名称だ。
魔導士で編成された第一特務部隊、弓兵で編成された第二特務部隊、斥候で編成された第三特務部隊……この辺りが有名か。
特に隠密スキルの達人で構成された第三特務部隊は別名幽霊部隊とも呼ばれていて、魔道具の違法取引やエルフの奴隷売買を行う人間を草の根を分けて探し出し人知れず抹消することで知られていた。
「魔道学院へ向かう前に少し寄り道をしていかないか? ギガンティックタイタンを討伐した貴殿らに是非とも見て貰いたいものがある」
ローレルの背後に立っている部下らしき軍服エルフ達の睨み付けるような視線を受けた俺は、なんか拒否権がなさそうだったのでひとまず肯定した。
「別にいいですけど……」
「そうか! それはよかった!」
超嬉しそうに破顔するローレルとは対照的に、軍服エルフ達はあちゃーというような感じで頭を抱えていた。
どうやら……俺は選択肢をミスってしまったようだった。




