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第210話 紙芝居劇場

 最終的に王妃タチバナと王太子カミエシの口論は息子の大勝利に終わった。


 そもそもカミエシはエコーが成人する3年後に婚姻し、ティアラキングダムの次代の国王になることが決まっているのだからそう何年もプロのテニスプレイヤーとして活動できないだろう。


 本来ならそんなに早く国王になることなどないのだが、現国王のシジオウが国民から余りにも不評すぎて早期の代替わりを求められているから仕方がないのだ。


 ジャイアントオーブの紛失から端を発したサクレア誘拐事件の顛末(てんまつ)はこの10年の間に外部に()れていたようで、残念なことにアンバーの「わしとこん棒」程度では火消しにならなかったようである……。


 悔しそうな顔で食堂に消えた母親を見送って、いい汗かいた風な王子様スマイルを浮かべたカミエシにサムズアップした俺は「画家を目指すにしてもジョニーの髪形にはしない方がいいよ、埋もれるから」とだけアドバイスをしてから食堂に入った。


 王族専用の広い食堂には無駄に長い大きなテーブルが一つだけ置かれている。

 シジオウとタチバナの他にも、写真でしか姿を見たことがない先代の国王夫妻(ケンタウロスの老人とワーライオンの老婦人)もご一緒のようだった。


「カミエシさま、遅いですよ!」


 気絶から目を覚ましていたエコーがシジオウと挟んで空いている席を翼でバンバンと叩いた。


「ごめんごめん、母上の説得が長引いてしまってね」


 カミエシが自分の席に座ると、エコーの隣にサクレアとファルコが着席した。

 俺達三人が彼らの対面の席に座ると、さっきからずっと廊下で渋滞を起こしていたメイドさんが料理の配膳を始めたのだった。



 豪勢なフルコース料理というわけでもないが、城の厨房を任されている一流の料理人が技術の粋を凝らしたであろう洋風のディナーに俺達は舌鼓(したづつみ)を打っていた。


 まぁ、グレゴリーホテルで天上の美食を味わった俺達にとっては普通に美味しいとしか言いようのないただのディナーだ。


 いつもならそれで終わりのはずだが、今回ばかりは違う。

 食事は添え物で、それよりも優先して楽しめることがあったからだ。


「—―長老の激励を受けた竜人族(マムクート)の戦士達は雄叫びを上げながら防壁から飛び立った。その首に提げたるは賢者の与えたミスリルの首飾り、小さなゴールデンハムマンが抱える竜石に手を添えると戦士達の全身が青く光り、瞬く間に大きな竜へと化身したのじゃ――」


 食堂に流れるバックミュージックが勢いを増した。

 アンバーの語る物語を盛り上げるのは、サクレアの極まった歌唱スキルである。


 サクレアはにこやかに笑みを浮かべながら食事を取っているだけで、その身体のどこからどうやってフルオーケストラの音楽が流れているのかは全くの不明だ。

 多分、ライブの時と同様にスキルで上手いことやっているのだろう。


「—―竜の谷を塞ぐ大きな防壁を登ってついに現れた異形獣の群れ。ねじくれた肉体を持つジャイアントよりも大きな異形獣を前にして、ギースは背中から抜き放った大斧をぶんと振り回したのじゃ。すると――」


 アンバーの背後に立っているクロがカーススタンピード戦の写真が貼られたフリップ(ノル王家親衛隊の人が俺から借りたネガを急いでプリントして拡大コピーしたやつ)を「コラーナ焦土を焼く竜達」から「異形獣と戦うギース」に入れ替えた。


 さながら、紙芝居劇場といったところか。

 車での移動中にアンバーが提案して、クロが面白そうだと引き受けた余興だ。


 俺はそんなやり方で本当に大丈夫なのかと心配していたのだが、即興で用意したとは思えないサクレアの壮大な背景音響でごまかされてまるで凄い映画でも見ているような気分になっていた。


 食事会が始まった当初はカミエシに「カミエシさま、あーんして」とか言ってベタベタしていたエコーもすっかり話に魅入られている。


 レスバに負けてずっと不機嫌そうだったタチバナもこれには脱帽のご様子。

 深く刻まれていた眉間の(しわ)が消えていって、恐妻家のシジオウはホッと胸を()でおろしていた。


「—―異形の竜神マグダラは、大災厄で滅んだ古代の都市にそびえ立つ呪われたダンジョンに今も縛られているという。彼が解放される日がくるのが先か、東大陸が滅ぶのが先か。それはまだ、誰も知らないのじゃ……!」


 アンバーの紙芝居劇場が終わると、パチパチパチと盛大な拍手が贈られた。

 楽しんで頂けたようで何よりです。



 夕食後にテンカイ城の敷地内にある自宅に帰宅していくファルコ一家を見送った俺達はメイドさんに案内された客室で休むことになった。


 客室にあるそこそこ豪華なバスルームでアンバーと一緒に湯浴みをした俺は1年ぶりに紳士服に袖を通した。

 俺がこれから向かうのはティアラキングダムの上級国民が集う紳士の社交場だ。


「じゃあ、行ってくるから」

「ハルトよ、あまり夜更かしはするでないぞ」


 紳士の社交場なので当然、女人禁制である。


「頼まれていた仕事が終わり次第、すぐに帰ってくるから大丈夫だよ……多分ね」

「帰りが遅くなったらわしは先に寝るからのう、覚えておくがよい」

「いってらにゃー」


 俺はパジャマ姿のアンバーとミュールを置いて客室の外に出ると、外の廊下で壁に背を預けていた黒服の男に声を掛けた。


「よう、元気だったか?」

「……まあまあだ」


 俺を待っていたのはノル王家親衛隊に就職したAランク探索者のパスカルだ。

 会うのはムーンサイド以来だが、流石に11年もすると毛艶(けづや)が落ちて老けた感じになっている。


「シジオウ様の準備にはまだ時間が掛かるらしい。暇つぶしに少し話でもしようか」


 黒装束のパスカルは自身の虎耳に付けた念話用の魔道具を指差した。


「いいよ、俺も近況が知りたいと思っていたんだ」

「お前は余裕があっていいな。俺なんてなぁ……」


 それから城の玄関先でシジオウを待っている間に話(愚痴)を聞いたが、パスカルがお見合いをしたワータイガーの女性はいわゆる事故物件というやつだった。


 法務大臣の孫娘という出自は確かなものだったが、22歳という若さで3回も嫁入り先から返品された過去があるという曰くつきの女性である。


 パスカルとのデートの最中にもヤバそうな片鱗は垣間(かいま)見えてはいたそうだが、顔は良かったのでそのまま入籍、そして……モンスターは正体を現した。


「アイツはとにかく繊細でキーキー(うるさ)いんだ。手は出るわ物は投げるわ……」

「よく他の男みたいに離婚しなかったな」

「子供がデキてさえ居なかったら、俺もとっくに離婚しているよ……」


 自分は高レベル探索者だから何をされても大したダメージはないが、子供はそうではないから母親のDV被害から逃す為に嫁の実家に預けているそうだ。

 今のパスカルは仕事と子供の将来だけが楽しみで生きているらしい。


 金持ちの高飛車女と結婚して冷え切った夫婦生活を送る兄のパスカルと、家庭的な爆乳娘と結婚して暖かい家族に囲まれ幸せに暮らす弟のブレーズ。

 この双子に違いがあるとしたら、それは相手を顔で選んだことだろう。

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