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第208話 黒塗りの高級車でドライブ

 ジャスティホテルで優雅な朝食を終えた俺達は、迷宮都市ジャスティンから王都ラブオデッサに向かう車上の人となっていた。


 ジャングルの上に架けられた真っ直ぐな二車線の高架道路を高速で走るのは、ファルコの愛車である武骨なオフロードカーではなく黒塗りの高級車だ。


 なんでもタイミング悪く愛車は整備に出していたそうで、代わりにファルコが今の職場で仕事に使っている車を借りたらしい。

 黒いスーツとグラサンも相まって、どこぞのエージェントみたいな風貌である。


「――こうしてわしらはアバロンを襲った異形獣の群れ、通称カーススタンピードを撃退したわけじゃ。コラーナ焦土を埋め尽くした瘴気を食らいにやってきた異形竜マグダラの姿は見物(みもの)じゃったぞ」


 俺達はファルコの運転するその車の後部座席にアンバーを挟んで3人で乗り、助手席に乗っているクロの聞き取り調査に協力していた。


「実際に戦った者の感触としてはどうだ。並の探索者で異形獣に対抗できそうか?」


 俺達がアバロンの里で撮影した写真が収められたアルバムをぺらぺらとめくりながら、クロはそう尋ねた。

 流石にこれは渡せないので、後でネガを貸すことになっている。


「乱戦に入れば犠牲は(まぬが)れられぬ上に、異形獣化した仲間と殺し合いをすることになるのじゃ。接近戦は控えたほうがよいじゃろうな」

「防衛戦はやはり西大陸でのスタンピード同様、軍事用の戦略級魔杖(まじょう)が主体になるか……。いいぞ、続けてくれ」

「それからは特に何事もなく東大陸派遣隊の受け入れ準備をしていたわけじゃが、双子山の頂上に飛行場を作っておったハルトがとんでもないものを見つけてしまってのう――」


 ティアラキングダムとしては、ネフライト王国が主導する今回の東大陸開拓事業はあまり積極的に関与したいものではないようだ。


 まあ、いたずらに植民地を増やすのは中央大陸東部に広い国土を抱えるティアラキングダムにとっては負債でしかないからな。


 西大陸の開拓で西方諸国が支援した迷宮都市はどこも最終的に独立してしまったわけだし、中継地としてネフライト王国と探索者ギルドを支援して間接的に利益を得るのが一番の上策だろう。


 だからノル王家はそれをまったくと言っていいほど理解していない肥え太った政治家連中を説得する材料として、探索者ギルドの公式発表によらない東大陸の(なま)の情報を手に入れておきたいと考えていた。


 そしてネフライト王国と東大陸の中間地点にあるジャスティン飛行場に網を張っていたところ、俺達が引っかかったというわけだ。


 クロは口の堅いフライス航空の人間をとっ捕まえて吐かせる手間が省けたと笑っていたが、冗談にしてもちょっと洒落(しゃれ)にならないから止めて欲しかった。


「――こんなところか。協力、感謝する」


 この聞き取り調査にはかなりの時間を費やしたが、王都ラブオデッサまで半日近く掛かる長距離ドライブの暇つぶしには丁度いいものだった。


「これでわしらへの用事は済んだと考えてよいかのう?」

「いや、まだ頼みたい仕事が残っているのだ。それにシジオウ様やタチバナ様もお前達に会いたがっている……今日は王城に泊まるといいだろう」


 クロの口ぶりからして、どうやらこちらが本命のようだ。


「ごちそうは出るかにゃ!?」


 さっきまでイビキをかいていたのに、こんな時だけはしっかり発言するミュール。


「非公式の会食になるから大したものは出ないと思うが……」

「そうなのかにゃ。残念にゃ」


 全然残念そうではない様子のミュールがグーとお腹を鳴らした。

 それが懐かしかったのかバックミラー越しにカラカラと笑ったファルコは、ウィンカーを出して高速道路の近くにあるサービスエリアへと車を運んだのだった。



 ジャングルを抜けた先の何もない平野にポツンと建っている道の駅でお昼休憩を取りつつ、ドライブも後半戦に入ると話題はファルコの生活を中心に移り変わった。


「それじゃあファルコ達は今、テンカイ城のそばに住んでいるのか」


 テンカイ城の城壁の内側に新しく建てられたサクレア専用の収録スタジオ兼自宅で生活を送っているファルコの今の仕事は要人の送迎を行うドライバーだそうだ。


「あのワールドツアーでサクレアの熱心な信者が増えまくっちまったせいで、オレも呑気に観光タクシーなんてやってられなくなっちまったんだよ」


 ティアラキングダムの歌姫サクレアが巡業団を率いて聖都のダンジョンで起こったスタンピードの鎮圧を行ったムーンサイド事変は歴史の教科書に載ったのはもちろんのこと、無数の演劇や絵本の題材になるほどの伝説と化していた。


「それだけではない、ファルコの娘のエコーは王太子の婚約者だ」

「マジかよ、玉の輿(こし)じゃん」

「お前達も知ってはいるとは思うが、ノル王家は国民に人気のある有名人の血を取り込むことで存続している。サクレアの王室入りはファンクラブの総力を挙げて叩き潰したが……今回ばかりはな」


 ティアラキングダムの象徴であるノル王家は女系(じょけい)継承の多いこの世界において珍しくも男系(だんけい)継承を主としている。


 外戚(がいせき)の介入を防ぐ為に国王の配偶者はティアラキングダムの市民権を持つ短命種に限られているが、そのせいでコロコロと王様の種族が変わるので面白がられてブックメーカーの対象になっていた。


 サクレアの王室入りが確実視されていた当時はバードマンが堅いと見られていたそうだけど、王太子のシジオウとプロテニス選手のタチバナ(ワーキャット)の婚約が突如として発表されたことで多くの博徒が大金を失って涙したとかしなかったとか。


「ファルコよ、お主はそれでよいのか?」

「婚約が決まったのはワールドツアーが終わってすぐの頃だったからなぁ。生まれも育ちもお姫様のエコーに、王子様以外との自由恋愛なんて到底無理な話だろうぜ」


 ファルコの言葉の端には少しだけ寂しさが(うかが)えた。

 やはり父親としては、数年先に控えた愛娘の成人と婚姻には内心複雑な感情を持っているようだった。



 俺達の乗る黒塗りの高級車は日が傾く前に王都ラブオデッサに入り、高層ビルの建ち並ぶ大通りを走って大都市の中心地にあるテンカイ城の城門までやってきた。


 ドライブスルーで俺達のギルドカードを受付の端末に登録して、そのまま結界で守られた城壁の中に敷かれた道路を走る。


 牛丼チェーンのマツヤテンカイ店は24時間365日、今日も元気に営業中。

 そして車はテンカイ城の城壁の更に中心にある白亜の城の入口の前で停車した。


「お客さん、テンカイ城に着いたよ」

「ありがとう。ところで、料金はいくらかな?」

「護衛付きで半日、2万3000メルだ」


 アクアマリンでは聞いたこともないような金額だ。


「高いなぁ、どうにかまからないか?」

「仕方ねぇな、今回は特別にタダにしておいてやる」

「やりぃ! また頼むよ、兄ちゃん」

「ハハハ、そんなにお客さんを乗せていたらすぐに破産しちまうぜ」


 そんな適当なやり取りをしながら車から降りた俺達は、足輪の装具に黒塗りの高級車を仕舞ったファルコと一緒にクロの後ろを歩いてテンカイ城の中へと入っていったのだった。

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