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第201話 異形獣の調査

 今回の東大陸派遣隊の目的は大別すると三つに分かれる。


 一つ、アバロンの世界樹の保護。

 調印式で説明したように、アバロンの里をネフライト王国の傘下に置いて他国の干渉を防ぐのが目的だ。


 世界樹は現代において最も価値のある再生資源であり、竜人族(マムクート)は国家間のパワーバランスを崩すほどの戦闘能力を持つ希少種族だ。

 邪な野望を持つ者の手に渡ってしまえばどうなるかは考えるまでもない。


 二つ、アバロンの里への支援活動。

 上記に付随(ふずい)するインフラ整備や学習支援、経済援助など。


 探索者ギルドの天使がギースの屋敷から療養院に場所を移して行う学校教育はもちろんのこと、整備士のバイスは鍛冶師として異形獣と戦う戦士を支え、魔道具職人(クラフター)のシャムロックは魔道具職人(クラフター)組合の工房であらゆる住人のニーズに応えることになる。


 三つ、異形獣の調査活動。

 東大陸を人の住めない土地に変えた異形獣を調査し、その発生源の探索や瘴気の分析などを行って対策を練るのが目的だ。


 発生源についてはキンちゃん灯台に作った望遠鏡で探すまでもなく見つかったわけだが、それ以外のことは全然分かっていないので詳しい調査は必要不可欠である。



 東大陸派遣隊の来訪から5日後、俺はアイリスとシャムロックを連れてコラーナ焦土までやってきていた。


 今回の調査協力に動員されたメンバーは俺、アンバー、ミュール、ギースの四人。

 そして移動の足として竜化した戦士長モーランとミラの二人が同行している。


「うわー、凄い……」


 空を行くのは、背に人を乗せた銀竜と紫竜。

 アイリスは(くら)の手すりに掴まりながら、遠く南にある大森林を眺めていた。


 銀竜の背中から眼下を見下ろした先には、カラカラに乾ききってひび割れた状態になった褐色の大地が見渡す限りに広がっている。


『あの森から向こう側はマグダラの縄張りだ! 何があろうと、絶対に近付いてはならないからな!』


 古代の竜人族(マムクート)達が命を賭して作ったのが緩衝地帯であるこのコラーナ焦土。

 あの森の上空を越えたらカースダンジョンの頂点で見張っているマグダラの超長射程瘴気ブレスが飛んできて一瞬で異形獣の仲間入りって寸法だ。


「分かっている。モーラン、森の手前に着いたら降ろしてくれ」

『了解だ!』


 それから30分ほど空を飛んで、二頭の魔竜は大森林の目と鼻の先で着陸した。

 俺達が背中から降り立つと、すぐに森の中から異形獣が飛び出した。


 大型の赤黒いねじくれた異形の肉体を持つ四足の獣だ。

 そいつは荒れた大地をのしのしと踏みしめながら、こちらに向かって走ってきた。


「ひぃっ、きました!」


 シャムロックは怯えながらも、その手に構えた一眼レフカメラで必死に異形獣を撮影している。


「どれ、俺が異形獣との戦い方を教えてやろう」


 一歩前に出たギースが腕を突き出すと、虚空から大斧が現れて彼の両手に握り込まれた。

 ギースはダッと走って真正面から異形獣に接近する。


 大顎(おおあご)を開いて飛び掛かってきた異形獣の噛みつき攻撃を、ギースは体格に見合わない軽やかなステップで(かわ)して大斧を振るった。


 一瞬で四肢の付け根が両側とも切り裂かれた異形獣は、踏ん張ることができなくなって腹から地面に崩れ落ちた。

 ギースは大斧を肩に担いでこちらに振り返ると、口角を上げてドヤ顔をした。


「ざっとこんなもんだな」


 これでこの大型の異形獣は、身じろぎをしながらガチガチと大顎(おおあご)を噛み締めることしかできなくなった。


 異形獣の傷口から血は一切出ず、一度付いた傷が治ることもない。

 このまま手を出さなければ危険な瘴気を吹き出すこともなく、月光にゆっくりと焼かれていずれ消滅するだろう。


「うんうん、大体分かった。他の個体のサンプルも欲しいねー」


 シャムロックがおっかなびっくり異形獣の周囲を回って写真を撮影している間に、アイリスは謎の魔道具を向けて調査結果をメモ帳に書き込んでいた。


「じゃあ、また場所を移すか。それにしても……装具ってのはいいもんだな」

『そうだな! これほど便利なものは他にあるまい!』


 ギースとモーランはずっと俺達の装具を(うらや)ましがっていたからな。

 ようやく自分専用の装具が手に入ってご満悦のようだ。



 それからも俺達は場所を移しながら、森のそばで異形獣の調査を続けた。


 小型走鳥種(そうちょうしゅ)、中型走竜種(そうりゅうしゅ)、中型獣種(じゅうしゅ)、大型獣種(じゅうしゅ)、大型亀種(きしゅ)

 この五種に分類された異形獣がカーススタンピードで主に見られるものだ。


 どんな個体も必ず近くにいる相手を狙う性質を持つようで、目の前に武器を構えた相手が立っていようと後ろに近付けば振り向いてそちらを優先的に襲おうとする。

 まるでポンコツなAIが搭載されたゲームのモンスターのような動きだ。


 恐らく、これらの異形獣はカースダンジョン(俺の命名したマイマイダンジョンという呼び名は却下された)から湧き出したものだろう。


 そいつらと比べて、瘴気に触れて異形獣化した魔獣は個体ごとに違った動きをしていて(とら)えどころがない。


 俺達を見て逃げ出すような個体もいるし、近くにいる人間ではなく弱そうな人間シャムロックを狙うような動きをする個体もいた。


「うーん、こんなものでいいかなー。後のことは生物学者にぶん投げよう」

「やっとか……」


 アイリスが満足するまでずーっとコラーナ焦土のあちこちを連れ回された俺達は、積み重なった肉体的、精神的な疲労でぐったりしていた。

 だって、朝に出発したのにもうお月様が出ているんだもの。


 日が落ちても続いた長い調査から解放されることがようやく決まった俺達は、喜び勇んで(くら)に乗り込むとアバロンの里に帰ったのだった。



 その日の晩、療養院のサウナで疲れを癒した俺達はギースの屋敷の食堂で遅めの夕食を取っていた。

 モーランはさっさと家に帰ったのでいないが、他のメンバーは全員揃っている。


「結局、あのカースダンジョンはどうして生まれたんだろう。俺的にはあの場所に首都があったっていうシュレイド帝国がめちゃくちゃ怪しいんだけど……」

「悪い帝国の考えることなんて一つ、生物兵器に決まっています!」


 悪いかどうかは知らないが、元生物兵器のミラが言うと説得力があるな。


「わしは誰ぞが不老不死にでもなろうとしたのかと思うておるがな。瘴気の性質を考えれば一目瞭然(いちもくりょうぜん)じゃ」


 確かに月光やミスリルに弱い性質も含めて吸血鬼的なイメージがある。

 この世界に吸血鬼なんて種族はいないけど。


「あちしは人間に食べられそうになったダンジョンの反逆だと(にら)んでるにゃ!」


 どんな反逆だよ。


「ダンジョンを操って自分の好きな魔物でも生み出そうとしてたんじゃねえの? ハムマン型の異形獣がいない辺り、共感はできそうにねぇけどな」


 ギースは何にでもハムマンを(から)めたがるな。

 あの世に行った後、神様に来世はハムマンにしてくれとか言い出しそう。


「でも異形獣化したハムマンって、全然可愛くないんですよね……」

「兄上、そうなんですか?」

「ええ。屋敷から脱走した子が南の防壁で長い間隠れ住んでいて、ある時カーススタンピードの瘴気に晒されてしまったんです。ああ、可哀想なターちゃん……」


 ラグラスは500年前に異形獣化したペットのハムマンを思い起こしてホロリと涙を流した。


「どうなんですか、教授。教えてくださいよ~」

「シャムロックくんは少しくらい、自分の意見というものを持った方がいいんじゃないかなー」

「そんなこと言われても……」


 結局、過去を知る術のない俺達は想像することしかできなかったわけだ。


「俺はどうやってあのカースダンジョンが生まれたのかが知りたいんだけどな。だって、中央大陸や西大陸で同じようなことが起きたら困るし」


 困るどころか、人類存亡の危機である。


「これはわたしの仮説だけど、いい?」


 おっと、アイリス教授には何か考えがあるようだ。


「いいよ、教えて」

「ハルトくん達が次元の狭間(はざま)で手に入れた情報を照らし合わせると、ダンジョンの幼体は気体を除くあらゆる魔力物質—―つまりダンジョンの死骸から放出された異界の残渣(ざんさ)を栄養源として成長していると考えられるよね」


 アイリスがポーチから取り出してテーブルに広げたアルバムには、俺達が次元の狭間(はざま)で撮影した写真が並んでいた。

 これはアイリスが持ってきた現像用の魔道具でフィルムから印刷したものだ。


「それでダンジョンの幼体に食べられた人間は帰還者(リターナー)になるわけだけど、この帰還者(リターナー)が現れたダンジョンでは必ずと言っていいほどダンジョンの奇形化が見られたの」


 アイリスが次にポーチから取り出して広げたファイルの資料には、ダンジョンのリストが書かれていた。

 アクアマリン、ジャスティン、アザゼル、セリノス、etc……。


「彼らは次元干渉スキルで召喚したダンジョンの幼体を月光の当たらない無重力環境下で育成したんじゃないかなー。その時に与えるエサとして考えられるのは手に入りやすい土や木材、産業廃棄物といったこの惑星上に元から存在する物質……」


 おいおい……。


「それってーと何だ、あのダンジョンは本来食べられないものを無理矢理食べさせられたせいでおかしくなっちまったってことか?」


 ギースの問いに、アイリスは首を縦に振って肯定した。


「それが妥当かなー。安全性を考えると再現実験は難しそうだから、仮説は仮説のままにしておいた方が無難だねー」


 アイリスはそう結論付けると、なんとなくダンジョンの外殻に見えなくもない形をしたデザートの芋羊羹(ようかん)をパクついたのだった。

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