第2話 迷宮都市アクアマリン
大きなこん棒を担いだ小さな少女の道案内に従って、薄暗い森の中を歩いていく。
道中で襲い掛かってきた魔物 (グレイキャッツというらしい)は、彼女の振るうこん棒によって一瞬で挽き肉に変わっていった。
魔物の残骸は蒸発するように消えていき、その跡には一つの丸い宝石が残されていた。
俺はすかさず拾ってしげしげと眺める。
さっきの杖に付いていたものに似ているな……。
「これ、なんですか?」
「魔石じゃな。わしはいらんからギルドで売って宿代にでもするといい」
イカっ腹なのに随分と太っ腹だ。
小銭を集めつつ森を進んでいると、遠くからコーン、コーンと音が聞こえてきた。
さっき見たマップだとそろそろ出口の辺りになるか。
俺達が音の鳴る方向に近付くと、そこでは4メートルくらいの身長をした巨人達が斧を片手に木を切り倒していた。
枝払いされた丸太が設置された金属製の大型コンテナに飲み込まれていく。
彼らの着ている服とコンテナの側面にはでかでかと「アクアマ林業」のロゴが描かれている。
ダジャレか!
「おーい、わしじゃ、わし! いつもご苦労様じゃのー!」
アンバーが両手を頭の上でぶんぶん振りながら大きな声で挨拶した。
すると彼らは作業を止めてこちらを見ると、こくりと会釈した。
どうやら知己らしい。
「お主、ジャイアントの足元には絶対に近付くでないぞ。踏み潰されてしまうからのう」
「もしや経験がおありで?」
「……」
そっぽを向かれた。
どうやら図星のようだった。
それはそれは、随分と頑丈なことで……。
おっかなびっくり彼らの足元を抜けて、ようやく元いた草原まで戻ってきた。
元いた、というより森を抜けた先の何もない草原なのだが、俺が目覚めた場所と見た目がまったく変わらないのでどちらでも構わないだろう。
俺達二人は横に並んで連れ立って歩く。
「ここから出口に着くまで少し時間が掛かる。じゃからそれまでの間にいくらかレクチャーをしてやろう」
「アンバー先生、よろしくお願いします」
「まずは最初のクエスチョンじゃ。お主はダンジョンについてどう思う?」
「と、言いますと」
「ダンジョンというものにどういうイメージを持つのか、ということじゃ」
うーん、ダンジョンねぇ……。
「古代の遺跡や洞窟に魔物が住み着いたもの。魔王や邪神が異世界から侵略する為に使う兵器。神様の与える試練。あるいはただのゲームとか」
「それなりに教養はあるようじゃが、どれも間違いじゃ」
彼女は両腕を広げてくるりと回った。かわいい。
「ダンジョンは生きている」
「生きている?」
「うむ。現在主流の説として、ダンジョンの本体は今の世界と重なる高次の次元に存在していると言われておる。巻貝のような構造をしていて、環境の異なる複数の異界を内包している。幼生は確認されていないが、ある程度成長すると捕食の為に我々の住む世界に口を開く」
「寿命はおよそ1万年。最深部にはダンジョンコアが存在していて、それを破壊すると死亡する。寿命が尽きても同じことが言える。風船が萎むように縮んでいき、それまで内部にいた魔物は住処を追われて外に逃げ出し野生化する」
なろうでよくあるスタンピードってやつか。
「隆盛を誇った迷宮都市が一夜で滅んだ話など珍しくもなかった。だから人々はダンジョンを恐れ、討伐することにした。そうして人類の生存圏を広げていったのじゃ。じゃが、700年前のことじゃ。一人の天才魔導士がダンジョンを支配する術を編み出した」
「既にその頃、人の生活圏にはC級以下の小迷宮しか残っていなかった。人々は高ランクダンジョンの生み出す富を求めて辺境に乗り出した。辺境は魔獣の世界。死んだダンジョンから吐き出された強大な魔物の末裔がわんさか住んでいる」
「ここAランク迷宮アクアマリンもその一つというわけじゃ。どうじゃ、理解できたかのう?」
「はい先生、質問があります」
「何でも聞くがよい」
「ダンジョンを支配すると何かいいことでもあるんですか?」
「いい質問じゃの。ダンジョンコアに術式を施した者はダンジョンマスターとなるのじゃ。その寿命を対価にダンジョンの成長を止め、ダンジョン内部を観察できる能力を得るのじゃ」
「そしてダンジョンマスターは直系の子孫に対してサブマスターの権利を付与することができる。サブマスターはダンジョンマスターと同じくダンジョン内部を観察できる能力と、寿命を対価にダンジョンコアが生み出す宝珠の生成を早める能力を得る……」
おいおい……。
「それって……まるで人柱じゃないか」
「まるでも何も実際そうじゃ。じゃがなお主、それによって人々が土地を求めて争うことがなくなり、尽きぬ資源を得ることもできた。必要な犠牲というわけじゃな」
かつては国を救ったであろう英雄を人柱にしてその子孫まで資源に変えるとは、この術を編み出した者はとんだサイコパスに違いない。
待て、ダンジョン内部を観察できる?
「ダンジョンマスターには今も俺の姿が見えているってことか……なんか嫌だな」
「じゃから言ったじゃろう、通報があったとな。管理者のいないダンジョンでは誰も助けてはくれぬ。お主はむしろ感謝するべきじゃ」
確かにそのとおりだ。
命を失うことに比べたらうんこを見られるくらいどうだっていいよな。
俺は虚空に向かってぺこぺこ頭を下げて礼をする。
「ありがとうございます、ダンジョンマスター様!」
「何をしとるんじゃか……ほれ、出口が見えてきたぞ」
彼女が指差す先に目を向けると、そこにはレンガでできた広場が広がっていた。
広場の中心部には30メートルはあろうかという巨大な円形のゲートが見える。
螺鈿に使われる貝殻のような色だ。
ダンジョンが巻貝に例えられるのも頷けるな。
ゲートの周囲に円形に配置されたレンガは青と赤の二色に塗り分けられ、レンガの色が切り替わる場所、ゲートの一角には地面から生えるようにして10mほどの太いパイプが通されている。
広場の周辺には仕事帰りだろうか、色んな姿をした探索者達が思い思いの場所で休憩を取っていた。
ファンタジーだなぁ。
お、いま一人ゲートに飛び込んだぞ。
そうやって出入りするんだな。
「青が入口で赤が出口じゃ。ここはよく事故が起こるから注意するんじゃぞ」
俺はゲートの縁に立って中を覗き込んだが、向こう側はまるで見えない。
うーん、大丈夫だと分かっていても飛び込むのには勇気がいるな。
「ちょっとだけでいいから、心の準備をする時間を貰ってもいいかな?」
躊躇していたら、アンバーにドンと背中を押された。
「男じゃろ、さっさと飛び込め!」
「うわぁっ!」
ふわっと浮遊する感覚とともに景色が切り替わる。
慣性に引かれて、外の広場に飛び出した俺はたたらを踏んだ。
これは……例えるならP〇RTALでポータルゲートを通った時に似ているな。
出入りを繰り返したら酔っちゃいそうだ。
ゲートから離れて辺りを見渡すと、目の前には広大な湖が広がっていた。
湖の周辺には白い家々が所狭しと立ち並び、遠くには褐色の山岳が見えている。
なんという美しさだろうか。
この感動を表現する言葉が見つからないのがもどかしい。
ぼーっと眺めていると、追い付いてきたアンバーが隣に並んで話しかけてきた。
「どうじゃ、良い眺めじゃろう」
「凄いな、これ」
「この街のダンジョンマスターはダンジョンから汲み出した水で大きな湖を作り、戦争で荒廃した土地を緑で満たした。彼女が、プリメラ・アクアマリンがいたからこそできたことじゃ。だからの、わしは誰よりも彼女のことを尊敬しておる」
これが人口湖だって?
確かに、ゲートから生えている太いパイプから大量の水が吐き出されているのが見えるが……。
目の前の湖は控えめに言っても諏訪湖並みのサイズだ。
流石異世界、とんでもないスケールだな。
「わしは、この街が大好きじゃ。お主もここで暮らしているうちに、同じ想いを持ってくれると嬉しいのう」
「うん、きっと俺も好きになれる。そう思うよ」
感動に浸っているといきなりグーっと音が鳴った。
これは……。
「はっはっは、お主のお腹も同じことを思っているようじゃの」
ダンジョンで目覚めてから結構歩いたからなぁ。
さっさと魔石を換金してどこかで食事でもしたいところだ。
「アンバーちゃん、こっちですこっちー」
俺が後ろからアンバーを呼ぶ声に振り返ると、湖から流れる川の岸辺から一人の人魚が手を振っていた。
その傍らには一隻の小舟が浮かんでいる。
さっきは湖に気を取られていて気付かなかったが、川の流れの先には巨大な城がドドンと建っていた。
まさかこれが探索者ギルドなのか……!?
「おー、早速迎えがきたようじゃの」
てこてこと小走りになって人魚に近寄るアンバーの背を慌てて追いかける。
ニコニコとした笑顔が眩しい、青い髪の人魚さん。
その額には瞳を模した小さな刻印のようなものが施されていた。
大胆な水着から覗いた二つの果実に視線が吸い寄せられる。
えっちだ……。
「首を長くしてお待ちしておりましたよ。ささ、船にお乗りください」
「アンバーさん、これは?」
「知らぬとはいえ違反は違反じゃからな。ギルドの職員からこってり絞られてくるがよい」
ガーン、だな。出鼻をくじかれた。
俺は今、猛烈にお腹が空いているんだ。
このままだとお腹と背中がくっついちゃうよ。
「なに、落ち込むな。ギルドの外の噴水で待っておるからの、終わったら安くて美味い飯を出すいい宿に案内してやろう」
ぽんぽん、と背中を叩かれて慰められた。
アンバーの優しい言葉が心に沁みる。
しょうがない、頑張ってお勤めを果たしてくるとするか。
俺は勢いよく助走をつけると、川岸に浮かぶ小舟に飛び乗った。
そして手を振る少女に見送られながら、人魚の曳く小舟は白亜の城の中に消えていくのだった。




