第114話 自己暗示
俺の考えた潜水艇計画の要であるプロテクション専用DCS(器用さ補正システム)の術式の設計には長い時間が掛かるというので、ひとまず先にギガロドン用の主砲から開発することになった。
俺の魔力はすべてプロテクションの維持に使いたいので、その主砲は魔石カートリッジを魔力源にする予定だ。
ただアイリスの話では1発撃つのに1000万メルは掛かる計算になっているようだが本当に資金の方は大丈夫なのだろうか。
いや、必要になる魔石は俺達の手で用意したらいいか。
元々ミュールの探索者服が完成したら四層に狩り場を移す予定だったしな。
またエレメンタル狩りの時みたいに頑張って集めるとしよう。
「俺はこれからフライスのところに顔を出してくる。後はよろしくな」
「ハルトくん、この資料に合わせて潜水艇を設計するようにフライスさんにお願いしておいてねー」
アイリスが差し出した紙には主砲やDCS装置の大まかな形状やサイズ、重量などが書かれていた。
ううむ、こいつを全部搭載する潜水艇は相当なサイズになりそうだ。
「アイリス、あんまり根は詰めすぎないでくれよ。時間はまだ十分にあるんだ」
「言われなくてもちゃんと毎日お風呂には入るよー」
「ならいい。またなアイリス」
「ばいばーい」
俺はテーブルに向かったまま返事をしたアイリスに背を向けて書斎を後にした。
そのままコツコツと階段を降りて1階の工房に顔を出すと、そこではアルメリアさんがカウンターの前に座って暇そうにしていた。
「随分と遅かったわね。あの子の具合はそんなに良かったのかしら?」
アイリスに会いに行ったきり何時間も戻ってこなかったとはいえ、いきなり下品な挨拶をするのはやめて欲しいものである。
「アルメリアさんはどうしてそんなに俺とアイリスをくっ付けたがるんですか」
「だってぇ~、あの子は他の子と違って全然男っ気がないんだもの~」
「エルフは寿命が長いんですから、別に気にしなくてもいいでしょうに」
「もう、ただの冗談よ。つまらない子ねぇ」
「勘弁してください。アンバーに変な勘違いをされたら痛い思いをするのは俺なんですからね……」
便利な魔杖があるせいか、この世界の体罰は気軽に振るわれるのが困りものだ。
俺は牧場亭でアンバーから受けた軽いお仕置きを思い出して身震いした。
それを見てケラケラと笑ったアルメリアさんは椅子の背もたれに身体を預けた。
「アイリスに聞いたわ。五層に行くんですってね」
俺が気付いていなかっただけで、彼女はアイリスと念話で話をしていたようだ。
そりゃそうだよな、アイリスが魔道具職人の師でもある自分の母親に大切な仕事のことを相談しない理由がない。
「アルメリアさんはどう思いますか?」
「死地に向かうプリメラを見送ることしかできなかったわたくし達と違って、あなた達はエクレアとともに不可能に立ち向かおうとしている。それは大変喜ばしいことだと思うわ」
五層に続くゲートの前で、「アクアマリーンズ」の4人はどのような気持ちでプリメラさんの帰りを待ち続けていたのだろうか。
もし俺が同じ立場だったら、きっと大きな不安と後悔に苛まれていただろう。
……今更だが、俺はとんでもなく無謀なことをしようとしているんじゃないか?
根拠のない自信だけでアンバーとエクレア、それとミュールを道連れにあの世行きの片道切符を買おうとしているのではないだろうか。
「止めないんですね」
急に不安になった俺は誰かにこの計画を止めて欲しくなった。
「一人前の探索者が決めたことですもの、止めようがないわ。アイリスの為にも生きて帰れるように努力して頂戴」
俺はやるぜ俺はやるぜ俺はやるぜ……。
嬉しそうな顔をしているアルメリアさんの前でやっぱり怖くなったんでやめますなんて言えない俺は自己暗示して自らのブレーキをぶっ壊した。
きっと何とかなるだろ、うん。
「はい、頑張ります!」
元気よく返事をした俺はアルメリアさんのスク水おっぱいをじっと見て巨乳成分を補充してから魔道具工房バタフライを後にした。
そして商店街を歩きながら、どういう風にフライスに仕事を頼むか頭を悩ませる。
「ミュールが世話になっているそうだし、何か手土産が必要かな」
俺は商店街の酒屋でお高めの鬼米酒を一樽買ってポーチに仕舞った。
ドワーフには酒と相場が決まっているものだ。
昼食はアイリスと一緒にエナジーバーとエナジードリンクでさっくり済ませていたので、俺はこのままフライス整備工場へと向かうことにした。
ブゥーンとバイクを走らせてやってきましたフライス整備工場。
荒野にドカンと建っている開放感のある広い車検場では、いつものように汚れたツナギを着たドワーフ達が車やバイクの整備を行っている。
整備工場の隅っこの方では新品のツナギを着た赤い毛を生やしてケモ化しているミュールがドワーフの一人から車の整備の指導を受けていた。
化身スキルでステータスを盛ったミュールは工具を器用に使って車のタイヤを交換しているようだ。
「そう、そうだ。一度で覚えるなんてやるじゃないか。俺の倅に見せてやりたいくらいだ」
「へへん、あちしに掛かればこれくらい楽勝にゃ!」
上手いことやったのか、彼女は指導役のドワーフに褒められて照れている。
「ミュールがあそこまでイキイキとしている姿を見るのは初めてだ。もしかしたらこれが彼女の天職なのかもしれないな」
俺は建物の陰から、整備士見習いとして元気に働くミュールをまるで授業参観にきた父親のような気持ちで眺めていたのだった。




