第10話 ゴブリンでもわかるスキル入門
「ねえ、どう? 美味しい?」
「まだ食べてないよ、モモちゃん」
俺にそう尋ねてきたのは、頭にバンダナを巻いてエプロンを身に着けたオーガの幼女だった。
彼女の名前はモモ、「鬼の隠れ家亭」の看板娘だ。
店主のサワムラ氏によると、親戚から預かっている子なのだという。
彼女は普段は宿屋の手伝いをしながら、折を見てサワムラ氏から料理の稽古を付けられている。
そしてこの宿の宿泊客は宿賃を値引きして貰う代わりに、定期的に彼女が作った料理の味見役を任されていた。
幼女の料理人見習いが作る料理だ。
当然、それには当たり外れがあるわけで……。
今日の朝食は運悪く、俺が担当することになったのだ。
きらきらと目を輝かせながらこちらを見つめるモモちゃんに急かされた俺は箸を手に取ると、意を決して料理に手を付けることにした。
ここの朝食はいつも和食で、一汁三菜が基本だ。
今日は白米に具沢山の味噌汁と、卵焼きに魚の素揚げと野菜の浅漬けだった。
恐らく、この中央にある若干焦げた卵焼きが彼女の作なのだろう。
「うん、ちょっと焦げているけど、ちゃんと火が通っていて美味しいよ」
「良かった。今日のは自信作だったんだ」
良かった、今日は当たりだったようだ。
これで一安心だ。
続けて魚の素揚げを大きな口で頬張った俺に伝わったのは、ぐにっとした食感だった。
ま、まさか。
俺が壊れた機械のような動きでモモちゃんの方を向くと、彼女はつぶらな瞳でこちらを見つめていた。
やられた……。
今日の本命はこちらの方だったらしい。
しかし……生焼けだろうと何だろうと、今さら口から出すことはできない。
そうしたらモモちゃんはそりゃあでかい声で泣く。
泣いて泣いて泣き喚く。
親父さんは笑って許してくれるだろうが、彼女の好感度の低下は免れないだろう。
俺は努めて表情を崩さず、咀嚼して飲み込んだ。
「どうだった?」
「……生焼け、3点」
「そっかぁ、次は頑張ろうっと」
そう言うと彼女は用事が済んだとばかりにテーブルから離れていった。
ふぅ、何とかなったようだ。
俺が胸を撫でおろしていると、遠くから様子を観察していた親父さんが杖を持ってやってきた。
「すまないな。うちのモモが迷惑をかけて」
「いえ、お世話になっているのはこちらですし」
「それでもだ。あの子が笑顔で居られるのはお前さん達のおかげだからな」
俺は親父さんから杖を受け取ると自分のお腹に向けて発動した。
キュアポイズンの魔杖。
食中毒や急性アル中を防止する為に、料理屋や酒場などに常備されているものだ。
酒を山ほど飲んだ翌日にスッキリ目覚めたのはこれのおかげだったようだ。
二日酔いと無縁なのは本当にありがたい。
俺は親父さんに杖を返すと、食事を再開することにした。
……生焼けの魚は除いて。
この世界の1週間は5日制になっている。
これは日本語にすると月火水土日で、1日目の月曜日が休日に相当するようだ。
迷宮都市に住む一般市民は休日になると、レベル上げや小遣い稼ぎの為にダンジョンに向かう。
そうなると当然、美味い狩り場は探索者達で飽和し狩りの効率は格段に落ちる。
深層はそうでもないのだが低層で活動する駆け出し探索者にとっては死活問題だ。
だから余程のことがない限り、専業探索者は休日になると仕事を休むことになる。
俺が「黄金の調べ」に加入してから4日が過ぎた。
ハムマン狩りはおおむね順調に進んでいて、日給は5000メルを超えた。
このまま行けば1ヵ月もしないうちに仲間の奨学金の返済も終わるだろう。
そうなると次は探索者として上を目指すことになる。
俺もいつまでも装備頼りではいられない。
新しいスキルを習得し、鍛錬を積まなければならないだろう。
朝食を終えた俺は一人でバスに乗り、とあるショッピングモールまでやってきた。
あの「みるだむ」で一定の地位を確立していたグンシモールポリー店である。
ポリー川はアクアマリン湖から南に流れる河川で、その流れは海まで続いている。
周囲を荒野に囲まれたこの迷宮都市では唯一、外部に繋がる出入口だ。
近くの停泊場では何隻もの川船が停泊し、人や荷物を積み下ろししていた。
ここは郊外にほど近い場所であったので、迷宮前店よりは人通りは少なめだ。
これなら人混みに飲まれることもないだろう。
俺は適当に店舗を冷かしながら、今日の目的地である本屋に向かうことにした。
カドカワ書店はこの街でも一番の品揃えがある最大手らしいからな。
探索者向けの専門書はいくらでも見つかるだろう。
それから少し後、俺は「今月の売り上げNo.1!」などというポップが書かれて山積みされている本の前に立っていた。
本を手に取ってパラパラとめくると何やらチートな主人公がスケベなケモ系ヒロイン達とハーレム生活を送るライトノベルのようだった。
俺は頭を振るって邪念を飛ばした。
いかんいかん、俺は勉強の為の本を買いにきたんだ。
異世界のラノベ知識が正しいとは限らない。
手を付けるなら、まずはこの世界の常識を全て理解してからだろう。
俺は後ろ髪を引かれるような思いでその場を後にした。
店内を巡り1時間ほど掛けて吟味した結果、俺は「ゴブリンでもわかるスキル入門」「アクアマリン迷宮のすべて」「ネフライト式魔導スキル百選」の3冊を購入することにした。
あんまり買っても荷物になるからな、他はまた後日でいいだろう。
小腹が空いたので、店内のフードコートで軽く食事を取りつつ購入した本に目を通すことにした。
「ゴブリンでもわかるスキル入門」は子供向けの入門書だ。
ポップなフォントで各種族の基礎ステータスや適性職業、お勧めのスキルなどが紹介されている。
俺はペラペラとページをめくりゴブリンの欄を開いた。
種族 ゴブリン 適性職業 魔杖兵
魔力E 筋力E 生命力E 素早さE 器用さE
清々しいほどのゴミステータスだ。
スキルの習得なんか諦めて魔杖で何とかしてくださいと言わんがばかりである。
異世界ものではゴブリンは序盤の雑魚敵として扱われることが多い。
オスしか存在せず、捕らえた異種族を孕ませて生殖を行い、ゴキブリ並みの繁殖力と厄介さを兼ね備えた蛮族……。
しかし、こちらの世界ではそのような扱いは受けていないようだった。
短命で生殖能力が高く成長が早いのは一緒だが、普通に男女が存在しているし、知的種族として人権も保障されている。
もっとも、魔杖が開発されるまでは奴隷階級として扱われていたようだったが……。
それはさておき、ここで大事な話をしよう。
この世界では異種族同士が交配を行うと、必ず母親と同じ種族で誕生する。
いわゆるハーフは存在しない。
そして、世の中には奇特な性癖を持った男が存在する。
その結果産まれるのがゴブリン魔導士だ。
高い魔力を兼ね備えたゴミステータスのゴブリン……どこかで見たことがあるね。
そう、俺は超ゴブリン魔導士だ。
俺は本の後半で紹介されているスキルの中から、ゴブリンでも使えそうなスキルを探すことにした。
どうやら、武器スキルは筋力や器用さに威力が依存するものが多いようだ。
バフ系は器用さが低いと射程や効果時間が短くなるようだし、射出系は言わずもがなだ。
ああでもないこうでもないと悩んでいると、一つのスキルが目に入った。
よし、これにしてみるか。
俺は決意を固めると、皿からクレープを手に取ってパクついた。
おやつを食べてお腹も膨れたので、俺はショッピングモールの近くにある河川敷でスキルの練習をすることにした。
俺が選んだのはいわゆる元素生成系スキルである。
エクレアが水を生成して自在に操っていたように、土を生成して操作する。
熟練度を上げてスキルツリーを伸ばしていけば石の壁で即席の盾を作ったり、簡易的なシェルターを作ることだってできるだろう。
射程が短くとも、手元で操作するなら余り問題にはならない。
俺が片手に魔力を集めて念じると、手の先に小さな土くれが生み出された。
左右に動かしたり形を変えたりしようと試みるが、これがなかなか……難しい。
段々と頭の中の変なところが熱くなってくる。
思わず操作を手放すと、草むらに土くれが散らばった。
「結構きついなぁ、これ」
魔力の消費はほとんどない。
マナバレットが1とするとフレイムカノンは300、これは2くらいだろうか。
生成に1、操作に1使う感じだ。
俺の魔力は体感で1万くらいはあるので、やろうと思えばいくらでも練習できてしまう。
これはかなりの根気が必要になるな……。
河川敷で球技に明け暮れる子供達を眺めて少し休んだら、気を取り直して練習を再開する。
こうして、俺の最初の休日は過ぎていくのだった。




