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再会

 すると、何やら頭上の方からガタッと音がして何かが作動するような気配を感じた。上を見ると小さな、人1人やっと乗るようなステージが降りてきていた。そしてそれはやがてギャラリーに接続される。

 そこに乗っていたのは、何処かで、見覚えのあるような……



「幹人」

「おめでとう!挑戦者諸君。もう諸君と言う程も残ってないけどね?」


 何年振りだろうか、いつまでたっても忘れることの出来なかったあの顔だ。声も、間違いなかった。しかし、ピエロのような衣装にメーキャップ、ギャラリーがまるでステージのように見える振る舞い、それはまるでこのゲームの管理者みたいだ。


「やあ、純平。」


 そのちょっとキザっぽい微笑みがどうにも懐かしくて、でもやっぱりこの光景は異常で、頭がおかしくなりそうだった。死んでなかったか。いや死んでいたことを期待していたわけじゃない。でも生きていることには期待してなかった。それがまさか。


「知り合い?」

「あ、まあ……」


 隣にいた愛子が首を傾げていたが、曖昧に返事をした。


「話そう、久しぶりに。そこの君はちょっと待っていてくれるかな」


 そう言って幹人はギャラリーの端の梯子を指さした。大方登ってこいと言うことだろう。

 細い梯子は疲れきった俺にとっては登るのさえ一苦労だ。特に腰の辺りが辛い。まだまだ痛みは癒えそうにない。

 やっとのことで登りきって、ついに幹人の隣へと並ぶ。淡く微笑む彼の顔は生気を帯びているような気がしなかった。


「お前、もしかして、このゲームの管理人みたいなことしてるのか」

「まあ大体はね? 純平が来たって知ってびっくりした。もう俺なんか死んでるようなもんだったでしょ?」

「……どうしても忘れられなかった、俺ももう世界に絶望した瞬間が来た」

「もう、ほんとに仕方ないよね、じゃあ俺がここに来た時の話聞いて?」

「うん」

「俺も純平たちと同じようにゲームしていって、なんと最後まで生き残ったんだよ。ほぼ運もあったけどね。まあそこそこ賢かったしさ。で、最後に俺一人だけ残ってさ、選ばされたんだ、生きて帰るか、ここに残るか。俺はここに来た時点で、何もかも捨ててきたんだよな、家族も友達も、純平、お前でさえも。そもそもさ、こんなとこ望んで来るやつはみんな死にに来てんだよ。もう外の世界に居たくないんだよ、それでさ、卑怯だよな、ほんと……ここにいたって、ただ残酷な日々が続くだけ。ただ俺は死なないだけ。俺はもうここにいない。もう死んでるようなものだよ。そんなこと言ってさ、僕は最高に自分勝手だ」


 そういう彼は、ずっと泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫だ、きっと、今はこうして会えて話してるから」

「純平はこれからどうなるか知らないだけだ、頼むから、俺みたいになるな。生き残って、帰るんだ。間違えるなよ。お前には未来を生きる権利がある。こんなところに夢も、幸せも、無い」


 そんなもの、自分の未来の押しつけだ。


「幹人は……どうなるんだよ」

「どのみちもう俺はいなくなる。あんまり意味なかったけど、もうお前を手伝えない。今この時間は、死ぬまでに花を持たせてくれてるだけだ。最後にお前と話せるっていうね。そういうとこだけ律儀なんだからあいつは!」

「どういうことだよ……あいつって誰なんだよ!」

「こんなのは夢だと思えよ、純平」


 今にも死ぬという顔をする幹人に俺は慌てて胸ポケットからそれを取り出す。


「これっ、お前との唯一の写真、ずっと持ってたんだ、忘れることなんてなかった、あの日々は本当に楽しかったから、だから会えてほんとに、」


 そこまで言うと、幹人は俺の手から小さな写真を奪った。


「俺の事なんか忘れろ」


 そう言うと幹人は自分の目の前の柵を開け、1歩前へ踏み出した。


「おい!!!!!! 幹人!!!!!!!!」


 幹人の体は真っ直ぐ落ちていった。その下には、どこまでも、奈落まで続くような四角の穴。

 俺は、幹人がそこへ吸い込まれていくのを見ていることしかできなかった。






 幹人はもう、この世界のどこにもいなかった。






 俺がここまで来て、やっと会えた人はもう、どこにも。



「はっ……はぁ……は……」


 段々と体の力が抜けていくようだった。目の前が暗くなった。俺がここに来た唯一の理由が、無くなってしまった。あいつがここにいた証も、俺といた証のあの写真も、もうここには無い。この世界には何も無い。全てが、無に帰した。


 空虚に下を見つめる俺の視線は微かにズレた。その瞬間、視界には俺の方をただ呆然と見つめる愛子の姿。


 そうだった。


 今まで目の前から居なくなった奴らに言われてたんだ。


 いくつ未来を託された?


 いくつもの未来が踏みにじられた?


 自分が立ち上がらなきゃ誰がやるんだ?


 もう信じられるのは自分しかいないだろ!






「ああ…やってやるよ……」


 俺はゆっくりと立ち上がった。愛子の姿がさっきよりよく見える。そうだ。きっとこの女と次のゲームで組むんだろう。そうしたらもっと仲良くなって、相棒くらいにまでなるかもしれない。俺は1人では生きられないことはよく分かった。海琉も、蓮も、もしも居なかったのならば、俺は今ここにいない。それなら、十分に利用してやるだけだ。もう何を失うのも厭わない。愚直に生き残るだけだ。


 最初から俺は、そう決めてここに来たのだから。





 蒸し暑い夏の日、俺の精神は限界だった。中学の時に暴れ倒して全てのエネルギーを使い果たし、高校では死んだように生きていた。過去のこと全てがくだらなく思えた。ガキだった自分が嫌いだった。

 今こそ幹人に会いたかった。今だったら失わずに済む付き合い方をできた。いなくなったのが俺のせいだという線は考えたくなかったけど、あの頃の感情のぶつかり合いでは無理もない。それでも幹人だけは俺に寄り添ってくれたから。どうしてもつい思い出してしまう。

 俺の世界の全ては情けないことに学校だった。全くもって楽しくはないのに逃げ方を知らなかった。他に世界があるとも思っていなかった。


 ほんの少しだけ、死のうとも思った。でも少し冷静に考えたら、死んだ先に何かある訳でもなく、上手くいかないのは生まれ持った自分のせいだが、今自分を取り巻く環境さえ変えられたら何でも良かったのだ。

 そうしてふと思い出した。あのバスの行き先は?


 俺ははっきり言って情弱だった。人との繋がりが無さすぎたからだ。バスの存在は聞き耳を立てて何とか知っていたから良かったものの、肝心な行き先とか結末まではわからなかった。もしかしたら、幹人もそのことを知っていただろう。

 都市伝説は調べるのはなかなか困難だ。しかもこの話はローカルすぎて同級生くらいしか知らないことだろう。そこそこ有名なら本やネットにも載っているだろうし、その前に俺も知っていそうだ。なので手段としては聞き込みしかなかった。

 俺は嫌々中学からの同級生に話しかけた。対応は思っていた通り散々で、中学からの印象も最悪で、なんの前触れもなく突然初めて話しかけてきたとなれば無視したくなる気持ちもわからないでもない。他の高校からの同級生にも話しかけたが、知っているのか知らないのか高校生ならではの絶妙な大人の対応に傷つけられた。


 俺はこの時点でかなり絶望した。自分が今やっていることが少し馬鹿らしくも思えた。でもこの現実への嫌悪感が逆に俺をその道へと駆り立てた。しかし手段がわからない。便所の落書きレベルの事だろうに……

 便所の落書き? 確かにそれ自体はまだ確認していない。望みは限りなく薄いが、ここは古くからの言い回しに賭けてみるのもありだ。

なるべく人のいない放課後の時間帯を狙ってトイレに行った。パッと見た感じは何も書いてなさそうだった。

(この場合の落書きと言えばやっぱり個室だよな……)

 そこまで考えて、幹人が居なくなったのは中学の時なのに、今の高校に果たしてヒントはあるのだろうかということに気づいてしまった。バス停からさほど離れているわけではないが、不安になってきた。しかしせっかく来たのだから、探せるものは探そう。

 そうして個室の隅から隅まで観察した、這いつくばって便器の裏の方を見る自分の姿はいかに滑稽なことだろうと思った。

 そうして見つけた。狭い場所にペンを突っ込んで無理やり書いたようなふにゃふにゃの線。


『夕暮れ時、あのボロボロのバス停に行くとゲームに参加できる!』

「あった……ふは、はははは!」


 予想外の結果に笑いが漏れだした。なんだそのゲームって。絶対危ない。絶対危険だ。死ぬかもしれない。でも行きたい。行くしかない。

 俺は満面の笑みのまま、流れる汗も、カラカラの喉も厭わずバス停へと走り出した。

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