第2ゲーム前編
ゲームが始まるまで俺は会場を観察しながら周りの人間にも注視することにした。
障害物は沢山あるし壁も分厚いが、一つ一つの壁の幅が狭く、油断すれば身体がはみ出してしまいそうだ。
そんなことを考えていると、特段目立つ人物が視界に入ってきた。赤髪に赤いブレザーといった出で立ち、そんな制服の学校があるだろうか?自分の薄い栗色の髪も目立つ方だが、あれだけの赤は初めて見た。只者では無さそうな雰囲気だが何より戦場で目立つし、血溜まりに見えてびっくりする。
しかしついそいつに目がいってしまう。フラフラと歩くそいつを見ていると、ふいに振り返って目が合う。
あ、まずい
「こんにちは?」
声をかけられてしまった。あどけない感じの雰囲気の青年だ。全身の赤色が目を刺すことを除けば。今まで見たショッキングな映像達が一瞬頭をよぎる。いやしかし、まずは目の前の問題に対処しなければならない。
「こんにちは……」
ぎこちなく返事をする。
「あの、もし良かったら次のゲーム、僕と一緒に行動しない?」
やっぱりこういうのだ。いや前のゲームで俺も似たムーブしたけど。いやそれは役職があったから。仕方なかったんだ。こいつも一人称が僕だ。嫌でも海琉……彼の面影と重なる。その度に俺はとてつもない罪悪感に押しつぶされそうになる。もしかして、俺はこれを一生抱えていかなくちゃいけないのか?
「絶対、有利に立ち回れると思うんだ」
嫌な思考で脳内をぐるぐる回していると俺の何を見てそう言っているのか、手はいつの間にか握られ無垢な真っ赤な瞳が俺を捉えていた。
俺は一息つくと、
「仕方ないな、作戦は君が考えてくれるよね?」
やっぱりもう少し頑張らなくちゃいけないらしい。
彼は金沢蓮というらしい。そんな赤い制服があるのかと聞いたらあるに決まってる、世間知らずだと笑われたのが納得いかない。
「絶対みんな集まって行動するよ。一人でどうしたらいいかおろおろしたまま死ぬのは嫌でしょ?」
「まあそうだけど」
連はどこか口調が幼い感じがする。会場をうろうろしてどのポジションが有利かしばらく2人で探した。
「そういえばこれいつ始まるんだ?」
「人が集まり次第始まるはずだよ…あっこれ見て!」
「!? うぶっ」
何か顔面に重い物がぶつかる。地面に落ちたそれを見るとボストンバッグだった。まさか壁から射出されたとでも言うのか。蓮はなんの躊躇もなくバッグの中身を確認する。
「うわあいっぱい武器が入ってる! 今のうちに沢山集めよう!」
すごいすごいと言いながらバッグを漁る姿を見て、やけに慣れているなと思った。まるで何回かゲームをやったことがあるかのようだ。その割にはナイフや拳銃や手榴弾を見る度にわあわあと騒ぐので気味が悪かった。
「画面になんか出たぞ」
「タイマーだ……多分もうすぐ始まるから気をつけよう」
今のところ情報を教えてくれたりと敵意は無さそうなので着いていくことにした。どのみち俺一人じゃ切り抜けられない場面もあるだろう。
壁の高いところに設置された大画面のモニターに表示された時間が遂に00:00を指す。
すると画面に『ゲーム開始 配布された武器で自由に戦いましょう 最後に残った2人が勝者です』と大きな文字が表示される。
シンプルな文言だがそれ故に緊張感も走る。
「2人だって! ちょうどいい!」
「おう……!」
連が可能な限りトーンを落とした声で話しかけてくる。こうなるとやっぱり正直急に声をかけてきた狂人でも心の支えになる。
ゲームが開始するとやはり武器の轟音が響き始める。開始前に見た限りではここにはざっと30人程度はいるだろうか? 初めて聞く命を奪われて行く音に足がすくむ。無理だ。絶対無理だこんなの。手汗がとりあえずで握っていたナイフを滑りやすくしていく。
「やっぱ怖いな……芋るのが1番強いんじゃないか?」
「うーんそうかな……」
「いくらお前が出来るやつでも俺には限界があるごめん」
「じゃあ来たやつを迎撃しよう! 僕だってそんなに戦いたくないよ」
震えながら提案する俺を連は別に否定しなかった。ナイフじゃやっぱり心もとないからとハンドガンを持たされた。セーフティの外し方とかリロードの仕方も連はやけに詳しく知っていて明らかにおかしいことは明確だった。わざわざ俺と組む旨みも無さそうだがこういうことも運のうちだと考えて受け入れることにした。
「武器オタクとかそういうんなのか?」
「あーうん、そうなんだ。戦争とか好きなんだよねえ」
やはりなんだか回答が煮え切らないが気にしてても仕方ないと思った。急に打ってきたりしたら流石にまずいから自分の銃のトリガーに指をかけておくのも忘れない。
敵も動き始めているのが確認できる。角を今のところ取れているが1番近くの連中がチラチラと見えている。距離も近いし向こうから仕掛けてくるのも時間の問題だろう。
「連、あっち……」
「危なそうだね。でも今撃っても当たらないと思うから迎撃の姿勢はそのままでいこ」
幼そうだと思っていれば戦い始めると物凄い真剣な表情をする奴だ。
しばらく膠着状態が続いていた。向こうの連中の方が銃身の長いライフルのようなものを抱えていたり装備が重そうだった。隠れている壁の向こうで何が起こっているかは考えたくもなかった。
しかし痺れを切らしたのか突如として相手が振りかぶって何かを全力で投げてきた。
「手榴弾だ!」
連が相変わらずおろおろとしている俺の服を引っ張る。だが距離が足りず俺達よりなかなか離れた場所で爆発する。耳を劈く音に怯んでしまったが連が冷静に、
「詰めてくるかもしれない、こっちもピンを抜こう」
と言ってくれた。
案の定連中は武器を構えて爆風の中ジリジリと近づいてくる。3〜4人はいるだろうか。よく群れるものだ。
「おらぁっ!」
「喰らえ!」
お互いに手榴弾を投げ合うがまだ距離も空いているため遮蔽物に隠れたりしてやり過ごす。
「来るな!」
俺も援護射撃してみるが全くと言っていいほど当たる気配がない。相当な至近距離じゃないとハンドガンは難しいだろう。
「なっ……!」
タイミング悪く相手と同時に体を出してしまう。発砲するが弾は相変わらず明後日の方向に飛んでいく。相手も上手くないのが幸いするが、至近距離を弾が掠めていく。
しかし明らかに違う場所から放たれた鋭い弾がたまに戦場を突き抜けていく。発砲音も俺達の持つ銃とはまた重みが違う。
「なあ連、もしかしたらスナイパーとかいたりしないか」
「なんかそうみたいだよね……ますます体が出せないな」
と言っていても今戦っている相手との距離も埋まっていく。
「よし純平一旦移動しよう! 向こう側は見た感じ誰もいない!」
「わかった!」
簡潔に返事をすると連を信じて一気に走り出す。壁の間には少し隙間があるので向かい側の人に見られてしまったかもしれないがいくらか移動してさっきの相手を撒くことはできた。
「よし一旦立て直そう……」
「銃では厳しそうなんだよな」
「いや僕もそれは当てられないから大丈夫大丈夫」
カランッ
え?
思考が追いつかなくなる。目の前に急に現れたピンの既に抜かれた手榴弾。向かい側の人が投げたのか? こんなピンポイントで投げられる人間が存在する?
高速で思考が駆け巡るが俺は無我夢中で連を押し倒しその向こう側に倒れこんで回避を狙うしかなくて
「なっっ」
「がぁっっっっっ!?」
轟音とともにそれは爆発する。足元から強烈な爆風が上がり俺の下半身は宙に投げ出され半身がひっくり返る。連の短い悲鳴が聞こえて来たと思った瞬間、全身が強く地面に打ち付けられる。煙舞い上がる中、しばらく何が起こったかも分からないまま強烈な痛みだけに襲われる。
「いっっっっっっっっ……!?」
「まずい……」
逃げた先で爆発したのを見てさっき戦っていた相手に追いつかれる。俺は反応出来るはずもなく連に庇われる。連はそのまま発砲して応戦する。それがヒットしたのか、敵が呻く。
「走れるか純平!」
「うぅっ、あ」
俺は走ることもできず情けない声を出した後連に引っ張られて移動する。絶対にどこか折ってる。根拠もなくそう思った。
連と俺もっと狭い隙間に入り込んだ。2人で息を落ち着ける。
「めちゃくちゃ……吹き飛ばされたわ……」
「大丈夫か? 足とか吹き飛ばなくてよかった……」
「向こうに……やばいのいるだろ……」
「うん、多分いる」
確かにさっきの衝撃で血は流れていないのが不思議な程だった。しかし痛みは凄まじいままだ。
「一旦休ませて……」
「もちろん」
と言いながらも連は周りへの鋭い眼光を忘れない。まったくいったいどこまで出来るやつなんだこいつは。俺にはもったいない。
気づけばスナイパーの発砲音は真上にあった。真上ということはこれもまたおかしい。参加者はみんなこの地面を踏みしめているはずだし、上に登れそうな障害物も無かった。やけにできる奴、連の存在といい、裏の力が働いていないとは考えられないゲーム展開でしかない。まあ、今のところ自分に都合良く進んでいるならどうだっていいと思った。さっきの衝撃で1番身近に己の死を感じたからだ。
「絶対、向かいのやばいのには、やられんなよ………」
俺は半ば寝言のように呟いた後、意識が遠のいていった。
全てが暗く、辛く、毎日が呪われていたあの頃。人間未満の俺達は社会とも言えない狭き牢獄に閉じ込められていただけだった。
既に読み終わったつまらない本のページを何度もめくった。ここに俺の居場所はなかった。他の人間なんて、所詮、自分とは全く違う生き物だ。そう思って生きてきた。自分が悪いなんて思わなかった。全てここのせいだ。この場所のせいにした。
でもあいつは違った。傍若無人を極めていた俺の事を幹人は理解した。俺も幹人の事を理解していた。
「君みたいな暴れん坊は誰か見てないと全体に影響を及ぼすだろ?」
そんなこと言われたって今は大人しくしているし小馬鹿にされたって嬉しくなかった。でもこいつが俺の事を気にかける理由もなかった。
この言葉の裏に隠された優しさを確かに感じた。
「早く終わらせようよ、こんなの、ふたりで」
あいつはこの毎日の終わりをいつも望んでた。本当は、未来なんていくらでも可能性があったけど。今は、この望みが、叶った、?
「純平。こんなとこで燻ってたって仕方ないんだけど。教室戻るか、そうだな、どっちかにしなよ」
「……いやだ。あと教室に戻らないもう1つはなんだ」
「気持ちは痛いほどわかるけどね?あとのもう1つは──これだ!!」
そう言って廊下の端にしゃがみ込む俺の頭上の火災報知器のボタンを幹人は勢いよく押したんだっけ。そして学校中に鳴り響くブザー。あの頃は俺は意味わかんないくらい我儘でプライドが高くて、自分でもなんだか分からなかった。
ボタンを押した後は何もかも最高だった。2人だけで学校まで全部飛び出して、その日は後は好きなようにした。鬱蒼と茂った林に入ってみたり、普段行かないところに行った。翌日は普通に登校した俺には冷たい目線が降りかかったのだけはよく覚えてる。
あの時からだっけ?
俺よりずっと元気だったのに、あいつは。あれから全く学校でも見なくなってしまった。噂で聞いたのは、雑木林を抜けた先、文字の全部擦り切れたバス停に止まるバス。それに、乗ったとか。
なんでみんながそんなこと知ってるんだ?幹人は何も言ってくれなかったのに。
当時ほぼ唯一の仲間だったあいつに会いに、俺は帰るなり駆け出した。虫もワンワン飛ぶ林を抜けると、確かにそれはあった。でもバスはない。
でもそれで良かった。止まってたら今すぐにでも乗ってしまいそうだったから。
バス停の石の下に何か紙が挟まれていた。手紙だった。幹人からの。
『純平。お前には悪いけど、一足先に行かさせてもらう。』
とだけ、書かれていたただのノートの切れ端。そして一緒に挟まれていたのはいつか幹人が撮ってくれた俺たちの唯一の2人だけの小さな写真。
いつもどちらかというとヘラヘラしていたあいつの弱さにやっと何となく気づいた。いつも凶器みたいに尖っては全て傷つけていた俺の棘に興味本位か、知らないが触れたあいつは、俺の心を知ってか知らずか、俺の知らぬ間に何か溜め込んでしまっていたのか。
ああ、そうか、トリガーはずっと俺だった。今回だって、そう……