第1ゲーム3日目
0時、人狼同士で再び集まった。
「1人片付いたな」
そう言った俺の声は自分でも驚く程冷たかった。
「結局、玲央奈ちゃんにならなくて、よかったよ」
俯きながらも海琉が少し微笑んでいるのがわかる。俺は複雑な気分になった。
「次は?誰にするの?」
真実が大きなサバイバルナイフを器用にくるくる回しながら聞く。今日は真実さんに任せようか。
「まあ、玲央奈にしよう。ここは。もうよくない?」
「ひ、ろみさんとかは…」
俯いたまま抵抗するかいる。
「あの子は塗れる。そろそろわかってほしいかも。」
「うん、別に海琉がやる訳じゃない」
冷静な真美さんに同意する。
玲央奈の部屋の前に着く。扉は、すんなり開いた。
ガチャ、という絶望の音。それを聞いた玲央奈はもっとも、ちゃんと寝れてはいなかったし、周りに助けを求め始める。
「人狼!!!!人狼が来た!!!私の部屋に!誰か!!誰か!!!……」
防音になっているのか、他の部屋に声が届いている気配はない。
そして暗闇から現れたのは、大きなナイフを構える、俺。
「純平くん…」
俺は何も言わずナイフを振りかざす。早く終わらせたかった。誰だって人を襲うのが好きなわけなかろう。
しかし玲央奈も運動神経が悪いわけじゃなかった。ひらりと身をかわすと部屋にあった椅子で姿勢の崩れた俺を殴る。
「あぁっ……!? うっ……ぐ」
そのままマウントを取られる。とっさにナイフを上に突き刺すようにしたが刃を握られる。玲央奈の手から流れる血がナイフを握る俺の手にも滴る。
「そんなことをしても…何にもならないぞ…」
「わかってる、でもここで死ぬわけには行かないのっっ………!」
涙がボタボタと俺の顔に落ちてくる。前が見えない。
俺だって、人を殺したい訳じゃないんだよ…!
怯んだ途端にナイフを奪われる。まずい、顔に傷でも着きさえすればすぐにバレる。俺は仰向けに倒れたまま動けないでいると、海琉が走って部屋に入ってきた。
「危ない!!!」
海琉は部屋の椅子を振り上げて玲央奈を叩きつける。何度叩きつけられても抵抗を止めない玲央奈のナイフを奪ってやっと玲央奈が動かなくなる。
俺は自分があっけなくやられた情けなさと海琉に対しての驚きでしばらく動けなかった。
「僕は、役職を、自分の仕事をちゃんと遂行しないといけなかったんだ。なのに、こんなのに、こんなものに現を抜かしてて、ごめんね、純平。でも、痛いや、こんなに、痛いんだ……」
俺はやっと立ち上がって海琉の方に近づく。玲央奈には海琉がやったとは思えないほどの傷。死んでいた。海琉の手には、ナイフを奪った時の傷がぱっくりと開いていた。
「手袋とか無いのか、どこかに…!!」
海琉の傷を隠すための物を探したが、生きていくのに必要なもの以外何も存在しない無機質な空間にそれは存在しなかった。血が止まらなかったため玲央奈の部屋のベッドシーツの見えないところを裂いて巻いておいた。
カードだけの人狼ゲームとは違う。物理的証拠が発生すればおしまいなのだ。
「いいんだ、もう。不自然だし。」
海琉が呟く。
「僕が犠牲になって、議論はそれで終わらせて、明日またもう1人殺すんだ。純平はきっと生き残れる。この先もずっと。あの時純平を助けて良かったって思うから、気づいたらもう足が動いてたんだよ。ほんとだよ……」
海琉は俺の手を握る。こんな空間で存在しないはずの小さな友情が俺の心をチクリと刺す。
「また会えるから、お前の心は消えないから…」
俺は自分でも何を言っているかわからなかった。
翌朝の海琉は至極気分が良さそうだった。
海琉はずっと薄ら微笑みを浮かべていて、俺は気味悪さと切なさに同時に襲われた。
出来ることなら海琉を死なせたくはないけれど、シーツに滲む血を見ていると誤魔化しきれはしないだろうと俺は悟っていた。
「……すっげえな」
みんなで玲央奈の部屋を覗いていた。投票からの処刑よりももっと酷い惨状がそこには広がっていた。朝になって改めてそこを見ると、より、辛い。
「人狼は非情だね」
弘美の言葉に、少し胸が痛くなる。だが、やらなきゃいけないんだから仕方ないじゃないか、という怒りも同時に湧いてくる。
「なんだお前その手。」
最初に海琉の傷に気づいたのは康行だった。
「えっと、スープ作ろうとして。お湯かけようとしたら手にかかっちゃってさ」
「………そんなに血出るか?」
「…大したことないよ」
怪しまれているのは確実だった。食料には包丁を使った料理を必要とするものはないし、言い訳に苦しいのは海琉もわかっていた。
海琉はそれからは、なるべく他の人に手を見せないように努めた。
20時前、会議の時間。
「ね、私、人狼当てちゃった」
俺はもう嫌な予感しかしなかった。
「ほう。実は僕もまた人狼を当てたんだよ、奇遇だね?」
暖が対抗してくれる。
「海琉! 海琉が黒よ」
「………!」
「! やっぱりその傷は襲撃の時に負ったんだな?」
あんなに俺を疑っていたのになんで海琉を占う?正直擁護する方法がここから見つからなかった。傷跡を怪しまれてしまえば、庇っても危ない。
「ふふ、弘美さん、君こそが人狼だという結果だったよ」
「は?私騎士だし」
「え!守ってくれてありがとー対抗いる?いないでしょ、暖、そろそろ厳しいっしょ」
まずい。圧倒的不利だ。人狼陣営のどちらかは今日犠牲になる。
「…僕が騎士だ」
海琉が弱弱しく手を挙げた。
ああ、ここで海琉は確実に死ぬだろう。しかし、ここで俺が庇った所で2人とも結局死ぬ。つまり終わり。
俺はそれがわかった上で何も言えないでいた。ただ海琉の死ぬ様を目に焼き付けられる覚悟だけしていた。
海琉は騎士対抗に勝つことは出来ず、呆気なく指を指された。
「純平」
処刑直前の海琉が弱々しい声で話しかけてきた。
「ありがとう、ごめんね」
目の前の海琉だったものは血に染って力無く倒れる。あまりにも、呆気ない。
「なにが……なにがありがとうだ……なにが……」
他の皆はバラバラと部屋に帰っていく。1人残った俺は唇を震わせて誰にも聞こえない声で繰り返した。