最後の脅威
そうして俺たちは部屋を出ていった。しかしあるのはさっきまでいた休憩室だけで次のゲームが始まりそうな雰囲気もない。
「とりあえず探索してみるか……」
皆が入ってきたドアはいくつかあったのでその1つに愛子と入ってみた。育ちのいい彼と一緒に散策する気にはなれなかった。
まったく、ゲームに参加させておいて指示すらしないのもあまり良くないと思う。終わったら無理やり移動させられてる、というのもプレイヤー目線では楽だが普通に考えたらおかしいか。俺も感覚がむちゃくちゃになってきた。
ドアの向こうは今までいた部屋とはちょっと違う質感の床と壁で構成されていて、何より驚いたのは、人1人入るようなサイズの水槽で埋め尽くされていた事だ。
「なんだこれ、不気味だな……」
「なんでゲームするのにこんなに水槽並べる必要があるんだろ?」
「いや、クローンが居ただろ、多分そいつらの為だ……」
「ああ……」
愛子はわかってるんだかわかってないんだか微妙な声を出した。
あんなに大量に彼らはいるんだからこんな設備が必要でも仕方ない。そんな技術があっていいのかはわからないけど。
各水槽には小さいモニターが取り付けてある。好奇心に駆られて俺はそれに触れてみた。いくつかのよく分からないボタンが表示され、適当に触ってみる。すると、見覚えのある顔写真がずらっと並ぶ。多分、今までゲームオーバーになった、死んでいった人達の写真だ。
その写真と水槽を交互に見ながら思った。いや、まさかな、それが今俺に出来たら、いよいよ倫理観どうなってんだよ。
明かりの付いてしまったモニターに背を向けて歩き始める。
「これ、いいの?」
「いい、よく分からないものには触らない方がいい」
「ええー、面白そうなのに!」
愛子が聞いてきたけど適当に返す。
「あれ? 君たち……」
声のした方に振り向くと、俺よりも
少し小さい男子が居た。やはり高校生くらいだが、背はなんなら愛子よりも少し小さいかもしれない。
「誰だ? なんでここにいる?」
さっきのゲームでも見なかった顔だ。途中ではぐれたか、知らないけど警戒しておくに越したことはない。
「いや、僕もよくわからなくて、ゲーム中に急に誰もいない所に飛ばされた? みたいで……」
「……どゆこと?」
愛子も珍しく怪訝そうな視線を向けている。
「まあ、俺と一緒に最初のゲームをクリアした人達も途中でいなくなったから、ない話ではないかも」
「そうなんだ! じゃあ僕もその感じだ……ずっと不安だったから、君たちに出会えて良かった!」
「ああ、うん……」
また次のゲームで殺し合わなきゃ行けない目に合うかもしれないことを考えると、安易に新顔と仲良くする気にもあまりなれなかった。そもそもまだあまり信用ならない、こいつは。
「それにしてもちっちゃいねえ、かわいい〜」
「ちょっと、やめてくんない?」
愛子が身長いじりした途端、それまで温厚そうだった彼の雰囲気が一瞬変わった。たしかに身長はコンプレックスに感じてる人も多い。それは愛子が悪い。
「あはー、冗談じゃーん……」
気まずそうに訂正する愛子。
「それにしても、どうしてこんなゲームするんだろうね」
彼は急にしんみりとした口調で言う。
「……まあ、やってる奴の本心はわかんないけど、俺はそいつの意向以上に生きて帰るっていう意思はあるし、そのボスも、クリアついでに倒したらいいと思ってる。てかそうじゃないと、今まで散ってった仲間に顔向けできない」
自分でも驚くくらい多分今、アドレナリンか何か出てる気がする。こんなこと言うってことは。
「あたしも。あたしだからここまで生き延びて来れてるけど、あたしだからね! でも、もう今までのあたしとは何かが違うのかも」
愛子のそんな慈しむような顔は初めて見た気がする。
「……綺麗事みたいに捉えてるけど、人死んでるんだよ」
「それでも、なんか希望を見出さないとおかしくなる、流石に」
「そっか……あ、僕は学校じゃない、別の環境に来れてちょっと良かったかも」
「ほんとか?」
思いっきり訝しげな顔で睨む。
「いや、えとね、それだけ学校が嫌な毎日だったから……違う環境で、別の人達に合って、ほら、人狼はそんな感じだったじゃん!」
「まあ、完全に否定はしないけど」
「そう、だね、?」
「だってほんとさ、自分だけじゃ動けなかったから、無理やりにでも、そうしてくれた方がさ」
「……ごめん、やっぱ全然わかんない、行こ」
「おお、うん……」
俺だったら、幹人の事とか考えたら、どうしても共感はできなかった。無理やり愛子を連れてそいつから離れた。
「……つまんねぇの……帰ろ」
しばらくサイドを水槽に囲まれた長い廊下を歩いていると直ぐに珍妙なものを見つけた。水槽と水槽の間に人の足が伸びている。目を疑ったがあれは間違いなく誰か倒れている。
「また誰かいるぞ」
「そんなに穴抜けして誰か来るものかな」
愛子も疑い始めている。
恐る恐る俺たちはその人物に近づいていった。
足音で気づかれたのか、一瞬そいつはビクッと反応して起き上がる。
「ああ!なんだ……遅いんだよ純平」
やっと顔を見せたのはダクトではぐれたっきりになっていた暖だった。一瞬喜んだような顔をした癖にすぐしかめっ面になってしまった。
「暖、こんなとこにいたのか」
「あれ? 2人知り合い?」
「うん、最初一緒に勝ったんだけど、なんかはぐれちゃって」
「ふーん、会えて光栄だよ、真実さんじゃない事が残念だけど」
暖は眼鏡の真ん中を押さえて直す。
「……真実さん? たしか……会ったよ! あたし! 会った!」
「え、どこで」
「2回目のゲームで……あたしがトイレに隠れる前、ギャラリーのとこにでっかいスナイパー持っていたよ」
「あのスナイパー……そうか、真実さんだったのか、でもそれにしてもなんで……」
「とにかく、純平と真実さんはまだ会えてないし彼女目線からしてもよくわからないことしてたんだな、ま、させられてたのかもしれんが」
「あたし、鮫島愛子」
「そうか。僕は杉本暖。……なんか君、よく見ると見たことあるような……?」
「気のせいじゃない、やめて」
もしかしたら暖はアイドルの愛子を見たことあるのかもしれない。だが愛子は嫌そうに切り捨てる。
「あ、そうだ、さっきなんか不思議っていうか、怪しいやつがいたんだよな」
「ほう」
「ここにくるまでに居たんだけど、参加者って自称してはいるけどそんなに俺たちみたいにはぐれることってあるかなって思うし」
「まー純平は考えすぎかもしんないけど、よくわかんないこと起きすぎじゃん?ここ」
「この状況自体がよくわかんないから特に気にならんな」
それもそうだ。
「ていうか、今どういう状況なんだ?ゲームは?」
「今、第3ゲームまでやって、特に指示もないから散策っていうか、そんな感じ」
「不親切だな……とりあえず見て回ろう」
「もう俺たちからすると見て回るところもないし、戻るか」
そうして俺たちはあの育ちの良い奴と別れた地点まで戻ってきた。さっき会った怪しいやつとまた会うことはなかった。
「なんか……騒がしいな」
もうみんな一通り見て戻ってきてたのか、何人かの声がする。そっと、ドアを開けてみると、
「!!……お前!」
ドアの先は休憩室のはずだったが無機質な少し広い部屋に変わっており、真ん中の玉座らしきものにふんぞり返っていた人物はさっき会った少年だった。
まるで小さき皇帝のような堂々とした威厳を放つ彼の周りには何人か人が倒れていた。さっきのゲームで一緒だった彼らだ。まさか、新たに死人が出たというのか。育ちの良さそうな彼も付近で慌てふためいていた。
「……!お前ら! やばいぞコイツ……!」
「なんだ、あの玉座の奴がやったのか…?」
「ああ、あいつが指を指すだけで!」
「やあ〜君たち、さっきぶりだけど」
彼の言葉を遮るように少年が声をかける。ひらひらと手を振っているのが挑発的だ。
「さっきはもうちょっと共感してくれると思ったんだけどね〜、うん、残念だ」
「……」
「まあ、みんな揃ったようだし、ちょっと聞いてもらおうか。僕がこのゲームを始めた。決して、始めようとして始めた訳じゃないけど。僕がいつしか、現実世界をこれ以上生きるのが苦痛になった時、懇々と眠り始めて目覚めなくなった。そこで僕の兄が眠り続ける僕の脳内にアクセスした。兄はガジェットに強かったから…そうして入り込んで来たんだ。だからここは僕の脳内世界? バーチャル? 集団幻覚? 細かいことはどうでもいいや。僕と兄、2人だけの世界、それも悪くなかったけど、何故か僕と同じくらいの歳の子達が次々迷い込んできた。それは僕は嬉しくなかった。どうして外の子達と仲良くしなきゃいけないんだろう? 僕は夢を見ているだけなのに? 外に追い出す方法もわからなかったから、殺して、処分した。だってここは僕の世界だから。どうにでもできる。僕にはその権限がある。でも、それを兄は止めた。なんなら、僕を殺してでも止めようとした。だから、僕もありったけの力で兄を殺そうとした……そうしたら兄は自分が死ぬすんでのところで自分のデータを残してクローンとして蘇ろうとしたんだ。愚かだよね、そんなの全て僕の手の下にあるのに……だから今は兄を利用してる。みんなも見た? ピンク髪の人。ちょうど派手髪にしたところで、面白いしちょうどいいよね。僕はそのうち迷い込んできた子達をただ殺すのにも飽きて、ゲームをさせるようになったってこと。そこで君たちには、1つ選択をしてもらう。」
そこまで少年が言ったところで、誰かが唾を飲む音が聞こえた気がした。
「ちなみにこれ以上ゲームはない。ここまで来れた君たちは愚かな兄よりも頼りになるだろう。君たちに与えられた選択肢は、これから僕と一緒にゲームを運営していくか、僕に殺されるか、どっちかだ」
「……なんで、」
そこにいた中の誰かが呟いた。
「だって、僕はここから君たちを出す方法も知らないよ? 死ぬのが嫌なら、ここにずっといるしかないよねえ? 君たちと仲良くする気は無いし」
「だったらっ!!」
どうしようも無いと判断したのか、少年に飛びかかっていく奴もいた。
しかし、少年が手で銃を打つようなポーズをした途端、彼は倒れ、二度と動かなかった。
「死ぬほうを選んだの?しょうがないなあ本当」
ここから出たければ自分を倒せとわざわざ言うボスはいない。ここが少年の脳内世界なら彼を殺せば、きっと崩壊する。自分が死んだ時覚める夢のように。たぶん。でもかなり手強い。幹人が死んだから、その代わりを探しているのかもしれない。それでも全員すぐに殺したりしないのは、殺す時は銃を打つ真似をするもの、という彼のルールに彼なりに乗っ取っているのかも、と思った。
「おい」
小声で、育ちの良さそうな彼が俺に話しかける。
「こいつ、俺たちだけじゃ無理だ、」
「……!」
「俺が時間稼ぎしといてやる。お前ら、あの水槽は見ただろ? あれでクローン作って連れて来てくれ。そうしたら、もしかしたら勝機があるかもしれない」
彼は覚悟を決めたような顔でふんぞり返る少年をじっと睨みつけていた。
「……わかった」
俺は前を向いたまま後ろ手にドアを少し開け、暖と愛子の手を引っ掴んで中に引きずりこんだ。
それとほぼ同時に彼が、
「おい!こういう提案はどうだ?俺の実家はただ裕福なだけじゃない……」
と叫んで注目を集めていた。しかし、あのデスゲーム運営人に向かって金の話で時間が持つとは到底思えなかった。
「おい!なんだよ……」
暖が言う。
「一旦戻る。クローンを作ってみる。そうしないと多分、無理だ」
「危険な橋だねえ随分」




