過去
「……あそこに落書きしたのは、一体誰だったんだろうな」
今でもそれだけは検討がつかなかった。もしかしたらこのゲームに人を呼びたいゲームの関係者なのかもしれない。しかしその辺りについては幹人含め分からないことが多すぎる。
「まあ生き残れば大体わかるだろ」
そう呟いて俺は元来た時の梯子を降り始めた。後ろからゆっくりでいいから! という愛子の声が聞こえてくる。
「ね、ちょ、何があったの?」
降りきると愛子に聞かれる。ずっと余裕そうだった愛子も流石にこの光景を見ては混乱しているようだった。
「まあ、ちょっとあったけど、もう大丈夫。自分の過去に決着をつけた。付けさせられたんだけど」
「そっか? あの人は結局過去の知り合いだったってわけ?」
「そう。どうやら最後まで生き残ると、管理人になる道もあるみたいだ。」
「なるほどね〜?」
まあまあ物わかりがいいようで助かる。
すると突然次のゲームに繋がるであろうドアからどやどやと人が入ってきた。俺をその光景を見て驚愕した。
全員同じ顔をしている。
まさに第1ゲーム終了後にあった1人目の管理人、そのものであった。
代わりがいるというのは、そういうことだったのか。しかし今の姿は前会った時と違って作業服のつなぎを着ている。そして黙々と彼らはこの戦闘後のめちゃくちゃな空間を片付け始めた。
「うわ何!? 同じ顔ばっかり! きも!」
愛子が叫ぶように言う。
「クローン技術だ……」
「は? クローン?」
「さっきの戦闘中も、身体能力の向上したクローンが無双してた。二人いたけど、二人は同じ顔をしてた。こいつらがベースでは無さそうだったけど」
「なんでもありね」
「この施設のどこかで造っているのか……?」
この謎のクローン技術が当たり前のように使われてくるとなると間違いなく今後のゲームは困難を極める。オリジナルな俺達にしかできないこともあるはずだが。
「ここはもう気持ち悪い、早く行こ!」
痺れを切らした愛子に引っ張られて次へとドアを潜る。
そこには前の時と同じように細めの暗い廊下。先は見えなかったけどもう横道なんて絶対に逸れない。ただ真っ直ぐに進むと次のドアに触れる。
それを開けると、柔らかめのマットの敷き詰められた空間に既に何人もの参加者があちこちに座っていた。参加者達は横になったり水を飲んだりして休憩しているようだった。
「……少しは休む時間をくれるのか」
「ラッキー!!」
愛子はそう言うと駈けて行って二人分の水とブランケットを持ってくる。
「ありがと」
俺自身もさっき背中全体を打ったおかげで休息は必須であった。ブランケットを有難く貰い、横になろうとする。
周りを見ると他の人達もバトルロワイヤルを経てここに来たようで所々負傷しているように見える。
「なぁ、頭脳戦、肉体戦ときたら、次はどう来るだろう?」
と、隣で体育座りしている愛子に問う。
「さあ? ま、どんなやつが来ても、あたしに頼ってればだいじょーぶ、なんて!」
そう言ってまた笑う。その自信はどこから来ているのだろう。
「そのブレザーやけに大きくない?」
なんだか会話を途切れさせたくなくてまた聞いてみる。
「ああこれね、なんか半袖だと寒くて、だからさっきのゲームで最後トイレから出てきた後、その辺で死んでる奴から借りた」
「ほぉん……」
こいつは相当肝が据わってると見た。
話が途切れても、つい愛子の横顔を見つめてしまった。やけに凹凸がはっきりしてて、いい印象だなとぼんやり思った。
「あたしの顔見ておもろい?」
愛子に気づかれて、ぼんやりした顔のまま聞かれてしまった。
「いや……なんでも……」
「まあ、それはなんでもいいけど、純平があの人と何があったか、やっぱり気になるからそれだけ聞いても良き?」
あらかた幹人のことだろうし、どの道、ゆくゆくは説明しなければならないことだっただろう。
「仕方ない、わかった」
俺は幹人と昔仲が良かったこと、このゲームを知った経緯、ギャラリーで起こったことを大体話した。噛み砕いて、細かいところまでは言わなかったけど。
「はあ〜じゃあ、純平は自らここに来たのね……あたしは知らないうちにいたけど」
「多くの参加者がそう見える。俺くらいなんじゃないかな、望んで来たのは」
「なるほどね〜純平が狂ってんのはわかったわ」
このいかにも狂人というような奴に言われるのは心外だ。
「じゃせっかくだからあたしのここに来る前の事も純平に話してあげよう。ゲームには関係ないけど!」
「うん……」
そういうと愛子は自分の過去について話し始める。
「あたしはいわゆるアイドルをやってた。地下で終わったけど。顔はまあまあいいねってその辺でスカウトされて、歌ったり踊ったりも好きだったから続いた。めちゃくちゃアイドルになりたくて、努力してたとかでもないんだよね。ただのほほんとやってただけ。でも何が刺さったのかわかんないけど、とあるプロデューサーに拾われてさ、次こそ正統派の生身のアイドルが流行るって、あたしを抜擢してそこそこデカいプロジェクトを立ち上げた。でもソロで、ずっと、孤独だった。あたしだけ贔屓されてるみたいで、前の仲間には影で言われるし、うんざりだよね。でもそのために学校も全然行けなくなって、てきとーな通信に行って、いつの間にかあたしにはアイドル以外なんにも無くなってた。しかも結局プロジェクトは成功しなかった。実際、あたしに誰も興味なんてなかった、時代に置いてかれた。必死に大人のご機嫌とって、人生繋ぐために自分に嘘ついてたら自分の感情すらよく分かんなくなった。ただあたしの人生は無駄になった。そんで嫌になってスッパリ辞めて、ただの人になって、今はもう何も無い。価値が無い。」
愛子の声のトーンはどんどん下がっていく。
「それで気づいたら、ここにいたよ」
愛子はこっちを向いて目を細めた。愛子は確かに、鼻がツンとして唇が厚くて綺麗な顔立ちだけど、笑顔を見せても目が閉じきらなくて、狂気を孕んでいて、万人受けはしないだろうという印象だ。いや、ただの俺の感想かもしれないけど。
「うん、いや……なんとも、言えないや……」
「ふはっ」
愛子が吹き出す。
「ひどいなあ! でも、それでいいや、余計に何か言われるより、よっぽど良い」
「俺も、ここから出て、何するか、なんにも考えてない。この世界は本当にひどいけど、でも、死にたくないって想いが生まれてしまったから、」
「生きるんだよ」
愛子が俺の肩に手を乗せる。
「こんなに死にかけても血生臭く生きて、あたしはこの程度じゃないって見せつけてやる。むしろこのゲームに感謝してやる。これからどう生きるかは、生き残ってから考える!」
なげやりで、将来性もなにも無いけど、清々しい。俺はこんなセリフにも、救われたような気がした。
「……っはぁっ!」
寝すぎたか、と焦って暖は飛び起きる。しかし目に飛び込んでくる光景は眠りについた時と全く変わらない、怪しげな培養槽の立ち並ぶ空間。
「ああクソ、遅いんだよ純平の奴」
なぜこの男はこのような突拍子もない場所にいるのか。時は第1ゲーム終了時まで遡る。
ダクトの中で純平、真実とはぐれたかと思いきや暖は急に壁を抜けたかのように外に放り出される。
「あいつつつ……」
咄嗟のことに脳の処理も追いつかず、思い切り体を床に打ち付ける。顔を上げると、うすら青い証明にどこまでも続くかのように思われる、縦に細長い水槽。
「は?」
これはいわゆる人間を培養してるやつだ。と暖は勘づく。しかし何の為に?もしかしたら次のゲームとかでここで生み出された敵が出てくるのか?
色々考えているうちに暖は眠たくなってきた。それもそのはず、何日にも及ぶ人狼ゲームはクリアしたものの、環境の変化や緊張感によって暖はろくに夜寝られていなかったのだ。心身ともにヘトヘトになっていた暖はそのまま床に横になると、ついに限界が来てすやすやと眠り始めた。
そして数時間後、まだ探しに来たりすらしない仲間にイライラしながら起床した。
そもそもダクトから壁抜けする訳がない。小さな原子が物質を通り抜ける確率だって気が遠くなるほど小さく、ましてや暖のような人間が物質を通り抜けるなんて早い話、有り得ないのだ。まるでゲームの壁抜けバグみたいに。
「ゲームか……」
もしかしたらこの空間自体ゲームで、現実では無いのかもしれない。目の前に広がっている光景も、暖には何ひとつ説明がつかない。
「キレてたって仕方ないな。待つのも悪くない。」
物事を俯瞰して急に冷静になった暖は、そのまま大の字に倒れて、久々の『何もしないをする』を堪能することに決めた。




