魔女たち
皇女誘拐とウィゼカ家の虐殺の話は、時を隔ててイリヤの赤いお城にも伝わってきた。
手紙に並んだ小ぶりの文字を眺める。リリィは女の子らしくて字がきれいだ。達筆とは言い難い、それでも……。
メアリーは手紙を折りたたんでガウンの中にしまった。
あまりに馬鹿げてる、と思う。私は幸せよ、嘘じゃない、ですって?どうしてレネーのような男にリリィを幸せにできるだろうか。だが、そのレネーも死んでしまったのだ。
以前皇女の私室だった部屋に入り、窓を開けた。風が強く吹いて、メアリーのドレスを揺らす。青い空に鷲が舞っていた。
ヘレナのはからいでメアリーは皇太子妃の侍女となった。
今度リリィの使っていた部屋に、カリーヌが移ることになったのだ。女主人が来る前に、新鮮な風を入れておこうという見通しである。
カリーヌは家族の虐殺の話を聞いてから絶食していた。無理もない。メアリーはなんとか食事を喉に通そうと慰める。献身的に世話をした。だが、次第に心の中でカリーヌへの同情よりも苛立ちの方が大きくなる。結局、アレックスの妻という立場を許せなかったのだ。
背後で扉が開いて足音が聴こえた。アレックスだ。あの足音でわかる。メアリーは振り返らずに窓の外を見つめていた。アレックスが近くに来る。
「メアリーか。本当は妻に会いにきたんだ」
メアリーはアレックスの顔を見て、魅惑的な笑みを浮かべた。
「本当を言うと、リリィの姿が見えはしないかって思って来たんだ」
アレックスが言い直す。
「とにかく、リリィは生きてるわ」
メアリーが言った。アレックスがゆっくりと手に手を重ねる。
「父上はエズラを放っておくつもりだ。中立協定を結んで。リリィをあんな虐殺者の手に預けておくとは。僕には軍隊がある。信頼できる部下も……」
アレックスが難しそうな顔をした。
「離反するつもりなの?」
メアリーがきく。
「リリィをレネーに嫁がせるべきじゃなかった。僕がレネーとの婚姻に反対していればこんなことにならなかったんだ」
「アレックス、そんなことじゃ皇妃の思う壺よ。あなたが勝手に動けばイリヤとエイダはまた戦争になる。皇位を奪われるわ」
メアリーが説得しようとした。
アレックスは冷静さを失っている。だが、勝手な行動はアレックスの一生だけでなく、皇帝や帝国の命取りにさえなり得るのだ。
「皇位など。妹を見捨てておけない。メアリー、君だってそうだろう?本当はそう思ってるはずだ。君が行けと言うなら、リリィを助けに行く」
皇子が必死になって言った。
「いいえ、そんなこと言わないわ。私の知り合いにトゥーリーンという少年がいる。嵐の時にリリィの命を救ってくれた人よ。彼がリリィのもとに行って様子を見てきてくれるわ。トゥーリーンはリリィに忠実よ。
もしリリィが助けを求めるようだったら、トゥーリーンに救出してもらいましょう。でもそうじゃなかったら、私たちはもう介入しない。エズラはレネーより良い夫かもしれないのよ。彼に終わりが来た時、リリィにまた手を差し伸べてあげればいい。エズラも皇妃も刺激するべきじゃないわ」
ヘレナは小島の魔女にエズラを呪い殺すように依頼した。
「それは驚いたね」魔女が乾いた笑い声を上げて言う。「あんたが娘が粗末に扱われたからって怒るとはね。今まで散々娘のことを憎んでいじめてきたのはどこの誰だろう。いや、呪い殺さないよ。エズラはなかなか面白い男だ。リリィだってあんたよりエズラを愛すだろうね」
魔女は相変わらずの辛辣な物言いでヘレナを崩れかけの小屋から追い払った。皇妃を面と向かって侮辱したのだ。ヘレナは岸を離れながら、今度あのしわくちゃの魔女を滅多刺しにしてやる、と思っていたはずである。




