未開の夢
旅の初日の日暮れにドゥーサ河を渡った。平らかで広い河だ。渡し船に乗り、侍女と共に景色を見る。
沖で馬が待っていた。馬丁が婦人用の鞍をつけている。
「奥様の馬ですよ。馬に乗って今夜野営する場所まで行くんです」
侍女のマルグリットが耳打ちした。
「夫からの贈り物だ。馬狂いだと聞いている」
レネーがリリィの手を取って言う。
「殿下、ありがとうございます。私をよくわかってらっしゃるのね。でも鞍は横がけではいけませんわ」
リリィがにっこりと笑って言った。
「男乗りだな」
レネーが皮肉な笑みを浮かべて言う。
「馬にまたがるくらい許してくださるでしょ?心配しないで、私が男になっちゃって、あなたを妻にめとるなんてことないから」
リリィが夫の手を両手で掴んでせがんだ。レネーが肩をすくめて、いいだろう、と言う。
「あなた、鞍は横掛けのものじゃなくて、男用のものにして」
リリィがよく通る声で馬丁に命じた。
周りの者はレネーの妃の行動に驚いて振り向いた。リリィが馬にまたがる様を見て、エドマンドがかぶりを振っている。苦々しげな顔だ。
天幕の中でレネーは妻を抱いた。旅の間中、飽き足らずに一晩中。おかげでリリィは目の下にくまができて少し痩せてしまっている。でも、上手くいくかもしれない、とも思えた。彼はベッドの中では熱心な上に丁寧なのだ。夫と床を共にすることは、全然苦痛ではなかった。
彼がリリィのほっそりとした腰にふれ、ミルクのように柔らかい肌に舌をはわせると、全身から力が抜けていく。密かに快楽に酔いしれた。彼と肌を合わせるのが好きだった。彼が快楽に酔う顔が、彼の荒い息遣いが。
昼間はほとんど言葉を交わす時間がなかった。リリィは侍女たちと、レネーは男たちと一緒にいる。朝だけだ。話してお互いを知ろうとするのは。
「宮殿に帰ったら父に領地をもらって家を建てよう。宮廷にいるより領主でいたい」
レネーがリリィの隣で服を身につけながら言った。
「本気なの?私は落ち着いた暮らしができたら嬉しいわ。女ですもの。でも、あなたには退屈じゃない?英雄と呼ばれているのよ。お兄様だってお父様だってあなたを必要としているんじゃないかしら」
リリィが毛布を引き上げて、胸を隠しながら言う。
「兄は僕のことを必要としていない。それに父や兄に仕えるのがどんなことか、君にはわかるまい。
領主暮らしも数年のことだけだ。旅費ができたら新たな土地を探して旅に出る。山脈の向こうの土地だよ。そこなら兄貴とも顔を突き合わせる心配もない」
「そこで、あなたと私のための英雄になるわけね。未開の土地だわ。家庭教師のヴェラが妖精の宝窟だって仰ってた」
リリィが瞳を輝かせて言った。
「そこでなら、僕は王に、君は王妃になれる。父は兄に全てを与えるつもりなんだ。王位に土地、名声、それに君まですべて。兄には素質がない。僕が怖いのさ。それで今になって君を奪おうとしている」
レネーが顔を歪めて言う。
リリィは目を細めて首を横に振った。
「きっと思い違いよ。お兄さまは私を嫌って避けているもの。それに、あなたほどの人なら富も名声も王冠も手に入るはずよ。私の言葉を信じて」
一週間もしないうちに、このイリヤから来た花嫁のことで一騒動起こった。エドマンドが花嫁を言葉巧みに人気のない場所に呼び出して強姦しようとしたのだ。彼は最初、リリィに和姦を持ちかけてきた。リリィが断り、その場を立ち去ろうとすると押し倒してスカートをまくしあげてきたのである。侍女に発見されて事なきを得たが、レネーは話を聞くと嫌に冷淡な怒り方をした。リリィはエドマンドの野蛮な仕打ちにレネーの怒りを鎮める気にもなれない。
だが、兄弟同士で血を流してはいけなかった。
「いずれエドマンドは、あなた無しでは沈むわ。あなたの手を血に染めるまでもない。そんな価値ない人よ」
リリィが怒りに震えながら言う。
「じゃあ、なぜあいつが王位を継ぐんだ?」
レネーが怒鳴った。
「彼が自滅すれば王位を継ぐのは、彼の息子か、あなたよ。どちらにしても同じことだわ、国を治めるのはあなたなんだから。だから今日は剣を抜かないで。私はここにいるの、永遠にあなたのものよ」




