婚礼の鐘がなる
礼拝堂の鐘が鳴った。鐘楼から白い鳩が飛び立ち、鐘の音が帝都中に鳴りわたる。
夏の終わり、イリヤの都で二組の婚礼が行われた。アレックス皇子とカリーヌ王女、レネー王子とリリィ皇女の夫婦である。
婚礼にはエイダ王家の者、イリヤの宮廷貴族、地方貴族が招かれ、帝都近くの都市や村々にはご馳走が振る舞われた。
花嫁たちは白無垢のガウンに慎ましやかに身を包んでいる。一人で歩くのが難しいほど、裾の長いガウンだ。
レネーは式の間、美しい花嫁から目を離さなかった。まるで花嫁が消えはしないか、海の彼方へ逃げはしないか、と警戒しているかのようだ。
リリィは誓いの言葉を話すまでは、ずっと俯いていた。指輪を交換すると、レネーを見つめ、その手を取ってやっと微笑む。
会衆の方へ向き直ると、母やメアリー、アビゲイルの姿が見えた。メアリーはダイヤモンド飾りのついた、青いビロードのガウンを着ている。際立って美しく見えた。
カリーヌはアレックスの手を取り、緊張した笑みを浮かべている。だが、アレックスは上の空で、ぼんやりとメアリーの首に輝く真珠を見ていた。
「絶対に君を幸せにする」
馬車の中、熱っぽい口調でレネーが言う。
「本当に?私、あなたがそう言ってくれて幸せよ」
リリィがレネーの熱烈なキスに身をよじらせ、クスクス笑い声をあげながら言った。
くすぐったかった。それにどういうわけか、礼拝堂を出て鳴り響く鐘の音を聴くと、今朝まで思い悩んでいたことがどうでもよくなってしまったのだ。
馬車の外を白い鳩がはばたくのが見えた。ゆうべ通り一帯にパン屑が撒かれたのだ。
「約束だ。何が望みだ?なんでも望みを言ってくれ、君が僕の妻だというのなら!」
レネーが瞳に激しく、切ないほどの希求を見せて言う。いつもの冷淡で人を見下したような態度はすっかり消えていた。今は妻の前でへりくだっている。
「じゃあ言うわ。まずね、私一人だけを愛して。私が年寄りになって、キスする口に歯がなくなっても、抱き寄せる腰がひん曲がってしまっても、撫でる髪が一本残らず真っ白になってしまってもね。そうしてくださる?もしもね、あなたが私の夫だとしたら!」
リリィは歌うように言った。
「そうするよ、君がどんな姿でも愛す。たとえ、天が地に、大地が空にとってかわろうとも。でもそれ以外の望みはなんなんだ?」
披露宴が終わり、二組の新郎新婦はそれぞれ寝室に戻った。花嫁は慣れない酒をのみ、何でもないことに笑って疲れ切っている。
「昨日、ジョン・トルナドーレにもし花嫁を悲しませるようなことがあれば、殺してやると言われた。君の親愛なる兄君にも決闘で殺されかけたな」
レネーがワインを二人分注ぎながら言う。少しも深刻そうなところはない。軽快な声音だ。
「私との別れが悲しいのよ。いきなりだったもの。それに決闘ではあなたが義兄を負かしたのよ」
リリィがワインにちょっとだけ口をつけて言った。レネーはリリィの言葉に満足げに微笑む。
「君に何かあれば、軍を率いてやってくるとも言っていた。どうかな、君は僕の妻になって後悔するかな」
「いいえ、あなたがこんな風に私を見ている間は後悔なんかしない。どんな愛し方であれ、あなたが私を愛してくれている間は」
レネーがリリィの黒い、かぐわしい髪に指をからめた。その瞳には狂気にも似た情熱が浮かんでいる。長い長いキスをした。レネーがリリィのドレスに手をかける。
頭が真っ白になった。ただされるがままに、服を脱がされ、裸になってゆく。レネーは何度も何度もキスをした。唇に、頬に、手に、胸に、お腹に、太腿に…… 最初の痛みが体を襲うと、小さく喘いだ。痛かった。あまりに性急で、あまりに生々しくて。
ことが終わると、リリィはイリヤ城で過ごした少年時代のことを回想した。無邪気で、胸に密かな願いを秘めていた少年時代のことを。もう少女ではなかった。
レネーが胸に頭をのせているせいで眠れそうにない。日の終わりに生えてきた夫の口ひげがチクチクお腹にあたって痛かった。
それにしてもこの人は子どものようにすやすやと眠る。昼間働いた悪事も、口にした言葉も忘れて。
胸の上のレネーの頬があたたかった。
こっそりベッドを抜け出して机に向かい、手紙を書く。
メアリーへ
明日の朝、もう一度別れを言う機会があるのはわかっているわ。ごく内密に伝えておきたいことがあるの。アレックスに手紙を書いたものか、それともあなたに書くべきか迷ったのだけれど……
気の毒なヘンリー・トンプソンを逃したのは私よ。アレックスはジョンを疑っているようだけれど、彼は一切関わっていないの。ヘンリーは皇妃が七光石のために人魚を血眼になって探しているのだと、教えてくれた。若返りと富だとも。私には調べる時間がなかった。あなたなら魔女やトゥーリーンがいるし、きっと真実がわかるわ。だからお願い、真実を解明してみて。
義兄と私の醜聞を流していたのは母だったの。カリーヌが今朝教えてくれたわ。なぜかわからないけれど、あの醜聞にはゆがんだ真実が隠れているような気がする。母の秘密が。
最後に、私は幸せよ。初夜にそう書くのだから嘘じゃない。あなたもジョンも義兄もお母様も散々な言いようね。みんな私の夫を殺そうとしているんですもの。母なんて今朝会いにきて、まだ遅くない、なんて言うのよ。笑いたくなってしまったわ。新婚の妻としてのお願いよ、夫を殺さないで。レネーは私を愛している。彼の目を見ればわかるわ。本気で愛してくれている。私も、そのうちにね……。
あなたの幸せを願っているわ。嫁入りについてきてくれる約束だったけれど、今はあなたがイリヤにいてくれて安心している。アレックスとウィルを頼んだわ。それに母と父も。
リリィより




