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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
90/123

団らんと逃亡劇

「カリーヌ王女の前でタチアナ・ヤールの話をするなよ。母親のことを崇拝しているからな。喋り出すと止まらなくなるんだ」


 ロトと〈崖の家〉の中庭を散歩した後に、屋内に戻るとジョンとメアリーが居間で仲良く会話を繰り広げているのが聴こえてきた。リリィは手に持った花束を整えながら微笑む。


「あら、その言い方ってないわ。お馬鹿なお喋り女みたい。王女って優しい人よ。タチアナ・ヤールは確かに驚くべき女性だったし、王女はアレックスの奥さんになるんだから仲良くしないと」

 メアリーがクスクス笑いながら言った。ジョンの言い草がおかしかったのだ。メアリーも本気でカリーヌを庇っているわけではないらしい。


「カリーヌ王女にはやけに優しいんだな。俺にはガチョウにしか見えない。まあ、好きに褒めたたえればいいさ。アレックスだって本当は俺とおんなじことを思ってるはずだ」

 ジョンが不意に真顔に戻って言う。


「二人ともおはよう。そこの庭でお花を摘んできたの。朝食はもう食べたの?」

 リリィは居間に入って窓辺の花瓶に花を生けながら言った。


「ああ、軽く済ませたよ。それにしても珍しいな、三人そろうのは」

 ジョンがチラリとリリィについてまわるロトを見て言う。


「あら、ロトも一緒なのね。すっかり大きくなって。撫でてもいい?」


 メアリーはかがんでロトのたてがみを撫でた。ロトは満更でもなさそうな表情をする。



「アレックスはすっかりここに寄りつかないな」

 ジョンがナイフでガチョウの肉を切り分けながら言った。


「私を避けてるのよ。それに忙しいのね、きっと」

 リリィがアンチョビとオリーブのパイを食べながら言う。香ばしい味わいが口の中に広がった。


「俺も避けられてるさ。なんにしろ、アレックスには婚約者がいるんだ。大目に見てやらないと」


「決闘以来、ジョンとリリィを避けているのよ。気に負うことないのに」

 メアリーが切り分けられたメロンを口にしながら言う。


「決闘ですって」

 リリィが鸚鵡返おうむがえしに言った。ジョンとメアリーが顔を見合わせる。


「レネーとアレックスは君が意識を失って寝室にいた時に決闘したんだ。レネーはひどい言い草でね、アレックスは怒って当然だった。ひょっとしたら決闘で殺すつもりだったのかもしれない。だが、負けたのはアレックスの方だった」

 ジョンが淡々とした口調で言った。


「でも馬上槍試合で勝ったのはアレックスだったのに。何か小細工されていたのよ」

 メアリーが言う。


「いや、俺は決闘に立ち会ったがイカサマなんかじゃなかった。レネー・ウィゼカは最強の戦士だよ。まちがいなく彼は天才だ」

 ジョンが暗い表情でレネーに感心してみせた。


「エイダの英雄ね」リリィがつぶやく。「教えて、レネーは義兄あにに何を言ったの」


「知らない方がいいわ」

 メアリーが言った。


「私の夫になる人なのよ。知っていた方がいい」

 リリィが断固として言う。


「レネーはアレックスに面と向かって、君と皇子の仲を中傷したんだ。何かいかがわしい関係なんだ、と。結婚したら妹からアレックスのことなんて忘れさせてやる、とも言った。妻になったら君を思い通りにできるからって。そういうことを、あいつは表情一つ変えずに言うんだ。嫌な男だよ」

 ジョンが苦々しげに言った。



 その晩、リリィはヘンリー・トンプソンに会った。彼の命を救う最後のチャンスだったのだ。

 トンプソンは弱りきっていた。リリィを見ても誰かわからないらしい。水を飲ませ、痛々しい傷の手当てをした。


「いいか、俺の天使。ヘレナの狙いは七光石だ。富と若返りだよ。人魚の女だけが持っている力だ」

 トンプソンは潰れた片目でリリィを見て言う。


 リリィはあまりのむごたらしさに目を背けそうになった。


「そうなのね。いいこと、ヘンリー、あなたはこの牢から出られるわ。ジョン・トルナドーレが馬車と従者を用意してくれる。十分な量の銀貨もね。あなたはドゥーサ川を渡ってエイダに出たら自由なのよ。だから、もう少しだけ辛抱して力を出して」



 皇女はその晩一人で寝つけず、メアリーと一緒に寝た。甘いライラックの匂いをかぎながら。

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