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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
89/123

ふしだらな義妹

 脚の傷が完治すると〈皇妃の館〉を抜け出して、再び〈風と波の宿〉に通い出す。

 義兄あにはハンカチ騒動のことで怒ってはいたが、義妹いもうとを黙って館に迎えた。レネーの暴挙ぼうきょにもいきどおりを覚えていた。決闘沙汰にまで発展したほどだ。


 とはいえ、アレックスはもはやリリィの純潔を信じていない。あの密室の中で何が起こったのか聞きもしなかった。痛ましい陵辱がなされたのだと信じきっていたのだ。


 リリィはレネーを愛している。そうでなければ馬上槍試合でハンカチを与えたりしない。レネーもリリィを愛し、彼女と結ばれるには卑劣な強姦に頼るしかないと思った。リリィは愛する男の強引な行動に傷つき、自死を試みた……。



 皇女は義兄あにの目に憐憫れんびんが浮かぶのが、嫌でたまらない。たぶん知っていたのだ。彼がもはや戻ってこない純潔のために、レネーとの婚姻を認めることを。


 レネーは例のあの冷淡な口調でアレックスを侮辱さえした。義妹いもうととのやけに親しい間柄を指摘したのだ。もちろん皇家の兄妹に恋愛感情などなかった。だが、それがどうだというのだろう?レネーはリリィの果実をもぎとり、彼女の人生そのものさえ所有しようとしている。リチャードはレネーを娘の花婿に受け入れてしまった。もう手遅れなのだ。



「三人の王子の中で、私が選ぶのはレネーて言ったわよね」

 リリィが海岸の大きな流木の上に腰かけて言った。


 メアリーが顔を険しくして、首を横に振る。

「あの時は何も知らなかった。今は違うわ」


 リリィがはかなげに微笑む。

「でもあなたの予言通りになりそう。お父さまはレネーを義理の息子にするそうよ。あとは私が彼の求婚を受け入れるだけ。求婚を拒絶することも考えた。母は彼を殺したければ殺せばいいと言う。トゥーリーンは一緒に逃げようと言った。でもそうしたって居場所なんかできないわ。

 あなたもジョンもアレックスも怒っているけれど、レネーは悪い人じゃない。そうではない?だって私を愛してるって言ってるし、部屋で二人っきりになった時も傷つけてこなかった。彼の妻になれば安全で、路頭に迷うこともないわ。それにギー王子やフランク王は良い人よ。そうでしょ、メアリー?」


 メアリーは深いため息をつくと、リリィの手を取ってきつく握った。

「レネーは狡猾こうかつな人よ。あなただって前からそう思っていたはず。ひょっとしたらあなたを愛してるかもしれない。本気かもしれないわ。だけど、彼の愛が何を引き起こしたっていうの?あなたを監禁して自殺を試みるまでに追い詰めた。そんな愛は愛とは呼べないのに。

 皇帝もアレックスもあなたにレネーと結婚するように迫るでしょう。でも受け入れては駄目。

 彼と結婚しなくてもあなたに居場所はあるわ。私はあなたの友達よ、トゥーリーンもジョンもマッツも。それにママは私よりもあなたを愛してる。名誉を失おうともみんなあなたを受け入れて味方でいてくれるわ。もちろん、あなたは無垢なままだって信じているけれど。

 アレックスだっていつか理解して許してくれるわ。それに、もし二進にっち三進さっちも行かなくなったらトゥーリーンと一緒にどこか旅に出ればいい。私は魔女なんだし、あなた達のためにどんな傷もいやす薬と地図を用意するわ」


「ありがとう、優しい魔女さん。でもね、私言ってないことがあるの。彼を誘惑して挑発したのは私なのよ。アレックスが怒るのも当然なの。私はふしだらなのよ。レネーに求婚するようお願いしたの。エドマンドの愛人のことを思うと耐えられなくて。彼は私がレネーと結婚すれば、エドマンドを亡き者にすると言ったのよ。だから彼を突き放したの。レネーにさらわれた時、一人で歩いていたわ。母が護衛と一緒に帰るように言ってくれたのに。軽はずみだった。馬鹿だったわ。護衛がいれば、こんなことにならなかったのに」


 皇女の眉間に深いしわが寄った。リリィらしからぬ険しい表情だ。


「リリィ、あなたは馬鹿でも、ふしだらでも、軽はずみでもない。悪いのはあなたじゃないわ。あなたは数人がかりで男にさらわれて監禁されても、気丈に振る舞ったの。窓から飛び降りるなんて、ある意味勇敢な行動だってしたわ。今はこうして生きていて、私の隣にいてくれるだけで十分」


 リリィはメアリーの肩に頭をもたせかけて泣いた。親友のストロベリーブロンドの髪の中に顔をうずめる。涙で息が湿った。メアリーの髪はライラックの優しく甘い香りがする。春先に、二人で原っぱで寝転がって白いライラックを見つめていたのを思い出した。



 皇女はレネーの求婚を受け入れた。リリィには闘う気力が残っていなかったのだ。レネーがひざまずいて求婚する。あまりに穏やかで、あまりに真摯しんしな態度なので、思わず幸せな未来さえ思い浮かべたほどだ。だがすぐに二人きりで部屋にいるのが怖くなった。


 レネーがリリィの怯えを察っして自嘲気味に笑う。

「だが、あなたは僕を愛していない」


 そんなことないわ、とリリィは言おうとした。それなのに言葉が出ない。体が怒りと恥辱ちじょくで震えていた。二人凍りついたようにして立っている。お互いを睨み合いながら。一方は恐怖と絶望に支配され、他方は嫉妬と怒りに駆られていた。

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