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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
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馬上槍試合

 槍を片手に、馬にまたがり、〈競技場〉をまっすぐ駆けてゆく。触れ合う槍。馬のひづめの音が屋外に響く。真夏の光にきらめく鎧兜。観客の熱狂。敗れて〈競技場〉から運び出される戦士たち。砂にまぎれる血の跡。


 リリィはカリーヌ王女の隣に座って、アレックスを応援していた。王女はリリィを挟んでドレスの生地のことでメアリーと夢中になって喋っている。メアリーはどうやらカリーヌ王女の心を捉えてしまったらしい。庭園の池で舟遊びをしようとまで言い出すほどだ。


 リリィはメアリーの心情がわからなかった。メアリーはアレックスを今でも愛してるはずなのだ。あんなにも好き嫌いの激しいメアリーが恋する男の婚約者と仲良くして笑い合っている。だって善良さの具現とも言うべきレイチェル・モートンでさえ、あんなに毛嫌いしていたというのに。


「誰かお気に入りの騎士は見つけた?」

 リリィがメアリーの頬に頰寄せてきく。


「ジョン・トルナドーレよ。あなたはアレックスでしょう?エドマンド王子にすればいいのに。そうじゃありませんこと、王女さま?」

 メアリーが最後の言葉をカリーヌに向けて言った。


「ええ、でもエドなら応援する価値ないわ。昨日、飲んだくれていたから。それよりもレネーがいいわ。どうやら弟はあなたに恋してるみたい。可哀想な子よ」

 カリーヌが感慨深げに言う。


「あら」

 メアリーがリリィを見てクスクス笑った。


「王女さま、レネーのことなら誤解ですわ。ひどく不躾ぶしつけなことを言ったんです。それで怒ってらっしゃるんですわ」

 リリィが慌てて言う。仲を勘繰かんぐられては厄介だ。特にカリーヌを恋の天使キューピッドになどしてはいけない。


「なら皇女さま、弟はいつでも誰にでも怒ってるんです。それなのに誰も弟の怒りには気づきません。父でさえもですよ。レネーはたしかにあなたを好いています。くれぐれも弟の恋心をもてあそばないでくださいね」


「ええ、そのつもりです。もう心は決まっているのですから」


 リリィの返答にカリーヌは腑に落ちない、という顔をした。まるでリリィが求婚する側のような物言いだったのだ。


 ギーは馬上槍試合に来なかった。リリィが誘ってもだ。部屋で読書するらしい。


 レモン汁の効果が出たのか、メアリーの髪をストロベリーブロンドになっている。メアリーは桃色の絹の短い首飾りに黒い宝玉をつけて上機嫌だ。


 小間使いの少女のソフィアがメアリーの隣にちょこんと座っていた。馬上槍試合の週だけ皇女に付き添う決まりなのだ。


 幸福な倦怠感が押し寄せてきていた。テントの下、太陽はポカポカと暖かく、リリィの体に眠気が忍びこんでくる。


 ソフィアは舟を漕ぐ皇女を不安げに見上げていた。可愛らしい舌足らずの少女だ。リリィに合わせて、白いクレープ生地のドレスを着ている。

 眠るリリィの耳でコロンと丸い真珠の首飾りが揺れていた。思わず真珠に触れる。ハッとして皇女が目を覚ました。うつむくソフィアに微笑みかける。


かごの中のお菓子、食べちゃいましょ。メアリーもカリーヌ王女もどこかに行っちゃったのね」

 女官たちはソフィアに柳編やなぎあみのかごに軽食を持たせていたのだ。かごの中でも、鳥の形をした色付きの砂糖菓子が目をひいた。


 前の試合の選手が競技場からはけて、馬に乗ったレネーが登場した。主にエイダ側から歓声が上がる。ちょうど、メアリーとカリーヌ王女が会話を弾ませながら観客席に戻ってきた。


「レネー王子だわ!」

 メアリーがリリィの袖を引っ張って言う。


 レネーが馬に乗って、リリィたちの方へやってきた。リリィは目を疑う。


「弟よ」カリーヌがリリィの耳元で言う。「あなたに愛の証をもらいに来る。ところで知っていて?エイダ人たちやイリヤの農民の間ではあなた達兄妹のことである噂が立ってるの。皇太子と皇女か兄妹以上の特別な関係だってね。その噂を取り消すには、今ここでレネーにハンカチを渡すのよ」


 リリィは頭が真っ白になってカリーヌに言われるがままに、レネーにハンカチを投げてよこした。レネーが馬に跨ったまま、リリィにお辞儀する。


 メアリーが横で息を呑んだ。その瞬間、リリィはとんでもない過ちを犯したのだということに気づいた。カリーヌは弟とその想い人に小細工をしかけたのだ。

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