赤ばらと白ばら
皇妃に起こった暴行騒ぎも落着し、エイダからの客人たちも〈皇帝の宿〉でくつろぎ始めたようだ。皇女を宮廷にお披露目するに打ってつけの時期だった。
蝋燭の薄暗いあかりの中、義兄の迎えを待つ。高鳴る胸を抑えようと小声で歌を口ずさんだ。メアリーは赤いサテンのドレスを着ている。鏡の前に立って真珠の首飾りをつけていた。アレックスが小猿のキーチャと青のビロードのガウンと共にくれたものだ。
「メアリー、私怖いわ。なんだかソワソワするの。転んだらどうしましょう?ダンスの途中で殿方の足を踏んでしまったら?」
リリィがメアリーの後ろに来て言う。怯えた目をしていた。
「そんな心配ないわよ。飽きるほどヴェラと踊っていたでしょう?だいたいあなた不器用じゃないもの」
メアリーが鏡に集中しながら言う。
「社交界披露目で失敗した娘の話はいっぱい聞くわ。双子の兄以外、踊る相手がいなかった子とか、ワインを飲み過ぎて広間にいる男性の半分とチャンバラごっこをしでかしちゃった子とか。その子たち、それから10年経つまでお嫁に行けなかったのよ。グレースていう令嬢はね、初めての舞踏会で、踊ってる時に転んで骨折しちゃったみたい。でも恋敵がいたから寝室に戻るわけにはいかなかったの。意地で踊り続けたわけだけど、それがまあアヒルの求愛ダンスみたいでね、とても『お姫さまはその晩優雅に踊りました』とは言えないわけ。はあ恐ろしい、息が苦しいわ」
リリィの頭にはヘレナのこともあった。舞踏会で無様な失態を見せたら母はどんな恐ろしい目に遭わすだろう。嘲笑されるかもしれない。そうなったら二度と皆の前に立てない。
「リリィ、大丈夫よ。ほら、こうして鏡の前に立ってごらんなさい。まあ、誰かしら、この美少女は!ねぇ、あなたってハッとするほどきれい。殿方が放っておくはずがないわ」
メアリーが励ますのでリリィはやっと口元に微笑らしきものを浮かべた。
「あなたって素敵ね。まるで本物の女王さまみたい」
リリィが夢みがちな瞳で鏡の中のメアリーを見ていう。
「私たち、白薔薇と赤薔薇ね」
メアリーが言った。
リリィは白無垢のガウンを着て、後ろ髪を結い上げている。漆黒の髪には小さな花形のサファイアが散りばめられていた。うなじは透き通るような白さだった。




