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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
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地獄の業火、骨がとける

 四六時中、煙のたなびいていた〈処刑広場〉もしばらくの間、人柱の見世物がお預けになってしまった。エイダの王族の者が来ているのだ。魔女裁判など外部の者が見てて気持ちのいいものではない。


 ジョン・トルナドーレに会いに行くのに初めて〈処刑広場〉を通った。想像していたほどグロテスクなものは一つとしてない。真ん中の、一段と高い場所に魔女を縛りつけるための鉄柱があり、広場の端の方には薪と油入りの樽が野晒しで保管されている。骨の一つ、爪のかけら一片も残っていない。なんだかガッカリした。


「魔女だというのに、どうして火刑を生き残らないのかしら」

 メアリーが立ち止まって疑問を口にする。


「地獄の業火と一緒だからさ。どんな邪悪な者だって火をくぐり抜けて生きてられない」

 アレックスがいくらか優しい口調で言った。


「私も地獄に行ったら、炎でごうごうと焼かれてすっかり『骨なし』になるのかしら。でも骨なしになったら魂はどうなるの?」

 メアリーがそう言ってきらきらと生気に満ちた瞳で〈処刑広場〉を眺める。

 レイチェル・モートンを拷問部屋に追いやった、あの同じメアリーとは思えなかった。無邪気な好奇心をむき出しにしている。


「なんで君が地獄に行くの?君には縁もゆかりもないところだよ。いいから、ジョンが牢獄で待っている。こんな場所、長居しない方がいい」

 アレックスはそう言ってメアリーの背中を押した。


「リリィはよく私のことを小悪魔だって言うわ。あなただってそう思わない?私が邪悪な女だって」

 メアリーがアレックスの手から離れ、向き合って言う。


 皇子は一瞬自分の耳を疑った。昨日のアビゲイルとの会話を、メアリーは聞いていたのだろうか。アビゲイルは娘のことを邪悪だ、と魔女だ、と言った。でも、メアリーが知っているはずがない。聞いていたはずがない。


「君が小悪魔だというのは、たぶん正解だろうね」アレックスが穏やかな声で言った。「でも、邪悪なはずがない。僕は昔から君を知っている。邪悪なことなんて一度もしたことがなかった。少なくとも、故意こいにそんなことをやってのけたことはない。メアリー、ひょっとしてジョン・トルナドーレの言ったことを今でも鵜呑うのみにしてるんじゃないだろう」


「なんですって」

 メアリーが頓狂とんきょうな声を出す。黒い大きな瞳に戸惑いの色が浮かんだ。


「ジョンにからかわれて怖がっていた。ずっと昔にね。でもなんでもない。囚人に会いに行こう」

 アレックスは早口でそう言うと、メアリーに腕を差し出す。メアリーもアレックスの腕をとった。


 不意に強い風が吹いて、灰が地面から巻き起こる。メアリーは灰が渦巻く様子に見惚れていた。

「早く行こう、ジョンが待ちかねてるよ」


 ジョンは監獄の中で見るメアリーの姿に目をみはった。赤毛になっていたのだ。メアリーは赤面し、控えめに三つ編みにまとめた髪の毛に手を触れた。


「その髪の毛、どうしたんだ。ウージェニーが言ってたけれど、まさか本当だったなんてな」

 ジョンが無精髭ぶしょうひげを生やしたほおで言う。


「そのまさかよ。小島の魔女がくれた薬の効果がきれたみたい。でももう、あの魔女と関わり合うのはごめんよ。他に方法を探すつもり。あなたこそ、ウージェニーって誰なの?」

 メアリーがなんとか赤面したのを隠そうとしながら言った。


「ウージェニーはジョンの従妹の婚約者だよ。前に話してた」

 アレックスが口を挟む。


 数週間ぶりの再会の後、三人はジョンの裁判やテリー公、皇妃の動向について話し合った。相変わらず、人魚については何一つ進展がない。ジョンはヘンリー・トンプソンのことでアレックスに警告した。


「リリィをそそのかしたことは今でも後悔していない。最善の選択ではなかったことはわかっているがな。奴は拷問なんかでびくともしないよ。彼を殺すな。生かして、こちらの味方にするんだ。アレックス、お前にも良心があるだろ。本当は拷問も、殺しも嫌なはずだ。だから殺すな。こちら側に取り込むんだ」



 その三日後、ジョン・トルナドーレの裁判が行われた。裁判は意外な結末を迎えた。なんと、皇妃本人がジョンの犯行を否定したのだ。法廷がざわめいた。テリー公とアレックスは顔を硬くする。ジョンは放心状態だ。


「繰り返し言いますが、ジョン・トルナドーレの逮捕は間違いの悲劇だったのです。私を辱めたのは彼ではありませんでした」

 皇妃が美しい立ち姿で、聴衆みなに語りかけるような、魅惑的な口調で主張した。


「では皇后陛下、被告人でなければ誰の犯行だと言うのです?」

 裁判長が目を丸くして言う。


 皇妃は後ろを振り返って日中付き添っている護衛を見た。護衛がおもむろに法廷を出てゆく。すぐに、彼は腕に貧相な体をした男を抱えて戻ってきた。腕がだらりと垂れ、濁って虚な目はどこも見てはいない。喉を掻っ切られて死んでいた。


 護衛は裁判長の前に死体を投げ出した。


「裁判長殿、この男です。彼は一度だけでは飽き足らず、昨夜も私を襲おうとしました。当然の報いを受けたのです」

 ヘレナが超然とした様子で言う。


 ジョンは死んだ男を見たことがあった。ヘレナの私室で何度か見かけたことがあったのだ。ジョンは知らなかったが、皇妃の隠し部屋でリリィを辱めた男でもあった。

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