表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
80/123

愛人の娘

 アビゲイルが待っていた。悲しそうな顔はしていない。瞳の奥の絶望もアレックスの目には見えなかった。壊れかけの寝台の上、静まり返った部屋で、柔和にゅうわな笑みを浮かべている。彼女もやはり、天使の一人なのだろうか。あの話、奴隷のかかえる恥辱ちじょくは嘘だったのか。アレックスは一瞬そんなことを考えた。


 赤い、燃えるような髪に蒼白い肌。すらりとした長身の腰。瞳の中にうつる青年の姿。


「メアリーが赤毛になっていた」

 アレックスが何気なく口走る。

 

 さっきパレードで見かけた時、メアリーは歩廊から身を乗り出して、アレックスとカリーヌを見下ろしていた。あのとき咄嗟とっさにひどく美しい娘がいると思ったものだ。


 パレードの熱気のなかで見かけるまで、メアリーを心の底から美しいと思ったことはなかった。彼女は絶世の美女というわけではない。それにアレックスはメアリーの本性を身をもって知っていたのだ。ひょっとしたらメアリーの中に、母親のかげが見えたせいかもしれない。


 アビゲイルはアレックスの不用意な言葉に狼狽した。

「申し訳ない、他意はないんです」アレックスが慌てて謝る。「アビゲイル、夫や娘がどうだと言うんです?これほど素晴らしいことを前に、何を怖がるっていうんです?あなた以外、あんな人たちはどうでもいい!僕ら以外はどうだっていい。そんな顔をしないでください。あなたは僕の天使なんですよ。天使がなぜ罪の意識に苛まれるんです?僕にとっては祝福そのものなのに!」


 恋する青年はへりくだるような調子から、激しく、怒りさえ感じるほどに一気に様変わりした。若者だけが見せるような、直情的で、傲慢な声音である。愛人に「幸福を感じる」よう迫り、娘や夫、もう一人の娘の皇女、さらには皇子の婚約者への良心まで捨てるよう求めたのだ。だが、すぐにそれが不可能なことであり、アビゲイルにとっては恐ろしく残酷なことなのだと気づいた。


「メアリーは結婚させるべきよ」

 アビゲイルが体を震わしながら、唐突な調子で言う。


「結婚?どうして?」

 アレックスは拍子抜けした。アビゲイルが娘のことでどうこうすべきとか、口を出すのを見たことがなかった。母として権威はとっくの昔に失墜しっついしてしまっていたのだ。


「あの子は結婚して世間を学ぶべきだわ。世の中、思い通りには行かない。それなのに、あの子ときたら強情で、すべて思い通りになるって信じ込もうとしている。それにね、時々あの子が魔女になるんじゃないかって、気が狂いそうだわ。邪悪なのよ、あなたは知らないかもしれないけれど」

 アビゲイルが疲れ切った様子で言う。


「アビゲイル、あなたは疲れてるんだ。確かにメアリーは重荷でしょう。でも、性悪なだけで邪悪とはいえない。あなたは僕のせいで疲れてるんですよ。身勝手な恋人のせいで。僕ならメアリーを教え導くことができる。あれでも、メアリーは僕のことをちょっとは気にしてるんです。どうか一人で思い悩まないでください。何かあれば、僕からメアリーに口添えすることだってできるんですよ」


 人妻はアレックスの熱烈ないたわりの言葉に震え上がった。

「ありがとう、あなたって本当に優しい人ね。きっとあなたがいなければ、私も娘も路頭に迷って死んでたわ」

 口ではそう言ったけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ