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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
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白い鳩のパレード

 リチャード皇帝とエイダ王の一行は国民の割れんばかりの歓声をもって城内に迎えられた。皇帝の後を、フランク王が冠を頭にいただき、花吹雪の降る中を戦車にのって進む。三人の王子は立派な軍馬にまたがっていた。町娘たちは、この魅力的な花婿候補たちに流し目をくれてやる。

 だが何よりも人々の心を和ましたのは、アレックス皇子とカリーヌ王女が並んで戦車の上に立って民に手を振る様子である。二人の婚約と両国の和平を宣言したのだ。


 カリーヌ王女は美人ではない。未婚の女性にしては若くもなかった。だが、鳩の白い羽を一枚一枚縫い合わせて作ったマントに身を包んだ彼女はどうだろう。思わず目をみはってしまう。横にいるアレックスはともかくとして、城内にいた群衆は心打たれてしまった。国民の母、とか、明るい未来の象徴とかそんな言葉が胸に浮かんだはずだ。


 リリィも美しい顔をほころばせて、歩廊でパレードを見守っていた。隣には侍女のメアリーが、後ろにはお目付け役のターナー嬢とアビゲイルが立っている。

 アビゲイルは浮かない顔だ。今にも倒れそう。


 エリザベス・ターナーはアビゲイルが貧血を起こすのではないか、とヒヤヒヤしていた。それにしても、なんという群衆、なんという熱狂だろう。ついこの間までお互いを目のかたきにして、殺し合っていたというのに。今和平を祝っていようとも、明日にはまた喜んで殺し合いをしているかもしれない。


いきな衣裳」

 メアリーがリリィに耳打ちする。


「ええ、カリーヌ王女って優しそうな方ね。でもこんな風に入城してくるなんて思わなかったわ。まるで婚約が確定したみたい」


 アレックスはリリィたちに気がついて、目くばせした。リリィとメアリーが上品に手を振って笑う。カリーヌは婚約者の視線を追って、歩廊の上を見た。


「皇女の隣の令嬢はどなた?」

 カリーヌがアレックスにたずねる。


「メアリーだよ。トマス卿の一人娘さ。なかなか気の強い娘だよ。それにしても、どうして義妹いもうとがわかったんです?」

 アレックスはカリーヌの質問にほおを緩めたが、すぐに真顔に戻した。


「兄が肖像画を持っていたんです。絵の通り、美しい方ね」

 カリーヌが消え入りそうな調子で言う。


「イリヤ一の花嫁候補ですよ。あなたの兄君もそう思ってくださればいいのですが」



 パレードの見物から戻ったリリィに呼び出しがかかった。皇帝からエイダ王と三人の王子に挨拶をするようにとのことだ。早く義兄あにに会いたかったのだが、今はカリーヌ王女に庭園を案内しているらしい。


 〈皇帝の宿〉の居室でエイダ王室の男たちはリチャードと談笑していた。リリィが部屋に入ってくると、リチャードが手招きして、近くに来るように合図する。

 皇女は優雅にお辞儀をし、四人のエイダ人に分け隔てなく視線を送った。


 その場にいながらも、リリィに本当に興味を持っている王子はいない。皇女にそんな恐ろしい考えが浮かんだ。エドマンドもギーも浮かない顔をしている。心がくじけそうになった。レネーはあけすけ過ぎるくらいリリィの瞳を見つめてきた。一瞬、この人、ちょっと頭が遅れてるんじゃないかしら、と思う。だが、どんな形であれ興味を持ってくれたのなら助かる。リリィはレネーに微笑を送った。レネーが会釈をする。


 フランクがリリィの花婿に考えているのはもっぱら長男のエドマンドらしい。だが、エドマンドは明らかにリリィとの婚姻を嫌がっていた。愛人がいるのだ。一筋縄ではいかないらしい。怠惰たいだそうにこちらを視線をくれるエドマンドは魅力的には見えなかった。横柄なのを隠そうともしない。


 ギーはメアリーから聞いた通りこれと言って特徴のない男だった。表情はぼんやりとしていて、服装も垢抜けない。リリィが一言挨拶すれば真っ赤になる内気ぶりだ。


 リチャードは心をかたく決めた者だけが見せる、穏やかな表情を見せていた。冷淡な優しさである。


 リリィは花婿候補に会うことがこうも惨めなものだとは思わなかった。エドマンドには不埒ふらちな愛人姉妹のかげがちらつくし、ギーは自分のことで精一杯でリリィに気を配る余裕はない。目を合わせようともしなかった。三人の中で心をつかんだのはレネーだけである。だが、それもレネーが人並みの礼儀と関心を払ってくれたからであって、それ以上のことはない。リリィはなぜかこの三男坊が信用できず、実は恐ろしい男なのではないか、と想像し始めていた。もちろん、なんの根拠もないことなのだが。


 レネーがリチャードの手前、リリィに画廊を案内してくれないか、と頼んだ。断る理由などない。リリィだって地獄のように気づまりな部屋から抜け出したかった。それに、胸に引っかかる違和感の正体を知っておきたかった。


「祖国では英雄と讃えられているとお聞きしております。本当なんですの?」

 リリィが画廊の祖先の肖像画を見ながら言う。

 肖像画は皆いかめしい顔をしていた。剣を掲げる者、馬を御する者、書斎の重々しい椅子に座る者。


「ええ、祖国では。でもあなた方にとっては野蛮人の賊でしかない」


「それが本当なら、私も野蛮人からきた野蛮な妻でしかありませんわね。教えてください、誰が結婚するんです?」

 リリィは立ち聞きの心配もないのに、声をひそめて言った。


「エドでしょうね。あの通り尊大な男ですよ。いや、兄の言うことは悪く言うまい。あれでも気のいい奴なんです。少なくとも、俺よりは根がまっすぐだ。でなかったら、メアリー=ジェインのような女には騙されない」


 リリィはレネーを盗み見る。寡黙だと思っていたが、この薄暗い画廊ではよく喋る。

「三人で結婚なんていやよ。でも仕方がない、父の決めることなら。でもどうして、あなたは私にそんな実直でいてくださるんです?会ったばかりなのに」


「あなたは話の通じる方だ。もしエドと結婚するなら、国を動かすのは国王本人ではない。私か、メアリー=ジェインか、あなたか」


 リリィは後退りした。

「あなたは英雄なのよね?」

 頼りない声が廊下に宙づりになった。

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