赤よりも赤い
自室の窓を閉め切って、鏡台の前に座った。鏡の中には燃えるような赤。濃い赤。暗い赤。髪はチリチリになって横に広がっている。櫛では太刀打ちしようがなかった。何度とかしても、さらに横に広がるばかりだ。
今朝この髪で皇妃に会いに行った。魔女の用事を終わらせようと思ったのだ。ヘレナはメアリーの髪にふれ、絶句した。
「まあ、この髪の毛!」
メアリーは悲しくもなかったが、なんとか涙を浮かべようとした。その方が皇妃も信じやすいと思ったのだ。
「あの魔女です!昨日いきなり赤毛になったから島に行ったら、私のありさまを見てひどく笑うんです。この石と手紙を皇妃さまに届けるようにだけ言って、髪の毛を直してもくれませんでした」
七光石を見たときの皇妃の顔といったら!眼孔鋭く、薄い唇をキッと結んでいる。手の甲の血管が浮かび上がった。
あの時ヘレナは魔女の死を願ったはずだ。だが手紙を読むと表情が変わった。恐れとおぼしきものを顔に浮かんでいる。
ヘレナは迷った末、メアリーにもう一度魔女のもとへ行くように言った。魔女に手紙を渡すように言いつけたのだ。
「それと、隠し部屋にいる皇女を私室に連れて帰りなさい。そろそろ会いたかったでしょう?」
そういうわけで、リリィは解放されたのだ。皇女は私室に入って鍵を閉めるなり、メアリーに抱きついて泣き出した。
部屋の扉を叩く音が聴こえる。メアリーは折れそうなくしを放り出して、扉を開けた。寝起きのリリィが立っている。ひどい顔だ。泣き腫らしている。
「メアリー、私一人じゃいられないわ。今でも母とあの男たちが耳元で何か言っているような気がして、怖くてたまらないの」
リリィが声を震わせながら言った。
「ああ、リリィ。なんていう目に遭わせてしまったの!いくら謝っても謝りたいわ。でももう大丈夫。皇妃も手出しできないのよ、魔女が見ているからには」
「魔女ですって?」
リリィが身を引き離して言う。
「ええ、魔女よ。説明するわ。私、あなたを取り戻すために魔女のところに行ってきたの」
メアリーは洞窟での冒険をリリィに話すことにした。どうせ話すことになるのだ。魔女が味方でいることを知れば、気が楽になるかもしれない。ハーブティーを入れ、二人並んでドレスの上に座った(メアリーの衣装部屋は足の踏み場もないほどのドレスで埋もれているのだ)。リリィがメアリーの肩に頭をもたせかける。
気がついたら洞窟の中にいたこと、劇薬を飲んで金髪を失ったこと、池の中の幻のこと、七光石、皇妃のスパイになったこと、それからトゥーリーンという魔女の弟子……
「トゥーリーンですって?あの砂浜の男の子なのね?麻色の髪に小麦色の肌の、鋭い目つきをした人なのね?」
リリィが目を潤ませて叫んだ。
「そうよ、でもトゥーリーンはあなたが忘れていると思っていたわ。でも本当に彼は嵐の日に助けたのね」
「ええ、彼がそう言ったのね?彼、実在するのね?空想の産物なんかじゃなかったのね!」
リリィが歓喜して言う。
メアリーはちょっと怪訝そうな顔をした。
「たしかに存在するわ。この目で見たもの。でもどうしてそう興奮しているの?彼ってそんなに大した人なのかしら。魅力的には見えたけれど……」
リリィはかぶりを振った。白痴のような微笑を浮かべて、海岸でのできごと、トゥーリーンの研ぎ澄まされた横顔を思い出す。夢のようだった。まるで夢のようだった。彼がこの世界に生きているなんて。
真っ白な胸の中、赤い雫がおちて、広がってゆく。少しずつ、着実に。止めようがなかった。歓喜の炎がリリィの身を包んでいたのだから。
その晩、メアリーはまた魔女のもとへ行った。老婆は髪の自然な脱色の仕方を教えてくれた。レモン汁と日光を使うものである。
「正直、肌を犠牲にして金髪を取り戻そうなんて気ないわ」
帰りの舟の中で、メアリーが言った。
「へぇ、どうして?」
トゥーリーンが気のない声できく。
「そばかすだらけになるもの。ほら見て、ただでさえ、こんなに多いのに」
メアリーはそう言って、化粧の施していない顔をちょっと近づけてみせた。
「気にならないけどな。ところで皇妃の機嫌はどうだい?」
トゥーリーンが話題を変える。
「まあまあというところよ」
メアリーが言葉少なに答えた。
「皇女は?」
「元気、というわけにはいかないわね。酷い目に遭ったの。私には話してくれないけれど。そう言えばあなたのこと覚えてたわ。いろいろ知りたがっていた」
「そうか」
トゥーリーンは少しだけかいを漕ぐ手を休めると、夜空を仰ぎ見た。満天の星がきらめいている。
「トゥーリーン、あなたは誰なの?」
メアリーが不意にたずねた。
「僕は孤児だよ。でもそろそろ大人になる、戦士にね。君はリリィが心配なんだね?」
メアリーはトゥーリーンの問いに困ったように笑った。




