七光石
メアリーは力なくその場にしゃがみ込んだ。
「騙したのね、リリィを返してくれるって言ったのに!」
恨みがましい目をして言う。
魔女はまだ高笑いをしていた。
「あの娘はそう簡単には返ってこないよ。皇妃はそんなに愚かじゃあるまい。本当にあの娘の無事を祈るなら、この石をもって行くんだね。そうして、リリィを週に一度、魔女のところに通わせるよう説得するんだ」
「リリィをあなたのところに連れていくなんて約束できないわ。皇帝もアレックスもあなた達を擁護していないのよ。リリィがあなたと一緒にいることで疑いをもたれたら?
わかってちょうだい、これはリリィを助けるためなの。あの子を傷つけるようなことはしないで。私ならなんだってする。どんな嫌なことでも、どんな危険なことでも。これでも体は強い方だし、頭だってまわるのよ」
魔女もメアリーの必死の説得に考えを改めたようだ。いくらか顔つきが優しくなる。
「わかったよ、かわいいお嬢さん。いいだろう、リリィを連れてくるのはなしだ。その代わり、あんたには難しい役目をやってもらう。皇子にも皇帝にもトルナドーレにもあんたの親にも言ってはいけない。ただし、皇女は例外だ。彼女はすべての始まりで、すべての終わりなんだから、知る権利がある。危険な目にも遭うだろう。つまり、私の廻者になって、皇妃の動向を探るんだ。他の者にはできまい。だが、あんたならできるだろう」
メアリーはゆっくりとうなずいた。
「これを渡せば、リリィは私たちのところに戻ってくるのね?」
「ああ、この手紙を渡しなさい。その石は七光石といって、皇妃が喉から手が出そうなほど欲しがっていたものだよ。その赤毛も魔女に会ったいきさつも、ちょうどいい言い訳を考えておくんだね」
魔女がそう言って震える手で、しわくちゃの紙を渡す。
「僕が皇子の館まで送るよ。大丈夫、漁師たちは駄賃を払って帰らしておいた。さあ、腕を貸して。本当を言うと、君は皇妃に会うどころじゃないけれど」
少年は親切にも帰ろうとするメアリーに付き添いを申し出てくれた。
「どうして魔女のところにいるの?あなただったら、他に仕事だってあるはずよ」
朝日のきらめく海面を見ながらメアリーが聞く。
「他の可能性なんて考えてみたこともなかった。僕は魔女の弟子なんだ」
少年が言った。
日に焼けた、しなやかな腕でかいを漕いでいる。
「彼女は親切?」
「悪い人ではない。ところで君は皇女の侍女だったね?」
言葉足らずな返事だ。
「ええ、メアリーよ、ただのメアリー。あなたは?」
メアリーが笑顔をつけたして少年の名前を訊ねた。
「トゥーリーンだ」
不意に、少年が怒った顔をしているように見えた。メアリーは黙り込んでしまう。
「トゥーリーン、あなたはリリィを知ってるの?だって魔女だってずっとリリィの話をしているでしょ」
メアリーは沈黙に耐えかねて、再び質問をした。
「ああ、知ってるよ。嵐の晩に皇女の命を救ったのは本当だ。だけど、彼女は覚えていない」
トゥーリーンはひどく深刻そうな顔をしている。
「あの事故以来、リリィはよくうわ言を言ってたけれど。もしかしたら、あなたのことを思い出していたのかもしれないわ。それより私たち仕事仲間ね。上手くやっていかないと」
トゥーリーンは無言でうなずくと、メアリーに固いパンを投げてよこした。空腹だ。ありがたく頂戴しよう。




