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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
72/123

冤罪事件

 リチャードはテリー公と共に狩りに出かけていた。皇帝の書斎に通されると、またあの書記の青年がいて、事務的な口調で「皇帝には今会えない」と告げてくる。


「知ってますよ、それくらい」

 ジョンは青年の冷酷な返事に仏頂面で答えた。


 青年は面をあげて、しげしげとジョンの顔を見る。皇帝の不在を知ってるなら、なぜさっさと帰らないのか、と言わんばかりの顔だ。


「〈王の森〉にいるんですね?」ジョンがなんとか聞き出そうとして言う。


「ええ。しかし、陛下があなたと話そうとするかは何とも言えません。よっぽどの用件でないと……」


「ありがとう、仕事をがんばってくれ」

 ジョンは青年がくどくどとしゃべるのを遮って言った。


 

 〈兵舎〉の自室に戻って、乗馬用の長靴ちょうかに履き替える。〈兵舎〉専用のうまやでは馬丁が馬を用意して待っているはずだ。


「おい、ジョン!皇子殿下の館にでも寄ってきたのか?ちくしょう、お前ばっかりいい思いしやがって!」

 真昼間から酔っ払った兵士の一人が部屋に侵入してきた。彼は酒豪で、軍隊の問題児だ。素面しらふの時は気の優しい青年なのだが、酔うと手がつけられない。相手が長官だろうが、皇子だろうがおかまいなしだ。貧しい農村の出身で、仲間の多くは密かにこの臆病な青年に同情していた。憎めないところがあったのだ。


「いいや、ウェス。残念ながらな。娼館ならまちので間に合ってるよ。お前女にでもフラれたのか?」

 きついアルコール臭に思わず顔をしかめていう。


「それは違うぜ。妹が娼館にとられちまったんだ。借金取りがきておふくろは支払えなかった。親父は俺と一緒でのんだくれさ。ひょっとしたら妹も娼館でいい結婚相手を見つけるかもしれないさ。だって、あいつは優しい、可愛い奴だからな」


 ジョンにはウェスの言ってることが本当なのかわからなかった。十分ありえる話ではあるが、妹の身売りをこんな調子で話す奴がいるだろうか。ここまで来たら被虐趣味と同じだ。


「ウェス、お前の妹は娼婦だろうがなんだろうが良い女なんだろ。きっと幸せになるさ。だから、お前だって寝るんだ。兄貴がこんな醜態さらしてみろ。妹だってお前を捨て置いて幸せになれないだろ」



 日暮れどき、ジョンはようやく狩猟林についた。ちょうど皇帝の一行が牡鹿おじかの獲物を抱えて城へ帰ろうとしている。リチャードはジョンの姿を見ると馬を止めて何事かと説明を求めた。


「陛下、姫君が皇后陛下の隠し部屋に監禁されています。一度姫君の安否を確認すべきかと」

 ジョンがよく通る声で言う。


 皇帝のわきにいたテリー公は血相を変えた。何かよからぬこと、深刻な事件が発生したのだ。

 テリー公はリチャードとは違い、ヘレナをまったく信用していなかった。そもそもの初めから、ヘレナとの婚姻に反対していたのだ。


 皇帝は呑気なもので、一度行って確認してみよう、と言う。急ぐ様子もなかった。



 イリヤ城の門の下にくると、女の悲鳴が聴こえてきた。皇妃である。鼻血をたらし、手に白い下着を持っている。


 ジョンは皇帝やテリー公との会話をやめた。ヘレナがまっすぐジョンを指差しながら近づいてくる。よく見ると、下着には精液がついていた。


「ヘレナ、どうしたんだ?」

 リチャードが驚いてきく。


「陛下、愛するあなた、あの男が無理やり私を襲ったんです!娘を人質にして、私の名誉を汚したんです。娘の目の前で。あの卑劣な男をひっ捕えてください!あの男を殺させてください!」

 皇妃は血と涙で汚れた顔で叫んだ。


 ジョンには何か弁護する余地も与えられなかった。近衛兵たちがやってきてジョンをとらえ、そのまま牢屋に連れていかれたのだ。


「俺は無実だ!あれは罠だったんだ!」

 そう叫びながらも、ゾッとしていた。ジョンはたしかに皇妃と寝たのだ。自分の無実を証明するものなどなかった。

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