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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
71/123

船出

前回のあらすじ: 皇妃の隠し部屋に監禁されたリリィ。そこで皇女は母親に翻弄される。さらに、ジョン・トルナドーレが隠し部屋に現れ、彼が皇妃の愛人だということが発覚した。ヘレナはジョンに「練習台」としてリリィに性の手ほどきをするように言う。彼は断って部屋を去ったが、リリィは機転をきかせて、レイチェルに迫る危険を知らせた。

 それから、皇女はヘレナの連れてきた別の男を欲情させるよう強いられる。

 ジョンと皇妃の関係はそう長くない。三ヶ月ほど前に成り行きで始まったものだ。


 それはある夜会でのことだった。〈皇妃の館〉の大広間で、ジョンはワインを片手に退屈している。お目当てのメアリー・トマス嬢は弟のマティアスと踊っていた。会話が弾んでいるらしい。メアリーが笑っている。正直弟に嫉妬を感じないこともなかった。だが長い目で見よう。メアリーはいつか絶対に振り向かせてみる。今宵こよいは他の者に目を向けるつもりだ。


 広間の外の廊下を見ると、皇妃が一人で立っているのが見えた。目が合う。ヘレナが妖艶ようえんな笑みを浮かべてこちらを見た。


 ジョンは引き寄せられるように廊下に出た。皇妃は後ろをチラリチラリと振り向き、歩き続ける。追っても追っても、追いつかない気がした。


 ヘレナがドレスの腰のひだ飾りを揺らしながら階段をのぼる。


 それにしても妃の階段をのぼるさまは美しかった。細い見事なくびれ。肩幅はやや広めだ。だがそれも背丈があるので気にならない。かえって見栄えがするくらいだ。


 やがて、皇妃はある小部屋の前で止まり、ポケットから鍵を取り出した。扉が開き、するりと中に入る。薄暗い、こぎれいな部屋だった。鍵をしめ、皇妃がこちらを振り向く。ほのかな蝋燭ろうそくのあかり、あでやかな皇妃の顔、引き締まったくびれ、広いベッドと白いシーツ。

 ことに及ぶにはそれで十分だった。腰のあたりで欲望がうずく。


 ジョンは皇妃の腰に手をまわし、首筋にキスした。女の熱い唇から吐息がもれる。


「ずっとこうしたかった。夢に見てたんだ」

 無我夢中になって言った。



 きっと皇妃の愛人は自分一人ではないだろう。もう一人か二人くらいはいるはずだ。ジョンはかまわなかった。皇妃の性格が恐ろしいほどひねくれていることだって気にならない。良くも悪くもヘレナのことなど微塵みじんも興味がなかったのだ。



 ジョンはまずマティアスにことの成り行きを知らせた。このままではレイチェルの命が危ない。婚礼は挙げずに先に船に乗り込んでアストレアへ逃げるべきではないか。噂では船長も婚礼を執り行うことができるという。


 マティアスはリリィの置かれている状況を心配した。ジョンだって隠し部屋で見たことすべてを弟に話したわけではない。そもそもマッツは兄と皇妃の情事を知らなかった。ジョンだって馬鹿じゃない。皇妃との関係を言いふらしていなかったのだ。


「リリィは皇帝に事情を話して助け出してもらう。皇帝だって自分の娘が拷問部屋にいたら放っておくわけないだろう。皇女のことは皇帝に任せろ。それが一番賢明で、平和的な方法だからな。お前はレイチェルを連れて逃げるんだ。武器を肌身離はだみはなさず持っておけ。寝る時は片目を開けておくんだな。覚えておけ、大叔母の領地に着くまでは気の休まる時間なんてない。婚約者があの邪悪な皇妃に命を狙われている。ここに金貨の入った袋がある。持って今からレイチェルの部屋に行くんだ」

 ジョンはとにかくレイチェルと弟をヘレナの手の届かないところにやりたかった。一刻を争う事態である。リリィは自分の身よりもレイチェルの命を優先した。皇女がおぞましい目には遭っていたとしても、死ぬことはない。



 レイチェルに別れを言う時間もなかった。アレックスの船が取り押さえられる前に、出発しなければならない。レイチェルはリリィに別れを言いたがった。リリィがどんな目に遭っているのかも知らずに。知っていたとしたら、海に出ることなどできなかっただろう。命を投げ出してまで助けに行ったはずだ。レイチェル・モートンはそういう娘だった。



 ジョン・トルナドーレは歩廊の上に立って、港から船が出航するのを見守っていた。帆がはられ、風に人魚の絵がはためく。沈みゆく夕日へと進む船を見ながら、ジョンはこれでレイチェルも危険な目に遭わない、と満足げに思っていた。

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