つい口がすべったの!
「鏡なんて見なくても素敵よ」
メアリーが傍に近寄ってきて言った。
言葉とは裏腹に不機嫌な様子だ。張り詰めた感じの顔で鏡の中のリリィを見ている。
皇女はくっきりとした笑顔を浮かべて親友を振り返った。
「あなたもお母様の私室についてくる?」
「ええ、リリィさえかまわなければ。きっと舞踏会のガウンのことでしょう?」
メアリーが不自然な笑みを浮かべて言う。瞳の奥がめらめらと燃え上がるのがわかった。
「そうよ。あなたがついて来てくれたら心強いわ。お母様だって喜ぶでしょ」
リリィが言う。
メアリーはおだてても機嫌をなおさなかった。それどころか今すぐにでも怒り出しそうだ。
「こういうことなの。私はアレックスを愛してないわ。嘘だと思うでしょ。強がりって。でもよく聞いてよ。私、誰のことも愛してないの。リリィ、あなたは別だわ。あなたと私って何か強いものがあるのね。友愛とか忠誠とかそんな生優しいものじゃないわ。ロトやキーチャを見てて思いついたの。まぁ、キーチャはほとんど野生を失いかけているけれど!私たちの絆って野生的なのよ、野放図でね。わからないけれど、なぜだかそう思うの。
だけど、私はあなた以外誰のことも愛してないわ。だって、他の人を自分以上に愛せる気がしないもの。結局私にとって一番大切なのは私なのよ。だから、アレックスのことは愛してるけれど愛してない。私はもとから人に与える愛なんて持ち合わせていないんですもの」
メアリーは瞳をキラキラと輝かせて、長広舌をふるった。怒っている様子はなく、胸の奥に秘めた鬱憤だって気配を消している。
リリィはそれでも強がりだと思った。メアリーは屈折していて、時に残酷で性悪だ。だが彼女にだって何か「本物」のものはある。アレックスへの想いこそ、その「本物」にあたるのではないか。
「そういえば最近、レイチェルの姿を見ないわ。リリィはどこにいるか知ってる?」
メアリーが廊下を歩きながら訊ねる。
今日の侍女殿のガウンは珊瑚色で、黄緑色の唐草模様が入っている。サテン生地だ。口紅も頬紅もガウンの珊瑚色に寄せられていた。
メアリーの服装を見て、リリィはなぜだか噴火する火山を連想してしまった。派手な装いである。
ヘレナは衣装部屋で、宝石商とダイヤの耳飾りをためつすがめつ、娘たちの到着を待ちかねていた。リリィが部屋に入ってくると、こざっぱりとした笑みを浮かべて、こちらに歩み寄ってくる。
皇妃はいつもとは違った。冷淡な態度も、無言の冷笑もない。
リリィはそれでも油断できずに身構えていた。母がこんなに優しくなるはずがなかった。これは罠だろうか?
「いらっしゃい、リリィ、私のかわいい娘。あなたも花嫁になるのよ。そのきれいなお顔で夫になる男を魅了しないとね」
ヘレナが娘の手をとって言う。
大きな手だ。白い手の甲には血管が浮き出ている。手に年齢が出ると言われているが、あれは正しい。
「メアリーも来たのね。二人で見ているといいわ。あなた達二人とも、花嫁なんだからね。リリィもメアリーを花嫁つきそいの娘にできなくて残念だわ。とにかく、私は寝室で人に会ってくるから、二人で選んでいて」
皇妃はそう言うと、寝室へと姿を消してしまった。
「あなたの婚礼が私よりも早いなんて!寂しくなるわ。それにレイチェルだって婚礼には出られないし!」
リリィが嘆く。
後悔したが遅かった。メアリーの目の色が変わる。ひどい形相だ。蒼白い顔に赤みがさして、くちびるが真っ赤になった。
「私の婚礼なんて存在しないわよ。知らなかったの、リリィ?あんなに近くにいて!親愛なるマティアスがどうして私と結婚できないのか、話してくれたわ。彼、……」
「しーっ!黙ってよ、お願いだから。お母様の耳に入ったら、何もかもおしまいよ」
リリィが慌ててメアリーの口をふさぐ。だが、渾身の力で押しのけられ、ついでに壁までうち飛ばされた。
「あんな人たち、破滅すればいいわ。よくも駆け落ちなんてできたものね!マティアス・トルナドーレは私を捨ててキズモノの娼婦と船に乗り込むのよ!彼は、誰にも言うなと言ったけれど、止めようがないわよ!」




