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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
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家庭教師

「舞踏会にはドレスが必要だわ。単なるドレスじゃなくって、目を見張るような素敵なドレスよ!」

 メアリーが居間に飛び込んできて言った。


 リリィと家庭教師のエリザベス・ターナーはテーブルの上に地図を広げて、歴史の勉強をしていた。イリヤ帝国がどのように勢力を拡大していったのか、各地にどのような恩恵おんけいを与えたのか、一つ一つの戦いでの英雄譚えいゆうたんうんぬん。リリィは背筋をピンと伸ばして聞き入っている。

 

 ターナー先生はこの闖入ちんにゅうに、礼儀をしっさずにどうやって不服を申し立てようか考えてるみたいだ。顔をしかめ、口を開けたまま、喉元まででかかった言葉をのみこんでいる。


「メアリー・トマス嬢、皇女様とわたくしは偉大なるイリヤ帝国の歴史の勉強をしております。講義が終わるまで、どうかお待ちいただけませんか」


 エリザベスは「偉大なるイリヤ帝国」という語句をごく自然な調子で言った。

 メアリーは家庭教師の言ったことをごくつまらないことのように受け止め、それを隠そうともしない。チラリと横目でエリザベスを見て、背の低いのや、不恰好ぶかっこうな手足を認めた。嘲笑さえ漏れでそうである。


 リリィはこの気の毒な家庭教師のことがあまり好きでなかったが、メアリーから庇ってやらないといけないと思った。その実、普段はアレックスにはターナー先生の悪口ばかり言っているのだが。



「ターナー嬢は、根っからの学者なんだ」アレックスはリリィの文句には必ずそう言ったものだ。「彼女は頭が良すぎて、なんでリリィが講義の内容を理解できないのか、わからないらしい。それでも、リリィがもっと勉強に身を入れてくれたらいいんだけどな」


 皇女はエリザベス・ターナーを面白みのない分からず屋だ、と密かに思っていた。先生はちっとも笑わないのだ。それに着こなしだってひどい。ごわごわとした髪の毛はいつもひっつめ髪にされている。ドレスだって、襟が顎の下まで詰まっている、これまたゴワゴワとした生地のものを着ていた。


 たとえばリリィが髪型や着るものに悩んでいる時、エリザベスには何を迷っているのかさっぱりわからない。


 リリィは座学では出来のいい生徒ではなかった。講義の途中でもぼんやりとした笑みを浮かべていて、まったく集中している様子はない。エリザベスが注意を促せば、「ごめんなさい」と謝って、無邪気な笑顔を浮かべる。まるっきり子どもみたいな笑顔だ。それなのに、ターナー嬢は一度もこの美しく無邪気な生徒と打ち解けられたことがない。エリザベスが近づこうとする度、リリィは心の扉を閉ざしてしまうのだ。



「メアリー、ドレス選びがお母様にとっても一大事いちだいじなのは知ってるわ。それに私だって楽しみだし。でもね、祖国の歴史について学べる機会だって、後少ししかないのよ。もし、今度の舞踏会で花婿はなむこが決まったらの話しだけれど。だから、もう少し待っててちょうだい。寝室にいても、食堂で何か食べててもいいわ。自分の部屋に戻ってたっていいの」

 リリィが無邪気なふうをよそおって言う。


 メアリーがつまらなさそうな顔をしてむくれたが、それ以上食い下がりはしなかった。おかげで、リリィはまるまる半時間、帝国の建国の講義を受けることができたのだ。


 話が人魚と魔女の結託けったく、続く二つの勢力による帝国への「謀反むほん」にさしかかる。眠気で、ターナー嬢の声が子守唄に聴こえた。


「皇女様、侍女から話があるとのことですよ」

 唐突に先生の声が大きくなって、夢の世界から現実へと引き戻された。


 周りを見ると、侍女のキャロルが気まずそうな様子で立っている。リリィはわけもわからずに、愛想笑いを浮かべて、用件は何かしら、と聞いてみた。


「お妃様が至急、お部屋に来るようにとのことです。社交界お披露目のドレスを一緒に選びたいんだそうですよ」


 リリィは途端に冷水をあびせられたような気分になった。母に会うのは何日ぶりだろう?まともに会話するのはいつぶり?


 鏡を覗き込んで、ついてもいない寝癖をなおす。顔色が悪かった。でも、顔色なんて今すぐにはなおしようがない。

 リリィはなんとなく悲しくなった。

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