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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
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行き遅れの王女の細密画

 フランク・ウィゼカが妻を迎えるのはタチアナが最初ではなかった。既に一人目の妻が宮殿にいたのだ。

 エイダでは男性に限り重婚じゅうこんが認められていた。つまり社会的にも法的にも一夫多妻制が容認されていたのだ。最初タチアナはこれに「我慢」した。社会通念がそれならば、むやみやたらにかき回すものではないと思ったのだ。


 タチアナは良き妻であり、良き母だった。王女カリーヌ、王子ギー、末息子のレネーを産み、王を献身的に支える。宮廷の世界ではタチアナの歌声は名高かい。宮殿の家政も滞りなく、女らしいいきな繊細さでもって仕上げた。

 だが、次第しだいに世の男性や母親たちの浅ましさに耐えられなくなってゆく。タチアナはもともと誇り高い女だった。自身の価値観にそぐわぬことに黙って従うのは、肉体的にも精神的にも大変な負担だったはずだ。だが立場上、王妃が公衆の面前で意見を言うわけにはいかない。


 宮殿の主寝室はすっかり冷え切っていた。タチアナの誇り高い顔は憔悴しょうすいしきって土気色つちけいろだ。王には体を触れさせようともしなかった。正妻の地位を与えようとも、王妃の機嫌は直らない。

 フランクはついに下手したてに出ることにした。


「なあお前、最近どうして口を聞いてくれないんだ?何が不満なんだ?お前には持てるもの全部をやった。新しい城に馬に、ドレスや宝石の数々をさ。それなのに、お前は俺の前に立って笑おうともしない。お礼を言っても、態度は冷たいまま。言ってくれ、何が不満なんだ?」


「不満なんてありませんわ。あなたにはとても良くしてもらっております。子供たちだって幸せであなたのことを好いてるじゃありませんか。それ以上のことをどういう女が期待します?」

 王妃が腕組みして答える。氷のように冷たい返答だ。


「そうは言わずに話してくれ。お前と喧嘩けんかしているのはうんざりだ。お前は私にとって特別なんだ。他の女とは違う……」

 王はおもねるように続けた。ところが、「他の女」と言った瞬間、王妃の面差しが変わった。辛抱に辛抱を重ねてきたが、その一言で何かが吹っ切れてしまったのだ。


「『他の女』ですって!一体、あなたにとって私と何が違うんです?あなたにとって、女なんて猫も杓子しゃくしも寝床を温めれれば上等でしょう?

 変な小細工をしてシャーリーンを宮廷の隅っこに追いやったわ。それで私を正妻にえたときだって、あなたは寛大なことをしたつもりだった。可哀想なシャーリーン!エドマンドもかわいそうに!

 ええ、あなたは全部与えたわ、かわいい我が身に、すべてをね!

 私が一度でいいから両親のもとへ帰らしてほしいって言った時だって耳を貸してはくれなかった。可哀想な方!私に愛人がいるんじゃないかって恐れてたのね。他の男に言い寄られるのが怖かったのね。愛人なんていなかった。あなたに忠実だったのよ。不実なのはあなたの方だったわ。

 結婚してから、一体何人の女と寝たのかしら?女たちに寝床で何を約束したの?ドレス?宝石?お城一個?

 もう何も言わないでちょうだい。しゃべればしゃべるほど、ぼろが出るわ。今まで寝た女、まるっきり感情なんてなかった、て言うつもり?エドマンドの前でもそう言うのかしら?

呆れ果てた人ね、もうおしまいだわ!」



 タチアナのこの叫びは夫婦に致命的ちめいてきなものをもたらした。この一件以来、王はすっかり寝室に寄りつかなくなったのだ。

 夫婦をつなぎとめるのは、もう子供たちだけである。


 王妃が子どもたちのうちでもっとも可愛がったのは末っ子のレネーだった。彼が三人の実子のうちで一番タチアナに似ていたのだ。王にレネーを後継者にするよう進言したこともあるくらいである。レネーの方はなんでも卒なくこなし、母親への敬意は忘れなかったが、特に目立った愛情とか感謝を示すことはなかった。一方、姉のカリーヌは王妃の相談役で、いつでも細々とした悩み事を聞いてやっていた。


 カリーヌ王女は残念ながら母親似ではない。美人ではなかった。だが、気立てがいいことは間違いない。母親がある不可解な失踪しっそうを遂げてからは弟たちの世話をすすんで引き受け、王である父に惜しみなくつかえた。

 母がいなくなったのはカリーヌが17歳の時だった。うら若い年齢で、宮廷の女主人として、エイダの宮殿の女主人として振る舞うのは容易なことではない。だが、時に失敗し、時に陰口を言われながらも、なんとかやりきった。



 今彼女は28歳で宮廷人たちに、もっぱら「行き遅れで、その上、金を湯水のようにつかう贅沢三昧ぜいたくざんまい」と噂されていた。

 たしかに、宮廷の噂は正しかった。だが、気立がよく忠実な娘を手元に置きたがったのは王だったし、王女は行き遅れの身で、孤独を感じていたのだ。カリーヌはお金の価値など知らず、お金が尽きるものとも理解していなかった。それにこのまま花開かずに一生を終えるのではないかという恐怖。


 王女は毎日侍女を連れて、山の中腹の、母の霊廟れいびょうに行った。そこで涙を流し、祈るのだ。


 この巨大な霊廟は山に組み込まれて造られたもので、中には一面ターコイズブルーのきらきら光る水がはってある。広間があり、廊下があり、寝室があった。だが、誰も小舟なしではこの霊廟に入ろうとしない。

 

 この霊廟は建築学上の奇跡だった。どうして、こんなに山を削って、瓦解がかいせずにいるのだろう?迷信深い人たちは、この建物を見て神の存在を、王の力を信じたものだ。建築士は仕事を終えるとすぐに国を出ていってしまい、謎は解明されないままになった。100年たっても、謎は謎のままである。


 

 むろんタチアナ・ヤールの遺体も遺骨もこの霊廟には備えられていない。王は妻に逃げられたなどと認める気にはなれなかった。タチアナの養母の助言を思い出し、立派な霊廟を建てれば帰ってくるかもしれない、と思ったのがことの始まりである。



 アレックス皇子は、カリーヌ王女の細密画のおさまったロケットを手に握り、途方もない大きさの、深い青の緑のタイルが何枚も貼られた霊廟の前に立ち尽くしていた。

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