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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
和平の宴
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類まれな女性

 100年後のエイダの地に立って、歴代の王たちは何をのこしたのか、民に聞いてみたとしよう。戦乱の世、何か一つでも人の記憶にのこるものを遺す王は多くない。だが、フランク王はその点では突出とっしゅつしていた。


 生前、フランク・ウィゼカはあるたぐいまれな女性について、繰り返し口にしたものだ。お仕えする者が聞き飽きて、一言一句いちごんいっくたがわずに言えるようになるまで。



 タチアナは誰が見ても普通の女性ではなかった。背がすらりと高く、肌は透き通るように白い。とんでもないくらいの美人ではあったが、その顔にはあどけなさと威厳いげんが、不思議な具合に混じっている。彼女が歌えば、誰もがうっとりとその声に酔いしれた。冬の厳しい夜でさえ、タチアナの歌を聴けば、胸に春の息吹いぶきを感じたものだ。


 王は一目でタチアナに恋に落ちた。あれはアストレア近くの海岸で、ひどい痛風つうふうに見舞われた時だった。歩くこともままならない。特別に調教を受けた馬に乗るのがやっとだった。近くの領主夫妻とその養女が王の一行をもてなしてくれたのだ。


 夕食の席。大広間にはたくさんの蝋燭が吊り下げられていた。部屋は温かい光に満ち、テーブルには大食漢の胃袋をつかんで離さないようなご馳走が並んでいる。

 領主夫妻は食前の祈りを唱えるのに、養女を待っていた。フランクは少し意外に思った。王の食卓に遅れるとは、よほど不注意なのか、敬意を忘れているのか。


 娘は急ぐ様子もなく、大広間に入ってきた。なるほど、体つきは申し分のない。上背うわぜいがあり、体の線は優美だ。最近では多くの騎士たちが、ここの領主に忠誠を誓っているというが、それはひとえにこの女の体つきのせいだろうか。というのも、王は数多くの女を見てきて、目がえていたのだ。吟遊詩人ぎんゆうしじんのいうほど美人ではない、と思った。


 目は離れ目である。神秘的な感じがしないこともない。額は広く、豊穣ほうじょうな知性を思わせた。鼻は小ぶりで、当たり障りがない。あごは小さく、少しだけしゃくれていた。唇は薄く、滅多なことで笑わない。だが、その肌と灰色の瞳の美しさは、王の胸を打った。肌は空気にとけて消えてしまいそうなほど繊細だ。そして、その瞳をのぞけば、底知れない世の神秘が垣間かいま見える。


 領主の養女はまず王に宮廷風にお辞儀をし、食事に遅れてきたことをびた。フランクは釘付けになったが、娘の方は目を伏せたままで、こちらを見る気配はない。


 ほんの少しのつもりの滞在が、だんだんとのびていった。質素なかっこうをした娘だ。王はこれ幸いとばかりに、贈り物をおくっては、乗馬や海岸の散歩に誘った。まず最初におくったのが、真珠の首飾りである。


 タチアナは散歩や乗馬の誘いにこそ応じはしたものの、贈り物は一切受け取らなかった。王は慎み深さから受け取らないのだろう、と考え、あまり気にしない。


 いつも聞き役にまわるばかりで、口数の少ない娘だ。内気なのかとも思った。だが、立ち居振る舞いはしっかりしていて、そこら辺の令嬢よりも成熟してみえるくらいだ。タチアナ自身のことを聞いても、はぐらかされてしまう。


 王はついに居ても立ってもいられなくなった。領主夫妻に断りを入れることもなく求婚してしまったのだ。そしてタチアナは求婚を受け入れてしまった!


 フランクはすっかり有頂天になった。というのも、タチアナが求婚を受け入れてくれるはずがない、と信じ込んでいたからだ。タチアナの両親でさえびっくりしたくらいである。


 タチアナ・ヤールは出会う男すべてをとりこにしてしまう。求婚者だって数多くいた。今までどんな男の求婚にだって取り合わなかった。それがいきなり、結婚を決めてしまうなんて。


 養母ようぼはそうは言っても、ひどく安心していた。王の求婚を断るなんて笑い話ではすまない。多くはないが中には、タチアナにこてんぱんに打ちのめされて、陰湿な嫌がらせをしてきた男もいた。


「タチアナはね、類まれな娘なんですよ、国王陛下」養母は王の過ごす客室でお菓子をふるまいながら言った。「私が海岸で見つけましてね、そのままお城に連れて帰りました。だけど、あの子は孤児なんて感じはまったくしませんでしたわ。そりゃあ、威風堂々《いふうどうどう》としておりまして、どんな場面でも身の振る舞い方を知っているようでした。でも、あの子の美点の話なら、陛下はいくらでもご存知でしょう。その代わりにこれを受け取ってくださいまし」


 養母はそう言って、フランクにターコイズブルーのきらきらした砂の入った小瓶を手渡してきた。思わず養母の顔を見つめる。王におくるにしては不思議なものだ。


「あのの気持ちが離れたとき、これがタチアナを引きとめてくれるでしょうから」

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