表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
黒い秘密
62/123

不吉なウワサ

 夜明け前、アレックスは早起きの百姓たちの屋外で話す声で目覚めた。一行は村人たちの家に泊めてもらっていたのだ。


 皇子はしばし、木造りの清潔でこじんまりとした寝室でぼんやりとしていた。家の娘も、朝早いうちからは起こしに来ないだろう。大人しく、娘が来るのを待つことにした。


 娘はアリシアと言って、よく気の利く、可愛らしい子である。村人と酒をわした席で、部下の男がアリシアをまわすような目で見ていたのを覚えている。アレックスが娘の家に泊まることになって、悔しかっただろうか。泊まる家はくじ引きで決めたものだが、正直部下の男がこの家の割り当てにならなくて安心していた。

 部下が皇民の娘に暴漢ぼうかんをはたらいたとなれば、厄介なことになる。皇帝も皇子も外敵から民を守るのがつとめなのだ。自ら民の脅威になるなど論外のことだった。


 泊まった村は水の豊かな放牧の場である。水路のわきには大きな石造りの水車小屋があった。昨日の夕方、ぼんやりとまわる水車の前に立っていた。水車の前に来ると、つい時が立つのを忘れてしまう。水の流れも、リズミカルな木製の水車の動きも、心をなごやかにする。図書館の近くにあるおもちゃの水車を思い出した。巨大な水車を前にし、自分があの時よりも小さくなったような錯覚さっかくを覚える。不思議な、懐かしい気持ちだった。


 気がつけば、隣に金髪の少女がいる。リリィやレイチェルよりも幼い。せいぜい十二歳くらいだろうか。見事な金髪で、こちらを恥ずかしがる様子もなく、じっと見ている。アレックスは少女に見られても、気まずい思いをしなかった。全体的に貧相な顔をした少女だ。細いあごに、小さく、薄い緑の瞳。痩せて顔色が悪く、どこか幸薄そうな雰囲気があった。


「やあ、水車を見てるのかい?」

 アレックスが自然な調子で言う。


「うん、お父ちゃんが頑張って建てた水車なんだ。村のホコリなんだって」

 少女がしげしげとアレックスを観察しながら言った。


「ずいぶん立派だね」

 アレックスが簡潔に感想を言う。


「あなたはあの騎士なの?お姫さまをさらって自分のものにするっていう騎士なの?」

 少女は興味津々になってきいた。


「騎士は騎士だけど、人をさらうことはないな。僕はここの国の皇子なんだ。そういう乱暴なことを女性にはしない」


 イネスという名前のその少女は、アレックスの返事をきいてがっかりしたようだ。だが、すぐに皇子という珍奇ちんきな身分に惹かれて質問攻めにし始めた。器量良きりょうよしというわけではない。大人が子どもに求めるような愛想もなかった。だが、アレックスはなぜかこの少女に愛着を感じた。後ろ髪が、メアリーの幼い頃に似ている。ちょうど、アレックスの遊学前にねて泣いていたメアリーにそっくりだ。


 

 夜明け前の寝室でアレックスは、祈るわけでも、武器の手入れをするわけでもなく、静寂の中に身を沈めていた。さっき屋外で他愛たあいのない話をしていた二人組の農民は、アレックスの寝室の窓のすぐ下まで、近づいてきている。おかげで聞く気がなくても、村の噂話が耳に飛び込んできた。


「本当だろうかねえ。お姫さまを奪って、エズラとかいう蛮族ばんぞくの男が花嫁にするっていうのは。隣村のやり手のばばあの言ってたことだが」


「本当かはわからねぇ。だが、いざ本当になったら、私等わしらは酒を大盤振おおばんふいさ。強奪ごうだつだろうが何だろうが、嫁入りには祝い酒が必要だろう」

 百姓の男はそう言って下品な笑いをもらした。

 アレックスは村の男に嫌悪を覚える。なんと低俗ていぞくで、冷淡な奴らだろう。


「そりゃあそうだ。強奪に成功したら、わしとお前で乾杯だな。名前も知らない娘っ子だが。リリィと言ったっけ」


「いや、違う。カリーヌだよ、おまえさん」

 百姓男は強い口調で訂正ていせいした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ