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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
黒い秘密
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リリィのたくらみごと

 アレックスはアビゲイルに何を期待していたのだろう?彼女にカリーヌ王女との結婚の話をするなど、あまりに偽善じみていた。


 アビゲイルは結婚の話を聞いても怒らなかった。それがイリヤ帝国の後継者としてのあなたの義務なのだと、励ましさえしたのだ。だが、彼は愛人のそんな反応で、良心をうっちゃっておけるほど鈍感な男ではなかった。だいたい、あの、風が吹けば命を散らしてしまいそうなアビゲイルに何ができただろう?


 彼はアビゲイルを強く愛していた。不幸な彼女を守りたかった。だが、愛せば愛すほど、心の中の葛藤かっとうは激しくなってゆく。


「レイチェルはマッツのこと、どう思ってるのかしら」

 不意に頭の中に妹の声がした。以前そう言っていたのだ。そう言えば今朝、リリィから書簡が届いていた。



 リチャードの長男はイリヤ城近くの皇帝領に視察しさつに出ていた。馬上で部下の男たちと言葉を交わす。村人たちは、春の陽気の中、浮かれた気分になって道行く皇子たちに歓声をあげた。アレックスは各村の村長の家で訴えを聞き、必要に応じて裁きや助言を与える。彼は素朴そぼくで、涙もろく、よそ者には疑り深い村人たちが好きだった。村にはシンプルな生活がある。戦場や宮廷での暮らしとはまったく違うものだ。時々、彼らが羨ましくなった。

 貧しいものには小麦とじゃがいもを分け与え、村長の家には酒を五樽置いてゆく。赤い大地と、見渡すばかりの小麦畑や放牧場が胸にみた。村娘のこんがりと日焼けした頬の、笑顔がまぶしい。


 夜になると、森の近くで野営した。部下たちが焚き火の周りで酒を飲み交わしているが、皇子は一人離れて、物思いにふけっている。衣服の内側のポケットにはリリィの手紙が入っていた。 


お兄さまへ

 昨夜、視察にでると聞いたので、手紙を書くことにしました。私たちの話すにも、人の耳がないか、気をつけなければならないでしょ。それに極秘でお兄さまに相談したいことがあるの。こんな手紙を読んでも、お兄さまが愛想を尽かさないでいてくれると助かるのだけれど。でも気にしない。矢は放たれたのだから。


 最近はあちらこちらで婚礼の準備がなされているわ。お兄さまも私も生涯の愛をちかう身。私は恐ろしくてたまらない。みっともないことかもしれないけれど、怖じ気づいてるの。でも、(まだ決まってないけれど、)夫となる人とは、上手くやってくつもりよ。


 メアリーは結婚前から、夫婦の運命を予感しているわ。私とマティアスの前で、床を共にするつもりはないって宣言したの。お兄さま、こんなことを書いても怒らないでね。だって、私、自分でも何を書いてるのかわからないのよ。それに、お兄さま以外にはこの話をしないんだから。


 私が言いたいのは、マッツとメアリーが結婚しても不幸な結末しかないってことよ。メアリーに同情できないなら、マッツのことを考えてみて(お兄さまはいつもメアリーに厳しいもの)。彼は優しい、誠実な人よ。昔からメアリーは私たちの間では愛すべき暴君だったわね。


 この前会った時、「レイチェルはマティアスのこと、愛してるのか」って言ってたでしょ。直接本人に聞いたの。そうしたら愛してるって。二人はお互いの前では決して認めないでしょうけれど、愛し合ってるのよ。マッツはレイチェルの体調が許せば、二人で船出ふなでにでて、アストレアの大叔母のもとに行く、と夢の計画を話してくれたわ。


 この計画を、私たちは応援すべきではないかしら。レイチェルはアストレアでは安全よ。マッツだって間違いの結婚をしないで済む。メアリーは母の秘蔵ひぞでいる限りは父親にエル城に連れ戻されることなんてない。新婚夫婦はこちらでは追われる身となっても、アストレアでは祝福されるはずですもの。安全な船さえ用意できれば完璧な計画なの。お兄さまの同意が必要なのよ。


 ずいぶん勝手なことを書いたわ。でも、お兄さまが恋人たちを応援してくださったら、とてつもなく嬉しい。できれば不埒ふらちで不道徳な妹を許してね。『愛は赦し』だわ。


 旅は気をつけて。帰りを待ってるわ。命名日の舞踏会だって、馬上槍試合だって待ち遠しい!

                  リリィより

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